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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
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第195話「聖なる甘味路を照らさん-前-」

 ラルのアジトである宿泊施設跡地の昇降機が昇っていく。広い昇降機の中は全員が乗れるほどのスペースと重量を確保していた。

 5階に到着しユヴェーレンの背中についていく。そうして一番奥にある扉の前に立つと、ノックを2回した。


「団長。お連れしました」


 中から甲高い声が聞こえた。ユヴェーレンは扉を引くと、ゾディアックたちに向き直り片手を前に振ってお辞儀した。「お先にどうぞ」というジェスチャーだった。

 ゾディアックは中に入り、部屋を見た。次に入ったマルコが感嘆の声を上げた。

 何とも広いキッチンが広がっていた。というより、調理場所であるテーブルの広さと数の多さから、恐らく実習室だとゾディアックは察した。

 左右に2台ずつテーブルが均等に並んでおり、それが計8台並んでいる。真ん中の4台の卓上には食材と調理器具が置かれていた。デザートを作るというのにご丁寧に肉と野菜まで置かれていた。


「待ってたよぉ、ゾディア~ック」


 部屋の最奥、一際大きな長テーブルの上にラルが座っていた。

 傍には女性が一人立っている。長身で、レミィよりも高く見える。180近くかそれ以上ある華奢な人物だった。長い桃色の髪を後ろでふたつに分けて束ね、ローツインの髪型をしている。

 幸の薄そうな顔がゾディアックに向けられるが、すぐにラルの方に戻る。


「ジランザム団長。どうやらあなたの仰る通りでした」

「でしょぉ? 俺は嘘つかないの。いやぁでも楽しみだなぁ。ゾディアックと異世界人(ビヨンド)のデザート」

「まさか本当に、ガーディアンが料理をしに来るとは」


 女性は呆れたように頭を振った。

 ラルは勢いをつけて机を降りるとポケットに片手を入れてゾディアックとマルコに近づく。


「お連れの方は空いている後ろの席にお座りください」

「茶とかでねぇの?」

「口を閉じることをオススメしますよ、ベルクートさん。私の気分を害されない方が」


 後ろにいるユヴェーレンたちの話し声を聞いていると、ラルが目の前に立った。 


「さてさて~、じゃあとりあえず最終確認なんだけどぉ、止めるなら今のうちだよ? ここで食えない物出されたら二度と店なんか出せないからぁ。覚悟はいい?」

「構わない。ちゃんとした物を作る。期待して欲しい」

「ふぅん」


 ラルは隣にいるマルコを見る。マルコも同様の思いであることを、瞳から悟った。


「自信があるのはぁ、いいことだねぇ。じゃあとりあえず材料とか器具は机の上にある物を使っていいよー。何をしているかぁ調理中に質問するのは控えておこうかな。集中できなかったなんて言い訳されたらたまったもんじゃないし」

「じゃあさっそく調理を始め」

「その前に」


 マルコの言葉を遮ったラルはゾディアックの兜の前に人差し指を突き付ける。


「鎧、脱ぎな」

「……え」

「え、じゃないよ。脱ぎなよぉ」

「やっぱり、駄目か。着たままじゃ」

「はは~ん? 別にいいよぉ? 「ガーディアンの時に使っている血生臭い鎧を着たまま、不衛生にもほどがある姿で料理をしても」さぁ~。傍から見たらどう思われるか、そんなこと無視して作ってみるぅ?」


 ラルのいうことはもっともだった。ゾディアックは押し黙る。ゾディアックが人見知りで恥ずかしがり屋であることを聞いているマルコは、ダメもとで口を開いてみた。


「あの、私一人で」

「駄目ぇ~。確かに君は普通の格好だけど~」


 ラルが睨め回すようにマルコを見る。マルコの格好は灰色のパーカーにジーンズと、何の工夫もない。現代風のこの格好は、異世界でも通用することをマルコは最近知った。


「この店はガーディアンであるゾディアックが作るという宣伝文句があるんでしょ~? 嘘は駄目だよぉ。嘘は、ね」


 ピシャリと言い放たれた。マルコはゾディアックを見る。

 すでに、対策はしてある。

 あとはゾディアック次第だった。


「……わかった。装備は外す。その代わり……」

「ん?」

「……素顔を見ても、何も言うなよ」


 そう釘を刺して、ゾディアックは兜に手をかけた。




★★★




 鎧から普段着に着替えたゾディアックは空いている机の前に立った。服はロゼが持って来ていた。持って来て正解だったと胸を撫で下ろす。

 ゾディアックは視線を目の前に向ける。長テーブルの席に、ラルとユヴェーレン、そして長身の女性が座って見つめてきている。

 急に恥ずかしさがこみ上げ、顔が赤くなりそうだったため、すぐに視線を切る。ラルの笑い声が聞こえた。

 

「いや、こいつはぁ、驚いたねぇ」

「いやまったく」


 ラルは口許に笑みを浮かべながらも、心底驚いたように目を開いている。ユヴェーレンも似たような表情だった。


「まさか、あんな禍々しい姿の下に、これほど美しい素顔を隠していたとは」


 長身の女性はゾディアックに興味が戻ったように、顎を撫でながらまじまじと横顔を見つめた。ゾディアックの頬に朱が混じる。


「何照れてんですがゾディアック様……!」


 テーブルを2台挟んで席に座るロゼは奥歯を噛み締め、唸るような声を出した。


「綺麗な女性に照れてる場合じゃないでしょ……!」

「お、落ち着いてロゼさん! 多分マスター今いっぱいいっぱいだから! ていうか女性云々も関係ないと思う!」

「大丈夫かよぉ師匠……頼むぜマルコ先生」


 不安げな仲間たちの声はゾディアックに届いていない。

 不安げな表情を浮かべる大男の前に、ネイビーのエプロンが差し出された。


「やりましょう、ゾディアックさん」

「……ああ」


 前掛けを手に取る。家から持ってきたお気に入りの物だ。マルコは白色の前掛けをしている。

 ラルが手をパンと叩く。


「よぉし。じゃあ作ってよ。お題、わかる?」

「あ、ああ。木だ。見せてやる」

「……それでは、準備はよろしいですね。開始してください」


 たどたどしく宣言すると同時に調理開始の声がユヴェーレンから発せられた。

 調理器具と材料を選択する部分から作成開始だった。マルコとゾディアックが共に動き始める。


「ゾディアックさん。昨日の練習通りに」

「ああ」


 ゾディアックは震える舌で返事をしながらも、迅速に材料を選んでいく。マルコはすでに器具を選び終えていた。

 大丈夫、練習通りに。

 そう念を押し、緊張を押し殺しながら、材料を手に取っていった。




★★★




「迅速に準備をして、確実に調理し、美味しい物を提供する。これは鉄則です」


 先日の夜。飾りつけの練習を行っていた、鎧姿のゾディアックの背中に、マルコが声をかけた。右手に紙を持ったまま腕を組む。


「明日の試験に関してなのですが、紙には制限時間に関する文言は書かれておりませんでした」

「……意図的に書かれてない?」

「恐らく。時間制限無しでゆっくり作れると油断していると、向こうはそこを責めてくるでしょうね。「客を待たせすぎだ」「長い時間かければ美味しいのは当然だ」といった感じです。ちなみに私も経験したことがあります」

「うわぁ……」

「さらに向こうが器具と材料を用意してくれるという点」


 マルコは嘆息する。


「それを選ぶ時点から開始だとしたら面倒です。何を使うかを決めておくのがいいでしょう」

「俺は器具の方がいいか」

「いえ、材料で。”適切な食材を使えている”というのは器具よりも評価されます。恐らく私とゾディアックさんで行動できるので、私が器具担当で」

「……俺一人の可能性とかあるかな?」

「作るのはゾディアックさんだけ、というのも考えられますね。だからこそ、練習しましょう」

「そう、だな」


 飾りつけが終わり、ゾディアックはデザートナイフで形を整えた。

 マルコが完成品を見て頷く。


「上出来です。では、続いて鎧を脱いで作業を始めましょう」

「……わかったよ」


 ゾディアックは渋々返事をし、完成したケーキをダイニングテーブルへ持っていく。


「みんな、食べてみてくれ」

「もう食えねぇっつうの!!! もう何本食ってると思ってんだよ!」

「木の見た目しているから、気分はカブトムシですよぉ……」

「そうですか? 美味しいじゃないですか、全部。何本でも食べられますよ!」

「「……ロゼさん幸せそうだなぁ」」


 グロッキー状態のちびっ子ふたりを尻目にロゼはゾディアックからケーキを受け取った。


「おお~、美味しそう……」

「ロゼ」

「はい。どうされましたか」


 ロゼが見上げて小首を傾げる。キョトンとした表情を浮かべていた。

 今弱い部分を出せば、ロゼは心の底から、優しい声で応援してくれるだろう。ゾディアックは一瞬、愛しい吸血鬼に甘えたくなった。

 だがここで腑抜けてはいけない気がした。


「……明日、最高のデザートを作ってみせるよ」


 力強い、自信のある声を出した。

 それを聞いたロゼは心底嬉しそうに笑みを浮かべ頷いた。

 そんなふたりを見ていたマルコは、羨ましさよりも自身の仕事を完ぺきにこなそうと、気合を入れなおしていた。

 


お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします

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