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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
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第213話「歌声が呼んだのは漆黒の希望」

 亜人に対する人々の意識を変える。それにはまず、ガーディアンのことを知り、意識を変える必要性があると紅葉は判断した。

 一般人よりも発言力があり時と場合によってはキャラバンや、この国を守る兵士たちよりも主導権を握ることがある者たちを味方に付ければ、必ずブランドンの助けになると思った。


「合格じゃの。基礎的なことを学びながら、お前さんは「ランク・パール」のガーディアンとして活動してもらう」


 セントラルの応接室でそう告げると、紅葉は頭を下げた。


「わかった。何でもやるよ」

「……ところで、住む場所は決めたのか?」


 顔を上げた紅葉は頭を振った。


「あのさ。図々しいかもしれないけど、住める場所教えてくれないか?」

「なに?」


 エミーリォは訝しげに紅葉を見た。


「頼むよ。毎日亜人街に帰ったりしていたらその移動時間が無駄なんだ。出来れば近場がいいんだけど、あるかな」

「……そうじゃなぁ」


 エミーリォは立ち上がると窓際にある黒曜石で出来た立派な机の引き出しを開ける。そこから鍵を取り、紅葉に投げ渡した。


「ここのセントラルに残っている空き部屋のカギじゃ。広くはないが女っ子ひとりなら余裕で住めるじゃろ」

「え、嘘、本当に? いいのかよこんなの貰って」

「そのかわり。お前ちょっとだけ受付の仕事も手伝え。いわゆる雑用係じゃ。年々増えるガーディアンに対して受付は人手不足でな。まさに猫の手も借りたいんじゃよ」

「上手い子と言ったつもりが馬鹿ジジイ」

「それよりどうじゃ? お気に召さないなら返して欲しいんじゃが」

「いいや。ありがとう。お礼に精一杯働くよ」


 紅葉は鍵を握りしめた。


「よし。なら次は他の従業員に挨拶をするぞ」


 セントラルが開くまであと30分ほどだった。1階のエントランスの中心に、数名の従業員並びに受付嬢が集まる。

 集まった者たちは皆、エミーリォの隣に立つ紅葉を見つめていた。当然のことなのか、ここに亜人はいない。


「全員揃ったな。まず用件だけを伝えよう」


 エミーリォは紅葉の肩に手を置いた。


「ワシの孫、レミィ・カトレットじゃ。今日からこのセントラルで、ガーディアンとして働く」

「……はぁ!!?」


 集まった面子のだれよりも速く、紅葉は驚愕の声を上げた。次いで従業員たちからも困惑の声が上がる。

 勢いよく振り返ってエミーリォを見る。表情は何一つ、変わっていなかった。


「ちょ、ちょっと待ってジジイ! 何言ってんだあんた」

「見ての通りまだ礼儀もなってない娘っ子じゃ。どうか軽く揉んでやって欲しい。まずは雑用からやらせてくれ」


 そこまで告げるとエミーリォは小声で言った。


「忘れるなよ、レミィ。ワシの孫であるという事だけ告げておけば、少なくともこのセントラルの中で殺されることはないのじゃからな」


 つまり孫娘にするというのは、亜人を良く思っていない者たちから紅葉を守るためのエミーリォの策だった。

 その意図を汲んだ紅葉は困惑した顔のまま深いため息をついて、従業員の方を向いた。


「……レミィ、です。よろしく」


 それから紅葉は、レミィと名乗るようになった。




★★★




「紅葉様、出ていっちゃうんですか?」


 アイエスにある自室で荷物をまとめていたレミィの背中に、黒江が声をかけた。


「ああ。これからはガーディアンとして、彼らの手助けをするよ」

「どうして」

「大丈夫だって。あくまで建前だ。ガーディアンの意識を変えて、亜人街でもデカい顔しないようにさせる。それが本当の目的だから」

「だ、だったら何でブランドンさんや、他の人たちに本当のこと言わないんですか!」


 レミィは頭を振った。


「言ったら、ブランドンが私を止めるだろ。絶対に。そしたらここにいたくなる。それが嘘を吐く理由の半分」

「半分?」

「そ。もう半分は……超照れ臭い。それだけだよ」


 そう言ってレミィは部屋を出た。慣れ親しんだ店の中に足を踏み入れると、ブランドンが出口の前に立っていた。


「……セントラルで働くのか」

「そ。あの爺さんに気に入られてさ。お給料もこっちの数倍上だから稼いでくるわ。言葉も一杯覚えたし」

「……寂しくなるな」

「まぁ、たまには歌、歌いに来てもいいけどさ。ルーとかその他大勢の血気盛んな連中が私を許さないだろ?」


 レミィの顔に小さな笑みが浮かぶ。


「私はしばらく、セントラルでガーディアンに媚びへつらう」

「……紅葉」

「レミィ。それが私の名前だ。もう二度と間違えるなよ」


 レミィはそう言うと、背伸びしながら両手を伸ばし、ブランドンの顔を挟んだ。


「行ってきます」


 それだけ告げて店を出た。


 それから、レミィは「ランク・マスグラバイト」になるまで、二度と亜人街を訪れることはなかった。

 そしてブランドンと黒江が亜人街のツートップと知ったのは、ガーディアンをやめて受付に立てるようになった、数年後のことだった。




★★★




「それでね、私のお友達が凄く美人になっちゃっててビックリしちゃった。前まで本当に小さな子だったのに。女性の成長って凄いねぇ」


 可愛らしい声でカメラに向かって話す。壁に貼り付けたヴィレオンの画面に視聴者のコメントが流れていく。


『アンヘルちゃんも凄く美人だよ!!』

『可愛い系アンヘルちゃんはそのままでいい。アイドル路線を貫いて欲しい』

『とか言いながら、アンヘルちゃんも美人の可能性が微粒子レベルで』


 滝のように流れていくコメントを見ながら、少しずつ、されど丁寧に言葉を返していく。


「本当にこんな夜遅くまで見てくれてありがとうね! 平日は夜じゃないと時間取れなくて。最後はこの曲を歌って終わります!! 応援してね~!」


 コメント欄が盛り上がる。

 音楽をかけて歌声を披露する。一気に力は込めない。変身魔法(ペルフィディア)を常時使っているため気合を入れすぎると解けそうになるからだ。


 歌うことが好きだった。趣味であり楽しみのひとつ。それを誰かに聞いてもらうことももちろん好きだ。

 だから覚えた変身魔法を使って、仮の姿で歌を披露する。これがレミィの目標だった。

 始めは激しい曲ばかりを歌おうと思っていた。だが口から出るのは、なぜか友のことや愛のことばかり。

 これはきっと、善乃のことかもしれない。あいつを思っているからかもしれない。


 仮の姿で歌を披露し誰かに聞いてもらう、という目標。

 誰かというのは、海を挟んだ向こうの大陸にいる彼女のことかもしれない。

 自分の歌に本当の心が映されているようにレミィは感じていた。

 彼女には二度と聞こえないのに、歌っているのだ。


 歌声を木霊させ終わると、もう一度別れの挨拶をし頭を下げる。

 コメント欄の勢いは止まらない。


『まだやって!!』


 の文字が流れていくのを名残惜しそうに見ながら、「アンヘルちゃん」は放送を終了した。

 ヴィレオンにユタ・ハウエルのトップ画面が映る。


 レミィは汗だくになった体をタオルで拭きながら今日の視聴者数と投げ銭の数を確認する。ただ美少女の皮を被って歌うだけで大金を稼げる。

 レミィはため息を吐いた。命を懸けて戦っているガーディアンに、なぜか申し訳なくなった。


「こっちのお金は、先月の怪我をした人たちの治療費に当てて……こっちはセントラルの機材修理に当てて……」


 ノートに自分で稼いだお金の使い道を記述する。


 レミィがガーディアンとして働いたのは、実に1年とちょっとだった。

 物凄く短い期間だったが、刀を使いモンスターを狩る姿は同業者を圧巻させ、同時に嫉妬を集めた。

 亜人がガーディアンとして働くのは難しいということを再認識した一方、ガーディアンに対する気持ちも大きく変わっていた。

 確かに亜人に対し非道なことをする者たちもいる。それに大半は亜人に対して排他的だ。

 しかしそれでもガーディアンが全員、悪ではない事だけは確かだった。全員命を懸けて何かのために戦っているのは、本当だった。一緒に庇い合いながら、命を懸けて戦った仲間もできたゆえの、意識の変化だろう。


 そのせいか、レミィはガーディアンとして働き意思を変えようとすることから、彼ら彼女らを支えることに、考えを移し始めていた。

 このままでは行けないと思っている。亜人街の皆をもっと楽にさせたい。最近は過激派が力を増し、ブランドンが何とか起爆寸前のところで食い止めているという。

 だがガーディアンのマイナスになるようなこともしたくないのが本音だった。

 いつの間にか、自分の考えが一番変わっていたのだ。


 どうしたものか、いつまでも風見鶏を気取っているわけにはいかない。

 ふぅと息を吐くと、ドアがノックされた。返事をして扉を開けると、腰を押さえたエミーリォがいた。


「どうしたの、おじいちゃん」

「すまん……明日受付に立ってくれんか」

「え!? いいけど……本当は明後日じゃ」

「すまん。本当にすまん。腰いわしてしまったわい……」

「ああ、まぁ。そりゃしょうがねぇか。わかった。明日やるよ」


 手短に要件を済ませ、再び嘆息する。

 変化が欲しかった。自分の考えや世の中を変えるような大きな変化。

 他力本願と言われるだろうが、レミィはその衝撃を待っていた。


 そんな気持ちで挑んだ次の日。亜人であるレミィの受付はすいていた。

 そういうことは慣れていたため、数少ない報告書を処理しながらガーディアンを待っていると、影が差し込んだ。目の前に立たれたのだ。


「はいどうもー。お疲れ様ー」


 顔を上げる。そこには、全身黒色で身を包む、漆黒の暗黒騎士(ダークナイト)がいた。


 その人物が最強のガーディアン、”ランク・タンザナイト”のゾディアックだと知るのは直後だった。


 その人物が、自分の運命や世の中を大きく変える人物になることを知るのは、もうしばらく後だった。



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!



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