第1話「漆黒の騎士」
「お前は、ひとりで死ぬべきなんだよ」
片膝をつきながら、こちらを睨みつけている騎士は言った。
剣は折れ、盾は砕け散り、鎧は半壊。
満身創痍。もはや一歩も動けないほど疲弊しているのが見てわかる。
「よく聞け。私は、命を懸けてお前を殺す。この戦いに、必ず勝つ」
それでも騎士は、諦めていなかった。
「なぜだ。どうしてそこまでして、俺を殺したがる」
湧き起こった純粋な疑問をぶつけると、騎士は柳眉を逆立て、怒りを吐き出した。
「なぜ、だと!? お前が、仲間を、国を、みんなを」
騎士の口元は動き続けている。だが、言葉は聞き取れなかった。
ノイズが走っている。雑音しか聞こえない。
周囲を見ると、骸と化した人間が、何人も転がっている。
骸と化した人間? ただの黒炭の塊が盛り上がっているだけの物体を見て、なぜそう思ったのだ。
騎士の声は聞こえない。
「お前は世界の敵なんだよ!!」
だが、この言葉だけはしっかり聞こえた。
言い終えると同時に、騎士が折れた剣をこちらに向ける。
次の瞬間、目の前が光に包まれた。
★★★
「もうたくさんだ! お前はクビだ!! お前をパーティから追放する!!」
脳内に氷水を流し込まれたような感覚だった。
重い瞼を上げると、怒りの形相を浮かべた男が見えた。
金色の髪を短く刈っているのが特徴的で、筋肉質な体をしている。鎧の隙間から見える肌は、よく日に焼けていた。
「聞いてんのか暗黒騎士さんよ! 寝てんのかてめぇ!」
ハンドアックスを使って戦う斧術士であり、パーティリーダーでもあるウェイグが、唾を飛ばしながら言葉を投げた。
「本当どういう神経してるわけ? あんたのせいで私たち死にかけたんだけど!」
「だからこの人と組むのは嫌だと私は言ったのに……」
目が大きく、茶髪の長い髪が特徴的な魔術師のメーシェルと、青い髪をした槍術士のロバートから、続けて恨み節が出た。
3人の嫌悪感漂う視線は、漆黒の鎧を着た暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスに注がれている。
「マジで最悪だ。ダンジョン入ったらすぐトラップ引っかかるわ、強いモンスターと出会って吹っ飛ばされるわ……」
「おかげで私のローブ破けたんだけど! 見てよこれ!」
メーシェルは穴だらけになったローブを掲げ、ゾディアックを睨む。見た目は上等な布を使っているが、裏地を見れば安物だとわかる代物だった。
3人は、思い思いの言葉をゾディアックに浴びせ続けた。
ことの経緯はこうだ。
3人は、いつも単独で活動している実力者の暗黒騎士、ゾディアックを雇い、難易度が高いとされているダンジョンの攻略に挑んだ。
3人はゾディアックがいれば安心だと高を括り、緊張感無く進行した。
結果として、簡単な罠にはまり、出現したモンスターは強力なものばかりでまともに戦えず、攻略は最序盤で諦めるという結果に終わった。
たいした準備もせず、おまけに実力も伴っていなかったため、当然の結果と言えるだろう。
「最強のガーディアンなんだろ、あんた」
ウェイグが聞いてきた。ゾディアックは頷いた。
「トラップに気づいていただろ」
「……ああ」
「じゃあなんで教えなかったんだよ!?」
「楽しそうに、3人で話をしていただろ」
ゾディアックはふぅと息を吐いてから言った。
「邪魔したら、悪いと思って。あと、魔術師に重い装備をオススメするのは違う。軽めの方が動きやすいからそっちの方がいい」
「馬鹿にしてんのかてめぇ!!」
ウェイグは拳をテーブルに叩きつけ立ち上がった。
「自分が実力者だからってなぁ、弱い連中のこと下に見てんじゃねぇよ!!」
ゾディアックは渋面になった。
自分の実力不足を、人のせいにしないで欲しかった。実力に見合ってない場所を攻略しようとしたら、こうなることは必然なのに。
しかし、指示が遅れた自分が悪いのも事実だ。
ゾディアックは席を立ち、ウェイグを見下ろす。
黒塗りの壁が突如現れたような錯覚に陥ったウェイグは、驚きの表情を浮かべた。
「な、なんだよ。やんのかてめぇ」
言葉には明らかな怯えが混じっていた。
これ以上の問答は無駄だと思ったゾディアックは、腰に装着していた小さな布の袋を取り、テーブルの上に置く。
「これで直せるだろ」
ゾディアックは早口で言った。
ウェイグが飛びつくように袋をふんだくり、口の紐を解いて中身を確認する。
「けっ。これで許せるかよ」
文句を言いながらも、顔はほくそ笑んでいた。なんとも醜い顔だった。
初めからこうやって金をせびるのが目的だったのかもしれないが、もはやどうでもよかった。
ゾディアックは踵を返し、テーブルから離れる。
「もう二度とセントラルに来んじゃねぇぞ、クソ野郎!」
「本当気持ち悪い。何考えてんだろうね、あいつ」
「もうよしましょう。剣を振るしか脳のない馬鹿なんですよ。アレは」
後方から侮蔑が入り混じった、嘲笑かと思われるほどの笑い声が聞こえてくる。周囲からも、失笑や呆れの色が混じる視線が注がれる。
なぜ、こんな風に言われなければならないのだろう。
ただ一緒に戦いたかっただけなのに。ただ仲間が、友達が欲しかっただけなのに。
お前は、ひとりで死ぬべきなんだよ。
夢の言葉が、頭の中で反芻した。
ゾディアックは兜の下で、悲し気な表情を浮かべながら、その場を後にした。
★★★
「まぁたイジメられとるんかー。あいつ」
2階のテーブル席からその様子を見ていたエミーリォ・カトレットは、白髪交じりの髪の毛をかき上げた。
真円型のサングラスをかけなおし、呆れたようなため息をつく。
「あの騎士、ゾディアックでしたか。本当に強いのですか?」
隣に座っていた男は、足を組み直した。
「ああ。あれでも”タンザナイト”のガーディアンじゃ。我がセントラルの……というより、この国の宝よ」
「宝ですか……あんな扱いされてますけど?」
「あいつは性格に難がある。いい薬になるわい」
「そうですか。嫌気がさして、出ていかなければいいですね」
ゾディアックの姿を見ながら男は言った。
「それはないのぉ。あの程度で、ゾディアックが逃げ出すわけがない」
「ほう。それはまたどうして」
「あいつは強い」
「それだけですか?」
「それだけじゃよ。お主にもいずれわかる。ゾディアック・ヴォルクスの、強さというものがの」
どこか自信に満ち溢れた様子で、エミーリォは力強く言い放った。その強さとやらを信じているかのように。
男は生返事をし、半信半疑の視線を、今まさに建物を出ようとする暗黒騎士の背中に向けた。
明るい太陽に照らされる。漆黒の姿。
まるで悪魔のようだ。男はそう思い、口元に笑みを浮かべた。
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