第21話「作戦会議」
「ご、ごめんなさい。本当に……」
目元を腫らし、ようやく落ち着いた様子のビオレは、顔を真っ赤にしてゾディアックとロゼに頭を下げた。
ロゼは何も言わず笑みだけを返し、ビオレの皿にサラダを乗せる。
「……食べながらでいいから、何があったのか、聞かせてくれるか?」
ゾディアックが聞くと、ビオレはポツポツと話し出した。
自分のこと、自分の住んでいた村のこと、村にはラミエルという守護竜がいたこと。そして家族も友達も、村もすべて焼かれたこと。
話している途中で、3人の食事の手は、完全に止まってしまった。
「なるほど」
ゾディアックは鼻の下を掻いた。
「で、でも! 火をつけたのはラミエルじゃ」
「十中八九、そのラミエルというドラゴンが村を焼いたな。何がトリガーになったのかわからないが、暴力的な欲望に負けたのか。ドラゴンに効く催眠術は存在しないはずだ。恐らくラミエルは、自分の意思でグレイス族を――」
「ゾディアック様」
ロゼが遮って言った。釘を刺されたゾディアックは目を見開き、ビオレを見た。
下唇を噛み、項垂れていた。再び泣きそうになっている。
「あ、いや、すまない。……悪く言うつもりはなかったんだ」
ゾディアックは頬を掻きながら言った。ビオレは下を向きながら頭を振った。
「はい……わかってます」
「しかし、困りましたね」
ロゼが目を細めて、ゾディアックを見ながら言った。
「ドラゴンが暴れているとしたら、早急に手を打たないと手遅れになりますよ」
「……手遅れ?」
ビオレがロゼを見る。
「ラミエルの強さを知っていますか?」
「え、はい。一度、ヒューダ族の軍が村の近くに来たことがあったんです。その時は一度吠えただけで、相手が逃げ出しちゃって」
「そうじゃなくて。”本当の強さ”です」
ロゼの言葉の意味が分からず、聞き返すようにビオレは首を傾げた。
「戦っても負けるの見えていたんです。だから逃げた。どの国の軍かはわかりませんが……国内の総戦力を用いてもドラゴンを狩れるかどうか……」
「そ、そんなに強いんですか?」
「強い。本当に強い。サンクティーレで生きる、生物達の長とも言われている存在だ」
ゾディアックはテーブルに肘をつき、額に手の甲を当てながら言った。
悠久の時を生きるとされるドラゴン。無限に等しい魔力を持ち、呼吸をするように大魔法を使って世界の地図を書き換える、恐ろしいモンスター。
地震を引き起こすとされる咆哮は、海を挟んだ別の大陸まで聞こえると言われ、巨大な両翼は、羽ばたくだけで竜巻を起こすとされている。
この世のすべてを引き裂く巨大な爪に、城壁を噛み砕く巨大な牙。
輝く鱗は、この世に存在する全物体の中で最高の硬度を誇る、最強の鎧。
その戦力は国ひとつでは足りない。
攻守共に隙がない、誰もが恐れる最強のモンスターだと言えるだろう。
そして話を聞く限り、ラミエルは火竜に含まれるドラゴンだ。
灼熱の業火を持ち合わせている巨大な敵に対し、サフィリア宝城都市のガーディアン達が太刀打ちできるわけがない。
「普通のガーディアンじゃあ勝ち目がない」
「そ、それじゃあ」
ビオレは不安そうな瞳をゾディアックに向けた。
「”普通の”ガーディアンなら、ですよね」
ロゼは確認を取るように、ゾディアックに言った。その表情は自信に満ちている。
ゾディアックは頷いた。
「……俺なら倒せる」
ゾディアックがいつもつけている、ネックレスの宝石が輝いたように見えた。
それはゾディアックが最強のガーディアンであることの証。だが、そんなことを露も知らないビオレは身を乗り出す。
「だ、ダメ……ですよ! 私はラミエルが戦ったところを見たことないけど……凄く強いなら、やられちゃいますよ!」
「……どうなるかな」
「あと、そうじゃなくて、倒すかそういうんじゃなくて、ラミエルと……話をして……」
最後の方は消え入りそうな声でビオレは言った。
「……彼の状態を確かめる。それで戦うか決める……か」
ゾディアックは頷いた。
「ラミエルに会おう。できれば話がしたい」
ゾディアックは言った。ビオレの顔が、不安気な表情から一転しパッと明るくなった。
「失礼ですが、ゾディアック様。どうお会いするおつもりで?」
ロゼが問うと、ゾディアックはロゼを見た。
「彼が……ラミエルが”まともじゃないなら”。明日になれば、いや、今日中にでも続々と目撃情報が出てくるだろう」
「まともだったら、どうなるん、ですか?」
ビオレはたどたどしく聞いた。
「ドラゴンが暴走するのは、本能に負けたときだ。モンスターに分類されるのはそれが理由なんだ。ラミエルは、力を求めて暴走した可能性が高い。いずれにしても目的が必ずあるはずだ。その目的が何なのかはわからないが」
ゾディアックはビオレを見た。
「守護竜か。ラミエルの精神が正常なら、村の近くにいるかもしれない。守るべき者達に手をかけた。その懺悔のために。そして、生き残りに会いたいと、願っているかもしれない」
「そ、それって」
「ビオレがここにいるのは危険だ。匂いをたどって、あるいは魔力の痕跡をたどって、ラミエルがサフィリアに来るかもしれない。だけど、上手く行けばラミエルと会える」
ゾディアックは言葉を紡ぐ。
「ただの仮説だが、ビオレがいつも話していたという場所。そこに行けば、会えるかもしれない」
ビオレは希望に満ちた視線をゾディアックに向けた。しかしそれは危険な作戦だった。
かといって、それ以外いい案は思い浮かばない。もし仮説が正しければ、真実を知ることができる。
「わ、私はどうすればいいですか? 何をすればいいですか!? 何でもします! だから、言ってください!!」
興奮しながら、ビオレは自分の胸に手を当てた。
ゾディアックは頷きを返し、言った。
「寝ろ」
「へ?」
間抜けな声がビオレの口から零れた。
「ね、寝ろって……」
「言う通りにしておきましょう」
ロゼが会話に割り込んだ。
「目が充血してますし、瞼も重そうです。顔色も、まだ悪いので、今日行こうとするのは自殺行為です」
「で、でも!」
「……明日。明日になったら、作戦を実行する。だから、それまで休んでいてくれ」
ふたりに言われ、ビオレは渋々頷いた。
だが、すぐに頭を振った。
「寝る場所なんて、ないです」
「なら、私の部屋を使いましょう!」
「え、でも、そしたら」
「いいからいいから。ほら。さっさとご飯が冷めちゃいます」
ロゼはゾディアックを見た。口を開くな、と目が言っている。
ゾディアックはそれから黙ってシチューを口に運び、以降はなにも喋らなかった。
ロゼは、時折ビオレに他愛もない話題を振っている。これ以上ラミエルについての話題は振れないと察知したビオレは、ロゼと会話をし始める。
「ビオレはグレイスなんですよね? じゃあ弓か槍の使い方が上手なのですか?」
「は、はい。弓が得意です。あと、風の魔法を少々……」
「本当ですか! 私も弓には自信があるので、今度勝負しましょう。あ、あと敬語じゃなくていいですよ。気軽に話しましょう!」
「……うん。ありがとう」
敬語を止め、徐々にビオレの声が弾んでいく。
ゾディアックはその会話を聞くことに専念した。
聞いているだけで、楽しかったからだ。
★★★
アンバーシェルでベルに連絡を入れた。先ほどの話をかいつまんで説明した。
「彼女、寝ましたよ」
そう言ってリビングに現れたロゼは、ソファに座るゾディアックの隣に腰掛けた。
「寝るまで何度も泣いて、ずっと手を握りしめていたので、ちょっと苦労しました」
「ご苦労様、ありがとう。ロゼ」
アンバーシェルをしまい、ロゼの頭を撫でながら、ゾディアックは礼を述べた。
ロゼは不服そうに唇を尖らせる。
「ゾディアック様もお人好しですね。困った相手が亜人だったら、この家に毎回連れ込むつもりですか?」
「ごめん」
「あの話だって嘘か本当かわからないのに」
「うん、ごめん」
謝り続けるゾディアックは、両手を広げた。
それを細目で睨み、「もう」と言ってロゼは抱きついた。
「罰として、一緒に寝てもらいますからね」
「ああ」
「イチャイチャしますよ。私より早く寝たら、首元噛んでやりますから」
「……ロゼが先に寝たら?」
ロゼは目を見開き、ふわりと笑った。
「どうぞご自由に」
ゾディアックはロゼを抱きしめた。ロゼの楽しそうな悲鳴が耳元で聞こえる。
「今日……嫌なことがあったよ。あの子も、受付の子も……亜人達が差別されてて」
「はい。やっぱり、そういう人は多いのですね」
「でも、味方が……いたんだ」
「……本当ですか?」
「ああ……俺は、ビオレを信じてみるよ」
ロゼを抱きしめながら、ゾディアックは言った。
ビオレの話が本当なら、あの子は天涯孤独の身となっている。
命からがら逃げて、あんなボロボロの姿になって、この地に助けを求めてきた。それも、自分のことより、友人のことを心配しながら話していた。
なら、ガーディアンである自分が救わなくてどうする。
「困っている人を救うのに理由なんて必要ない。それがたとえ……どんなに嫌な奴でも、亜人だろうと……」
弱々しく言ったゾディアックの顔を、ロゼは覗き込む。
「素敵です」
「……そう?」
「はい。とっても、素敵ですよ。ゾディアック様。そんなあなたと恋人になっている自分が、誇らしいです」
胸が締め付けられる思いだった。ゾディアックはロゼの額に自分の額を当てる。
「ロゼ。行ってくるから、待っててくれ」
「はい」
「ビオレと……彼女の友人を救いに行く」
「――はい! どうか、ご無事で。ふたりの帰りを、お待ちしております」
ロゼは力強く言った。
夜が更けていく。
サフィリア宝城都市の上空に、暗雲が立ち込めていた。