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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert1.パンケーキ
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第21話「作戦会議」

「ご、ごめんなさい。本当に……」


 目元を腫らし、ようやく落ち着いた様子のビオレは、顔を真っ赤にしてゾディアックとロゼに頭を下げた。

 ロゼは何も言わず笑みだけを返し、ビオレの皿にサラダを乗せる。


「……食べながらでいいから、何があったのか、聞かせてくれるか?」

 

 ゾディアックが聞くと、ビオレはポツポツと話し出した。


 自分のこと、自分の住んでいた村のこと、村にはラミエルという守護竜がいたこと。そして家族も友達も、村もすべて焼かれたこと。


 話している途中で、3人の食事の手は、完全に止まってしまった。


「なるほど」


 ゾディアックは鼻の下を掻いた。


「で、でも! 火をつけたのはラミエルじゃ」

「十中八九、そのラミエルというドラゴンが村を焼いたな。何がトリガーになったのかわからないが、暴力的な欲望に負けたのか。ドラゴンに効く催眠術(さいみんじゅつ)は存在しないはずだ。恐らくラミエルは、自分の意思でグレイス族を――」

「ゾディアック様」


 ロゼが遮って言った。釘を刺されたゾディアックは目を見開き、ビオレを見た。

 下唇を噛み、項垂れていた。再び泣きそうになっている。


「あ、いや、すまない。……悪く言うつもりはなかったんだ」


 ゾディアックは頬を掻きながら言った。ビオレは下を向きながら頭を振った。


「はい……わかってます」

「しかし、困りましたね」


 ロゼが目を細めて、ゾディアックを見ながら言った。


「ドラゴンが暴れているとしたら、早急に手を打たないと手遅れになりますよ」

「……手遅れ?」


 ビオレがロゼを見る。


「ラミエルの強さを知っていますか?」

「え、はい。一度、ヒューダ族の軍が村の近くに来たことがあったんです。その時は一度吠えただけで、相手が逃げ出しちゃって」

「そうじゃなくて。”本当の強さ”です」


 ロゼの言葉の意味が分からず、聞き返すようにビオレは首を傾げた。


「戦っても負けるの見えていたんです。だから逃げた。どの国の軍かはわかりませんが……国内の総戦力を用いてもドラゴンを狩れるかどうか……」

「そ、そんなに強いんですか?」

「強い。本当に強い。サンクティーレで生きる、生物達の長とも言われている存在だ」


 ゾディアックはテーブルに肘をつき、額に手の甲を当てながら言った。


 悠久の時を生きるとされるドラゴン。無限に等しい魔力(ヴェーナ)を持ち、呼吸をするように大魔法を使って世界の地図を書き換える、恐ろしいモンスター。

 地震を引き起こすとされる咆哮(ほうこう)は、海を挟んだ別の大陸まで聞こえると言われ、巨大な両翼は、羽ばたくだけで竜巻を起こすとされている。

 この世のすべてを引き裂く巨大な爪に、城壁を噛み砕く巨大な牙。

 輝く鱗は、この世に存在する全物体の中で最高の硬度を誇る、最強の鎧。


 その戦力は国ひとつでは足りない。

 攻守共に隙がない、誰もが恐れる最強のモンスターだと言えるだろう。


 そして話を聞く限り、ラミエルは火竜(かりゅう)に含まれるドラゴンだ。

 灼熱(しゃくねつ)の業火を持ち合わせている巨大な敵に対し、サフィリア宝城都市のガーディアン達が太刀打ちできるわけがない。


「普通のガーディアンじゃあ勝ち目がない」

「そ、それじゃあ」


 ビオレは不安そうな瞳をゾディアックに向けた。


「”普通の”ガーディアンなら、ですよね」


 ロゼは確認を取るように、ゾディアックに言った。その表情は自信に満ちている。

 ゾディアックは頷いた。


「……俺なら倒せる」


 ゾディアックがいつもつけている、ネックレスの宝石が輝いたように見えた。

 それはゾディアックが最強のガーディアンであることの証。だが、そんなことを露も知らないビオレは身を乗り出す。


「だ、ダメ……ですよ! 私はラミエルが戦ったところを見たことないけど……凄く強いなら、やられちゃいますよ!」

「……どうなるかな」

「あと、そうじゃなくて、倒すかそういうんじゃなくて、ラミエルと……話をして……」


 最後の方は消え入りそうな声でビオレは言った。


「……彼の状態を確かめる。それで戦うか決める……か」


 ゾディアックは頷いた。


「ラミエルに会おう。できれば話がしたい」


 ゾディアックは言った。ビオレの顔が、不安気な表情から一転しパッと明るくなった。


「失礼ですが、ゾディアック様。どうお会いするおつもりで?」


 ロゼが問うと、ゾディアックはロゼを見た。


「彼が……ラミエルが”まともじゃないなら”。明日になれば、いや、今日中にでも続々と目撃情報が出てくるだろう」

「まともだったら、どうなるん、ですか?」


 ビオレはたどたどしく聞いた。


「ドラゴンが暴走するのは、本能に負けたときだ。モンスターに分類(カテゴライズ)されるのはそれが理由なんだ。ラミエルは、力を求めて暴走した可能性が高い。いずれにしても目的が必ずあるはずだ。その目的が何なのかはわからないが」


 ゾディアックはビオレを見た。


「守護竜か。ラミエルの精神が正常なら、村の近くにいるかもしれない。守るべき者達に手をかけた。その懺悔(ざんげ)のために。そして、生き残りに会いたいと、願っているかもしれない」

「そ、それって」

「ビオレがここにいるのは危険だ。匂いをたどって、あるいは魔力(ヴェーナ)の痕跡をたどって、ラミエルがサフィリアに来るかもしれない。だけど、上手く行けばラミエルと会える」


 ゾディアックは言葉を紡ぐ。


「ただの仮説だが、ビオレがいつも話していたという場所。そこに行けば、会えるかもしれない」


 ビオレは希望に満ちた視線をゾディアックに向けた。しかしそれは危険な作戦だった。

 かといって、それ以外いい案は思い浮かばない。もし仮説が正しければ、真実を知ることができる。


「わ、私はどうすればいいですか? 何をすればいいですか!? 何でもします! だから、言ってください!!」


 興奮しながら、ビオレは自分の胸に手を当てた。

 ゾディアックは頷きを返し、言った。


「寝ろ」

「へ?」


 間抜けな声がビオレの口から零れた。


「ね、寝ろって……」

「言う通りにしておきましょう」


 ロゼが会話に割り込んだ。


「目が充血してますし、瞼も重そうです。顔色も、まだ悪いので、今日行こうとするのは自殺行為です」

「で、でも!」

「……明日。明日になったら、作戦を実行する。だから、それまで休んでいてくれ」


 ふたりに言われ、ビオレは渋々頷いた。

 だが、すぐに頭を振った。


「寝る場所なんて、ないです」

「なら、私の部屋を使いましょう!」

「え、でも、そしたら」

「いいからいいから。ほら。さっさとご飯が冷めちゃいます」


 ロゼはゾディアックを見た。口を開くな、と目が言っている。

 ゾディアックはそれから黙ってシチューを口に運び、以降はなにも喋らなかった。


 ロゼは、時折ビオレに他愛もない話題を振っている。これ以上ラミエルについての話題は振れないと察知したビオレは、ロゼと会話をし始める。


「ビオレはグレイスなんですよね? じゃあ弓か槍の使い方が上手なのですか?」

「は、はい。弓が得意です。あと、風の魔法を少々……」

「本当ですか! 私も弓には自信があるので、今度勝負しましょう。あ、あと敬語じゃなくていいですよ。気軽に話しましょう!」

「……うん。ありがとう」


 敬語を止め、徐々にビオレの声が弾んでいく。

 ゾディアックはその会話を聞くことに専念した。

 聞いているだけで、楽しかったからだ。


★★★


 アンバーシェルでベルに連絡を入れた。先ほどの話をかいつまんで説明した。


「彼女、寝ましたよ」


 そう言ってリビングに現れたロゼは、ソファに座るゾディアックの隣に腰掛けた。


「寝るまで何度も泣いて、ずっと手を握りしめていたので、ちょっと苦労しました」

「ご苦労様、ありがとう。ロゼ」


 アンバーシェルをしまい、ロゼの頭を撫でながら、ゾディアックは礼を述べた。

 ロゼは不服そうに唇を尖らせる。


「ゾディアック様もお人好しですね。困った相手が亜人だったら、この家に毎回連れ込むつもりですか?」

「ごめん」

「あの話だって嘘か本当かわからないのに」

「うん、ごめん」


 謝り続けるゾディアックは、両手を広げた。

 それを細目で睨み、「もう」と言ってロゼは抱きついた。


「罰として、一緒に寝てもらいますからね」

「ああ」

「イチャイチャしますよ。私より早く寝たら、首元噛んでやりますから」

「……ロゼが先に寝たら?」


 ロゼは目を見開き、ふわりと笑った。


「どうぞご自由に」


 ゾディアックはロゼを抱きしめた。ロゼの楽しそうな悲鳴が耳元で聞こえる。


「今日……嫌なことがあったよ。あの子も、受付の子も……亜人達が差別されてて」

「はい。やっぱり、そういう人は多いのですね」

「でも、味方が……いたんだ」

「……本当ですか?」

「ああ……俺は、ビオレを信じてみるよ」


 ロゼを抱きしめながら、ゾディアックは言った。


 ビオレの話が本当なら、あの子は天涯孤独の身となっている。

 命からがら逃げて、あんなボロボロの姿になって、この地に助けを求めてきた。それも、自分のことより、友人のことを心配しながら話していた。

 なら、ガーディアンである自分が救わなくてどうする。


「困っている人を救うのに理由なんて必要ない。それがたとえ……どんなに嫌な奴でも、亜人だろうと……」


 弱々しく言ったゾディアックの顔を、ロゼは覗き込む。


「素敵です」

「……そう?」

「はい。とっても、素敵ですよ。ゾディアック様。そんなあなたと恋人になっている自分が、誇らしいです」


 胸が締め付けられる思いだった。ゾディアックはロゼの額に自分の額を当てる。


「ロゼ。行ってくるから、待っててくれ」

「はい」

「ビオレと……彼女の友人を救いに行く」

「――はい! どうか、ご無事で。ふたりの帰りを、お待ちしております」


 ロゼは力強く言った。

 夜が更けていく。


 サフィリア宝城都市の上空に、暗雲が立ち込めていた。


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