第19話「出会うガーディアンたち」
「いいかい、ビオレ。ヒューダ族には近づいちゃいけない」
シャイアスは弓の稽古中にそう語りかけた。
「ヒューダ族は亜人に対して、毛ほどの優しさもない。この自然の美しさが理解できず、森の声すらも聞こえない不遜な種族。奴らとは、どこまで行っても相容れない」
ビオレは弦を張りながらその言葉に耳を傾けていた。
「だが、その中でも1割、いや、もっと低いかもしれないが……私達と気が合う者がいるのも事実だ。いいかい、ビオレ。今、弓の稽古をしているのは、狩りの為だ。決してお前をガーディアンにしたいわけじゃあない」
ビオレは遠くに見える的に、狙いを定める。
「だが、もしだ。もし、ビオレが成長して、そんなヒューダ族に会えたのなら……きっとこう思う」
矢が放たれる。
「この者と共に、戦いたいとな」
矢は的の中心に突き刺さった。
★★★
ゾディアックはビオレを抱きかかえながらセントラルを出て、路地を進んでいた。ビオレは震え上がっていた。
これでは降ろしたところで、自分の足で歩くこともままならないだろう。
ビオレから話を聞きたいが、この状態ではまともに話せそうもない。
ゾディアックはいっぱいいっぱいだった。知らない子を抱いているだけで、背中に緊張の汗が噴き出ている。
早くあの場所に行かなければ。そう思い、歩調を早めようとする。
「おい、ゾディアック!! 待てって!!」
背中に声がかかった。立ち止まって振り返ると、ベルがターバンを取り、ふぅとため息をつくのが見えた。
「この路地いいな。目立たねぇし、いい感じに暗くて入り組んでるしよ」
「……悪かった、ベル」
「いいよ別に。ただ、本気で殺されるかと思ったけどよ。ガーディアンってのはあんな血の気の多い連中ばっかりなのか?」
そうでもない、とは言い切れない。亜人が関わっているとなると、血相を変える者が多いのは事実だ。
サンクティーレの亜人に対する扱いの酷さは、異常ともいえる。ヒューダ族は亜人のほとんどを差別的な目で見ており、亜人というだけで罪になる法律を掲げる国もあるらしい。そのため、深く関わっている者も同様に差別されたりする。だから誰も亜人を邪険に扱ってしまう。
サフィリア宝城都市にそんな法律はないが、大半の亜人は”首輪付き”……つまり、奴隷として飼われていることが多く、キャラバンの雑用や店番を任される者も多い。レミィのように仕事を持っている亜人は、ごくわずかだ。
「しっかし目立つことしたな、お前。性格的にあんなことしないと思ってたが」
「……マズいんじゃないか」
「ん? 何が」
「俺と、これ以上関わるのは」
ベルは首を傾げた。
「俺は、この子を助けた。だから、俺から離れた方がいいんじゃないか」
「はぁ? 何でそうなんだよ」
「亜人と、関わっている人間だぞ?」
「あー、悪い。俺亜人がどうこうとか、そういう小さい問題気にしねぇ男なんだわ」
ベルはヘラヘラと笑いながら壁に寄りかかる。
「それにしてもスカッとしたぜ。あの馬鹿っぽい男蹴り飛ばした時は、ざまぁ見ろって思ったわ」
「……軽蔑しないのか?」
「しねぇよ。お前は泣いてる子を、不当な扱いを受けてた女の子を助けた。立派じゃねぇか。俺にはできねぇよ」
ゾディアックは、誇らしい気分になり、兜の下で口元に笑みを浮かべた。
「あー、見つけましたよ~」
その時、気の抜けるような声がふたりにかかった。視線を向けると魔術師が立っていた。
先ほど喧嘩の仲裁を手伝った、桃色髪の女性だ。
「おお! 嬢ちゃん、さっきはどうもな」
「いえいえ~。あなたたちが行かなかったら、私が間に入ってましたし~」
そう言って、女性は帽子を取り、髪をふわりと浮かせながらゾディアックに近づく。
「タンザナイトのゾディアックさん……ですよね~?」
「……」
「おい、返事しろって」
「……う、ああ」
「ふ~ん……」
女性はゾディアックを見上げ、値踏みするように全身を見ると、一度頷く。
「先ほどは、かっこよかったですよ~。ちょっと見直しましたー」
「……見直す?」
「はい~。「冷たくて極悪非道な嘘つきガーディアン」っていう噂がセントラルで流れていたので、ちょっと軽蔑してんですけどー」
ゾディアックは肩を落とし視線を地面に向け、ベルは苦笑いを浮かべた。
「やっぱり噂でしたかね~?」
「……それで、何の用だ」
「嬢ちゃん、まさか俺たちを襲いに!?」
ベルが体の前を両手で隠す。
「いえいえ~。ちょっと聞きたいことがゾディアックさんにありましてー」
「……何だ」
「ドラゴンの件。本当だとしたら、行くのですか?」
いきなりしっかりとした口調になったため、ゾディアックは驚いた。一見抜けてそうな女性だったが、その目の力強さは、ガーディアンのそれであった。
抱いていたビオレの手が、力強く握られる。ゾディアックはそれを感じ取り、頷く。
「ああ」
「誰も来ませんよ。ドラゴンが関係する任務なんて」
「……ひとりでも、構わない。もしセントラルから、任務が出なかったとしても、俺は行く」
「タンザナイトだからですか? それとも亜人が好きだから? それとも売名」
「違う」
ゾディアックはしっかりと言い放った。
「俺が、人々を、亜人を……サンクティーレを守ると誓った、ガーディアンだからだ」
いつものたどたどしい言葉ではなく、力強く言い放たれた言葉に対し、ベルは口笛を吹く。
女性は一度目を細めると、頬を緩めた。
「……もし、ドラゴンの任務に行くのなら、ちゃんと依頼書掲示板に貼ってくださいねー」
「え?」
「あなたにちょっと、興味が湧きました~。タンザナイトの強さも、見てみたいですしね~」
そう言って、ゾディアックとすれ違う。ベルはその背中に声をかける。
「おい待てよ! あんた名前は!」
女性は立ち止まり、とんがり帽子を被るとベルに視線を向ける。
「ラズィ・キルベル。どうぞよろしくお願いしますね~、”キャラバンさん”」
ベルが「げっ」と言って、頬を引き攣らせた。
「あ、あの。この件はどうかご内密にぃ……」
ラズィはクスリと笑い、背を向けて去っていった。
「や、やべぇ、俺死ぬかも……」
頭を抱えて悩んでいるベルを見ていた時、ビオレがぶるぶると震え始めた。微かに泣き声も聞こえてくる。
初めての地、誰も知らない場所で不当な扱いを受け、鎧姿の大男に抱きかかえられている……精神的に限界が来るのも無理はない。
「その子、やばくねぇか? 大丈夫か?」
「……話を聞くにも、休ませないとな」
「当てはあんのかよ」
ゾディアックは頷きを返した。向かう場所はすでに決めてある。
「そうかい。なら、これ持ってけ」
ベルは紙を渡した。受け取ると、そこには簡易的な魔法陣と文字が綴られていた。
「俺の連絡先だ。アンバーシェルで登録しとけ。亜人用の飯とか薬とか調達してやっから……必要だったら連絡しろ」
「……いいのか?」
「もう乗りかかった舟だ。セントラルに潜り込んだこともバレたし、お前と仲がいいこともバレたし。幸い、俺も友達やら家族やらはいねぇし、気にしねぇでくれ」
両手を上げ、呆れたようにベルは言うと、口角を上げた。
「……ありがとう」
「おう。じゃあ、今日は解散だな。話が聞けたら、連絡のひとつでもくれよ。確認も含めてな」
ゾディアックは一度頷き、ベルと別れた。そしてビオレを抱えながら、足早に目的地へと向かった。
★★★
ロゼは、玄関に来た”ふたり”を見て目を丸くした。
いつも通り笑顔で「おかえりなさいませ」を言って、ゾディアックに抱きつこうと思ってスタンバイしていたら、扉を開けて現れたのは鎧姿のゾディアックと、ボロボロの布切れを身に纏った少女が姿を見せたからだ。
「あらあら」
片手で口元を隠し、紫髪の子を見つめ、
「まぁまぁ」
その視線はゾディアックに向けられた。
「あの、ロゼ……?」
「ゾディアック様」
「は、はい」
ロゼは後ろで手を組み、にっこりと笑った。
「誘拐は、犯罪ですよ?」
「違う!!」
「自首しましょ?」
「だから違う!」
「このロリコン」
ロゼはジト目になって、ゾディアックを睨む。
「ちが、違うんだってだから!」
「どうしてこんな可愛らしい女性を家に連れてきたんですか? 当てつけですか。私に嫉妬させる作戦ですか。見事に作戦成功ですね。おめでとうございます」
「いや、だから……相談できそうな場所がここくらいしかなくて……」
「はぁ。初めての来客が女性だなんて。ぶっ飛ばしますよ、本当」
「こわっ」
ギャアギャアと楽しそうに騒ぐふたりを、ビオレは困惑する眼で見つめるしかなかった。
ロゼはハッとしてビオレの目線に合うよう膝を折る。
「ゾディアック様、私の喋り方は」
「”バレないように”」
「承知しました」
そう言って、ふわりと微笑む。
「お名前は?」
優し気な声に、ビオレはびくりと肩を上げ、恐る恐るロゼに視線を向ける。
「……ビオレ・ミラージュです」
「初めまして、ビオレさん……さて」
ロゼはビオレを少し見つめると、コクリと頷き、手を差し伸べた。
同時に、ロゼが魔法を発動し、ゴシックドレスの形状が変化する。
時間にすれば一瞬。黒い霧を纏ったかと思うと、ロゼは黒のブラウスにモノトーンチェックのミニスカートに着替えた。
「お風呂に入りましょう!」