第191話「謎多き甘味、謎ばかりの世界」
木を作って欲しい。
意味不明な指令を下したラルは姿を消した。木とはなんだとベルクートが聞いても、相手は薄ら笑いを浮かべただけだった。
作れるものなら作ってみろ、そう言っているようであった。
「なんなんだよ。なんかのジョークとか比喩か? まさかマジで木を材料に作るのか? 樹液とか採取する感じか? なぁ」
隣に立つマルコに声を投げる。マルコは腕を組んで首から上を動かしていた。
「聞いてる?」
「うん……まぁ、行けそうだな。こっちの世界で足りない材料があったら……」
「マルコさーん?」
「え? ああ! すいません! いや、どうやって作ろうかなというか、材料はあるのかなぁって考えてて」
ベルクートは目をひん剝いた。
「材料って……何作るかもうわかっているのか!?」
「はい。私のいる世界でもそう言われることがありました。日本で作った時は、子供たちが楽しそうに「木だ木だ」って喜んでくれたなぁ」
「マジかよ」
詳しい話を聞こうとしたベルクートだったが、自分たちが通行の邪魔になっていることに気付いた。マルコの後ろにいたガーディアンが眉をひそめているのに気づく。おまけに周囲の視線もマルコに注がれていた。魔力を持たない異世界人は嫌でも目立つ。
ベルクートは自分の露店内で話そうと思い、言葉を止めてマルコを手招きする。首を傾げつつもマルコはついていく。
「とりあえず店開きながら話聞くわ。で、先生。そのデザートの名前はなんなんだ?」
「はい。恐らくですが「ブッシュ・ド・ノエル」だと思います。”ビュッシュ”の方が伝わるかな、向こうでは」
向こうとは恐らく日本とかいう場所のことを指しているのだろう。ベルクートは鼻を鳴らした。
「どういう意味だ?」
「”クリスマスの木”って意味です。ブッシュが丸太、ノエルがクリスマスという意味を持ってます。なので、その名の通り「木」のイメージが強いケーキとなっております」
「丸太か。なるほど。”くりすます”ってのは聞いたことがねぇけど、元からこの世界にあるデザートは異世界から来た物も多い。恐らく先生の予想通りだろうな」
ベルクートが商品棚の布を外す。何も乗っていない棚を通行人に見せつけ、椅子に深く腰掛ける。何も売る気が無いのを不思議に思っていると、ベルクートが鼻で笑った。
「椅子余っているから座ってくれよ」
返事をして座ると、ベルクートはポケットからある物を取り出した。その形に見覚えがあったマルコは声を上げる。
「スマートフォンじゃないですか!」
「スマートフォン? え、なに、すまん。なんだそりゃ」
「なんだって……それ完全にスマホじゃ」
マルコの視線の先には、ベルクートが持っていたアンバーシェルがあった。
「アンバーシェルのことか? これ、そっちの世界にもあるのか?」
見せつけるように掲げるとマルコは頷きを返した。
「なるほどなぁ。俺らの世界と先生の世界は共通している部分が多そうだ。けどそっちのとは明らかに違う物だよ」
「機能的には通話機能とか、ネットで検索機能とかできるんじゃないですか?」
「ネットっていうのはわからんが、確かにそれらの機能はあるな」
「……それなら、私も」
「使えないよ。言ったろ。明らかに違うって」
ベルクートは下投げでアンバーシェルを投げた。放物線を描いて飛んでくるそれをマルコは掴み画面を見る。真っ暗だった。ベルクートの手中にあった時は確かに画面がついていたはずなのに。ボタンらしきものはあるが、押しても反応はなかった。
「それは魔力を察知して動き出すのさ。魔力を持っていない先生じゃ機能しない」
「ゔぇーな?」
「魔力だ。魔法を使うのに使う、こっちの世界だと全生物が持っているものさ。血液と一緒の役割を担っているんだ。体中に巡っているそいつを使って、俺らは魔法を使う。こんな風に」
ベルクートが手の平を上に向けると、緑色の炎がうねるように生み出された。
立ち昇る炎を見てマルコは驚きの声を上げた。マッチを使っていたりマジックの類でないことはよく理解できた。超能力を題材にした映画を思い出したマルコは胸がすく思いだった。
「で、そいつを使いたいのか?」
ベルクートは拳を作って火を消す。察しがいい相手に心の中で感謝しつつ頷きを返す。
「材料などは家庭にある余り物……失礼、材料で作ることができます」
「なるほど。なら簡単だな」
「いえ。ラルさん、でしたっけ? 彼が言っている”木”が”ブッシュ・ド・ノエル”なのか確信がないです。スマホ、じゃなかった、アンバーシェルでまずはそのワードを調べて欲しいのです」
そう依頼しながらマルコはアンバーシェルを差し出す。ベルクートは頷き、画面を叩き検索を始める。
「ブッシュドノエル……駄目か。ビュッシュなら……」
検索結果は極少数しかでなかった。しかもワードの一部しか読み取ってくれず、よくわからない髭面薄ら禿げの音楽家の顔写真くらいしか出てこなかった。
「感動的な詩を書く音楽家じゃないよな?」
「明らかに違いますね。美味しそうな見た目をしているなら話は別ですが」
「ああ~……デザートってよりは肉料理だな。こりゃ」
「じゃあ違いますね。そうなると材料などは手探りか」
「大丈夫なのか? 材料もだけど作り方とか」
「それはすでに頭の中に入ってます。作り方は大丈夫なのですが、材料が問題です。こっちの世界にある物を完全に把握しているわけではないので」
「ふぅん。ならさ」
「私たちが手伝いますよ~」
マルコとベルクートが同時に声を上げた。いつの間にか、露店の中に魔術師の恰好をしたラズィが立っていた。
とんがり帽子を取り出し、ふわりとした桃色の髪を揺れ動かしながらラズィは舌を出した。
「お邪魔してます~」
眼帯姿の彼女の笑顔は非常に綺麗だった。マルコが見惚れているとベルクートは鼻の下をこすった。
「ビックリしたぁ。何してんのラズィちゃん」
「それはこっちのセリフですよぉ~。しっかり商売しましょうよベルクートさん~」
「しっかり商売するように準備中なの! で、そっちは? 今日任務行く予定だったんだろ」
深い深いため息がラズィの口から零れた。
「な、なんだよ。どうした」
「ビオレとフォックスがセントラルで大喧嘩しちゃって~。止めはしたんですが無理で~。ベルクートさん呼びに来ました~」
「またあのガキ共……2人で喧嘩か?」
「いえ~。別のガーディアンと。他のパーティにいた亜人の子が、報酬をぶんどられていたんですよ~。それを見た2人が激昂しちゃって~。弓撃つわフォックス君はドロップキックするわ。周りの人たちは賭けまでし始めて」
「馬鹿かよ。まぁビオレとフォックスはよくやったな。そういうクズは殴っていいよ」
ケラケラと笑っていると、ラズィがベルクートのアンバーシェルを覗き込む。
「何調べているんですか~?」
「ブッシュ・ド・ノエル」
「はぁ~? なんですかぁ、それ~」
肩に両手を置いてベルクートの横顔を見つめた。
「デザートさ。こいつを作ってラルの舌を満足させることができれば店が出せる。頼むぜ先生。金なら払う!」
「なんか悪い人みたいですよ~、ベル~」
「いえいえ! 自分もやりたいことなので、むしろ感謝してます。ただ、私だけじゃできません。なので、その、ガーディアンである皆様の力を借りたいのですが」
「おう、いいぜ。何でも言ってくれ」
「まず私と一緒に材料集めを手伝ってください。それが終わったら……ゾディアックさんを貸してください」
マルコは真剣な眼差しを向けた。
「ゾディアックさんと一緒に作らなければ、駄目なので
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