第193話「力蓄える初心と餌」
振り被って、ククリナイフを投げる。ほぼ真っ直ぐ飛ぶ刃物はラムネスライムの体に刺さり、その体を爆散させた。風の魔法をエンチャントしたナイフの威力は絶大だった。
「よし!」
フォックスはガッツポーズを取った後、スライムの粘液が散らばっている場所まで駆け寄り目的のアイテムを探す。ラムネスライムから出てくる特殊な粘液、ラムネゼリーが目当てだ。ようやくレアモンスターである敵を倒したためフォックスの顔は楽しげだった。
しかし、ゼリーがないことを確認すると、一瞬で顔を不快だと言うように歪めた。
「やっぱ落ちねぇか。全然本体出てこねぇし、粘液が出る確率も低いとかおかしいだろ」
「はぁ……」
愚痴を零したフォックスは口を閉じ、後ろを見る。
赤く光り輝く弓を抱きしめながら座っているビオレがいた。物憂げな表情を浮かべているのが微かに見える。
「おいビオレ~。元気出せよ~」
「無理だよ……よくフォックスは平気だね。昨日、あんな地獄を体験したのに」
「言うなよ昨日のことは!! いや、マジで。今思い出しても吐き気が襲って来るわ。匂い落ちてるよな?」
ビオレが顔をしかめて首を傾げた。
先日、セントラルで暴れた罰としてフォックスとビオレは、ベルクートとラズィと一緒に怪鳥の元へ向かった。
怪鳥の名はゲルルビトー。体長5メートルを超える巨大なモンスターでありながら、非常に穏やかな性格をしている。どちらかというと人間を好んでいるようにも見える。
目的はそのゲルルビトーが温めている卵を確保すること。これだけなら非常に簡単な任務のように思える。襲われる心配すらないからだ。
しかし、実際は地獄だった。
ゲルルビトーはすぐに友好関係を結ぼうと、好んだ生物に対しある行為をする。
それとは、”嘔吐”である。このモンスターは求愛行動でも同じことをするらしい。腹の中を全部ぶちまけて、自分はやましいモンスターじゃありませんと語っているらしいが、下品すぎる最低の行為であるため不快感がもの凄い。
おまけにゲルルビトーの見た目はお世辞にも可愛いともカッコいいとも言えない。顔が異常にでかい、目が4つあるハトのような顔。頭には巨大な茶色のコブ。
そう、見た目も行為も不潔そのものなのだ。
ビオレたちはその行為を無視しながら、時にかけられそうになりながら卵を持ち運んだ。
だが代償は大きかった。匂いまでは避けられない。サフィリア宝城都市に戻った時の兵士の不快感に満ち溢れた表情、馬車の乗車拒否、通行人は半径5メートル以内に近づいてこなかった。
セントラルに戻った時などいつもは優しいガーディアンも顔をしかめる始末。
「もう最低最悪……」
ビオレは泣きそうになった。女性にとって「臭い」というワードは禁句に近いものなのに。
「ま、まぁ悪いことばかりじゃなかったじゃん。報酬は高かったし、罰は無しになったし! それにあの卵、めっちゃ美味いんだろ? 師匠とパティシエがおいしく調理してくれるって!」
いつもと違い、気を使うフォックスの声色は優しかった。それでもため息は尽きなかった。
そこに緑髪の男が現れる。
「よぉ。何個集めた?」
「こっちは1個だけです~」
ベルクートとラズィが森の中から出て来た。
「……こっちはゼロかなぁ」
「マズいな。日が暮れる前に集めないと。ビオレ、切り替えていこうぜ」
「わかってるわよ」
フォックスに正論を言われると無性に腹が立った。ビオレは近くにいるスライムたちの気配を辿りながら弓を構えた。
★★★
「ゾディアックさん、しっかり測ってから材料は入れてください。慣れて来たと思って目分量で行うのが一番駄目です」
マルコの言葉がかかり、ゾディアックは量をしっかり測定する。
「1グラム多いので減らしてください」
「細かいんだな」
「当然です。お菓子はデリケートなのです。1グラムの違いだけで機嫌がよくもなり、悪くもなります。味が変わってしまうのは食を提供するクリエイターとしては致命的です」
「なるほど……勉強になる」
「それは何より。ただゾディアックさんはもっと早く材料を出せるように、というより、全体的に作業スピードを上げていきましょう。お店の中ではなく露店で提供する形になるとしたら早い方がいいと思うので。それに”早くて美味しい”という宣伝は、ありきたりですが効果的ですよ」
「その通りだ」
ゾディアックは再び作業に取り掛かった。ブッシュ・ド・ノエル自体は作り方を覚え始めていた。正直言って、見た目は派手だがやっていることは単純だった。
「当日ゾディアックさんだけで作業しろ、とか嫌がらせを言ってくる可能性はありますか?」
「ラルは、そこまで捻くれているようには見えない。俺よりも、マルコさんの方を見るかも」
「さん付けじゃなくて大丈夫ですよ。そうか、やっぱり異世界人だからでしょうか?」
「こっちの世界の生き物から見ると、結構謎の生命体だからね」
「UMAって感じですか。まさか自分自身が宇宙人のように見られるとは」
元の世界でも奇異の目で見られていたため慣れてはいるが、好ましい物ではない。
「ユーマ? 宇宙人?」
「こっちの世界でいうモンスターのようなものです」
そう答えるとマルコは棒付き雨を口に運ぶ。ふざけているわけではない。これも立派な研究の一つだ。
「さぁ素早くロールケーキが作れたらあとはデコレーションの勉強をしましょう」
今はとにかく時間がない。ゾディアック一人で人前に出せる物にするのは難しいかもしれないが、それでもやってもらうしかない。
キッチンの中で話しながら作業をする男たちを、ロゼは黙って応援し続けていた。
「美味しいの待ってますよ!」
ロゼの役目は味見役だ。ゾディアックは愛しい彼女に最高のデザートを出そうと、気合いを入れなおした。
そうして、あっという間にテスト前日となった。
★★★
アイエスの中は閑散としていた。その中で、バーカウンターに座ったレミィは水が入ったコップを持ち上げ、クルクルと回していた。中の液体が渦巻く。
ブランドンの店を隠れ家にしてから2日が経った。亜人街にいたころの友人と協力してヨシノの足取りを掴もうとしていたが、どうやら相手は北地区の宿泊施設から出ていないらしい。
「因縁の相手はこのまま来ないんじゃないか?」
カウンターの中にいたブランドンが酒瓶を見せながら尋ねた。レミィは頭を振った。
「それが望ましい。相手が諦めていることはないと思うけど、それならそれで、このままこの店で身を隠すよ」
「金取るぞ」
「昔のよしみで3日間くらい無料で泊めろよ」
「何でお前が上からなんだ」
レミィは白い歯を見せて水を飲み干した。その時後方の扉が開く音がした。
傍らに置いてある「嵐」を手に取ろうとして、やめた。気配が敵ではなかったからだ。
「レミィさん」
友人でもある亜人街のナンバー2、クロエが息を切らしてロゼの隣に座った。
「どうした。珍しく慌てて」
「ゾディアックってレミィさんのお気に入りでしたよね?」
「お気に入りというか、あ~、仲間、になるのかな。いや、仕事上の関係って奴か」
「少なくとも交友関係はありますよね。これ見てください」
クロエはアンバーシェルの画面を見せた。書いてあった文言を見て、レミィは目を開く。
「ラビット・パイに対して何か勝負するみたいです。噂だと何かを作るらしいのですが……最強のガーディアンがキャラバンに出る意味が何かあるのでしょうか」
「……異世界人」
「あ、はい。どうやらゾディアックは異世界の住人と組んでいるらしく」
となると、デザートを作るのだろうか。
「明日か。チラッと覗いてみるか」
「おい」
「大丈夫だよブランドン。もし戦闘になったらその時はその時だ」
ポケットから煙草を取り出し咥える。
「ヨシノはゾディアックと交友関係がある。このイベント内でゾディアックたちと関わる可能性も高い。それは嫌なんだ。餌にされるかもしれないなら、自分から出てやるよ」
「勝てるのか?」
「勝つさ。体は訛ってないから、平気だよ」
その時、あることに気づいたレミィは席を立った。
「レミィさん?」
「すぐ戻る。ある物を取りにいかねぇとな」
「ある物?」
レミィはフッと笑った。
「充電器さ」
そう言って煙草を吹かしながら、レミィは出口へと向かった。
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