第192話「反省と修行に絶叫添えて」
「というわけだ。わかったか?」
昼頃。セントラルに来たベルクートとラズィはいつもの席にて、ビオレとフォックスに対し事情を説明した。
だが正面に座っている2人は眉間に皺を寄せ、視線を反らしていた。話を聞いているのかどうかすら定かではない。
「……ああ、話は聞いてるよ。けどな、お前らも悪い」
ベルクートが走発言した瞬間、2人の鋭い視線が向けられた。
「だって本当ムカついたんだよ!! おかしいよあいつら! あの亜人の子、ボロボロだったのに自分たちは綺麗な身なりして報酬だけ受け取るとかさ!!」
「それも亜人の子、めっちゃ可愛い女の子なんだぜ!? あんなん地獄落ちて当然だっつうの! しかも周囲にわかるように馬鹿にするような発言してさ!!」
2人が同時に喋り出したため、半分くらいしか聞き取れなかったが大変怒っていることだけはわかった。ベルクートは頷きながら両手を向けなだめる。
前回の亜人が消えてしまった事件のおかげか知らないが、ガーディアンたちの亜人に対する目は変わりつつあった。少なくともつい最近まであった不当な扱いをするようなガーディアンの数は少なくなっていた。
だが昔から染みついている偏見の目はすぐなくなるものではない。まだ亜人を排他的に扱う者も当然いる。
話を聞いてみるとセントラルの職員や他のガーディアンたちもビオレとフォックスの味方をしていたらしいが、流石に武器を使うのはやりすぎだった。
2人の額は赤い。オーナーのエミーリォが額を平手で叩いたからだ。頬とかではないのかと疑問に思ったが、それは正直どうでもいい。
「とりあえずだ。お前らのやったことは正しい」
「だろ!?」
「だが!! 手放しで褒められる内容じゃない。ガーディアン同士の争いはご法度だ。お前らは亜人で、ガーディアンだろ? 亜人のガーディアンが同業者に手を出した、なんて街中で言いふらされたら、お前らの立場が危うい。いいか? 悪者を懲らしめるのは」
ベルクートは親指で自分を指差した。
「この俺に任せておけばいい。だから今度暴れる時は、先に俺を呼べ。そんなアホ共二度と立てない体にしてやっから。バレない方法で。だからな? 今日は反省しろよ」
ベルクートが2人の頭を撫でる。2人は唇を尖らせながらも頷いた。
可愛いガキンチョだな、と思いながら手を動かす。ゾディアックが命を懸けて守りたいと思う気持ちが、ベルクートは痛いほど理解した。
ラズィが手を叩く。
「さて。話を戻しましょうか。ベルクートさんのお店の話です~」
「あ、そうだ! で、そのブッシュなんたらを作ったらいいんでしょ? 材料とかは?」
「必要なもんはざっと買い漁った。それでマルコ先生をゾディアックの家に送り届けてこっちに来たって感じさ」
「……え? マスター、というか私たちの家?」
「ああ。今日と明日、明後日もか? ゾディアックはガーディアン稼業お休みだ。修行に入るからな」
「ふぅん。で? 俺らは何すんの?」
フォックスが肩肘をついて聞くと、ベルクートはある依頼書をテーブルに叩きつけた。
「決まってんだろ。任務だよ。ついでに材料も集めるのさ」
2人は身を乗り出し内容を確認する。「汚れた怪盗怪鳥を檻に入れろ! 入れてください! お願いします!!」という表題を見た瞬間、困惑した声を出した。
「なんでこんな任務を!?」
「いやだよ俺! この任務だって!! あれじゃん!!! あ、あれじゃん!!」
「私だっていやだよ!! これすっごい、もう、イヤ!! いや!!! やだ! やだもん!!」
「文句言うんじゃねぇい!! この任務で手に入る材料が必須なんだよ! それと反省の色も込めてやるんだよ! 誰もやりたがらない任務をやって信頼を回復させんだ!! 俺だってやりたくねぇよこんなもん!!」
「……やれやれですねぇ~」
言い争う3人を放置して、ラズィは飲み物の補充へ向かった。
4人が任務へ向かったのは、それから20分後だった。
★★★
「ブッシュ・ド・ノエルはロールケーキを主軸にデコレーションしていき、丸太のような見た目にしていくデザートです。丸太ということで地味なイメージがあるかもしれませんが、可愛らしい見た目が特徴でもあります。なので飾り付けの最後まで気を抜かずに行きましょう」
「わかった」
隣にいるゾディアックに対しそう告げると、マルコはさっそくロール生地の製作に取りかかる。片手で卵を軽く割る動作すら素早い。
事情を聞いたゾディアックは、最初マルコが作ればいいのではないかと思った。だがこれは「最強のガーディアンと異世界人が作る異色のデザート屋さん」という名目である。
つまりゾディアックもちゃんと作れる場面を見せつけなければ、ラルは納得しないかもしれない。
そのことを察知したゾディアックは、マルコに言われながら作業に取りかかった。
「ラルさんは時間制限の話はしていませんでした。人数も、材料も。とりあえず作って美味しければいいのかもしれません」
「けど、そうはならない可能性の方が高い。迅速に製作し、満足する物が提供できて初めて納得することができる……かな」
マルコはその通りだと返事をした。ゾディアックの察知の良さに感心してしまう。対して説明せずともこちらの意図がわかってくれている。
それは普段の会話だけでなく、デザート作成中にも出ていた。そう、ゾディアックの筋は悪くない。
ボウルの中に材料を入れていき、ココア色の生地が滑らかになっていく。力も体力もあるゾディアックのおかげですぐに混ざってしまう。
マルコはもっと早くなると思いアドバイスをしながら動きを精錬させていく。
それを見ていたロゼは、微笑みを浮かべる。
「ゾディアック様! マルコさん! 頑張ってください!」
可愛らしい女性の応援を受けた2人は楽し気な笑みを浮かべ、その言葉に応えた。
そこではたとゾディアックは気付いた。
「そういえば、材料はあるのに、4人はどこに?」
「えっとベルクートさんに聞いたんです。「使い物になる卵はありますか?」って」
「卵」
「はい。確かに市場で買えはするのですが……形は小さいですし、色も正直綺麗じゃないです。あまり餌の環境が良くないのかもしれません。どうせなら美味しく艶のある卵で勝負したいと相談したところ、なんでしったけ……怪盗? に会って来るとかなんとか」
ゾディアックの腕が止まり、顔が引きつる。
「ああ、あれか……」
「え? 何かマズい感じですか……?」
「いや、うんまぁ。危険度とかは皆無なんだけど……その、まぁ、色々と、その」
ゾディアックは乾いた笑い声をあげた。
「早く帰ってくるといいね、4人……」
「そうですね」
「あの、4人が戻ってきても、嫌な顔をしないで」
「は? はい」
「あと、叫ばないでね」
「……はぁ」
「あとゴミ袋持って行って。多分、初見だと、うん。きついから」
「…………は、はい」
マルコは首を傾げた。いったい何を心配しているのだろう、という当然の疑問が頭の中を渦巻く。
それから数時間後。4人が帰ってきたのでマルコは玄関で出迎えた。
瞬間。
「うぎゃああああああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁああああ!!」
マルコの絶叫が、閑静な西地区に響き渡った。
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