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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
193/264

第188話「幸福成功永遠に続かず」

「なぜ日本なんだ?」


 自室で身支度を整えているマルコの背中に、彼の父が声をかけた。

 肩越しにそちらを見ると、腕を組んで壁に寄りかかっている。目元に皺を寄せ、随分と不服そうだ。

 マルコは視線を切ってトランクに資料を入れていく。


「以前から話していただろ? 大きなったら日本でパティシエとして働くって」

「パティシエの部分は聞いていたが、国のことは聞いてなかったぞ」

「そうだっけ」

「合点したよ。それで日本語の勉強をずっと行っていたんだな」

 

 父親のため息が背中にかかる。


「考え直した方がいいんじゃないか? マルコ。洋菓子の本場でもある、フランスの料理専門学校の招待状を破ってまで行く価値があるのか」


 一瞬手が止まる。確かに勿体無いという思いはある。心惹かれてしまうことも確かだ。

 だがその思いを振りきれるほどの魅力が、あの国にはある。


「俺に夢を与えてくれた人がいるんだ。パティシエっていう道を示してくれた人が」


 懐かしむように顔を上げる。


「その人が店を開くんだ。俺に一緒に働かないかって誘いも来ているんだよ。その人の右腕として働けるんだ」


 マルコは視線を父に向けた。


「フランスよりも魅力と価値があると、俺は思っているよ」

「……そうか」


 父は壁から身を起こし部屋から出ていこうとする。

 扉を開け、体が廊下へ出る。


「マルコ」

「ん?」

「頑張れよ。いつだって帰ってきていいからな」

「……ああ!」


 元気よく返事をすると、父の横顔が目に入った。父の口許には確かに笑みが浮かんでいた。

 それから日本へ行き、マルコは恩師である(たちばな)と再開した。七三分けのツーブロックが特徴的な、30代の男性だ。ただ、17歳のマルコと並んで立つ20代前半くらいにしか見えないほど若々しい。


 橘とはジュニアスクールの語学留学の際に訪れたホームステイ先で出会った。橘は昔からパティシエを目指していた。甘い物が大好きだった当時のマルコは、初めて”職人”という者に出会い、気分が高揚した。

 ひたむきに努力し、真っ直ぐデザートを作り続け人々を笑顔にする男の姿は、マルコにとって”夢”そのものだった。


「よく覗きに来ているね、君は」


 キッチンの物陰から観察していた時、突然声をかけられたことがある。マルコは初めて声をかけられたということもあり、混乱してその場から逃げ出そうとした。


「見ているだけじゃつまらないだろ。どうだ、飾りつけを手伝ってくれ。できあがったら一緒に食べよう」


 少年のような無垢な笑顔でケーキ作りに誘ってくれた。恐怖よりも好奇心が勝り、マルコは作業を手伝った。

 ただクリームを塗り果物を乗せるだけ。材料を一緒にかき混ぜるだけ。子供だって簡単にできるような作業だった。

 ただそれが、マルコにとっては心を突き動かす物でもあった。

 特に作り終わったあと橘がそれを食べて、美味しそうに頬を上げるその表情が好きだった。


 自分の作ったデザートで人を喜ばせたい。その思いを告げると、橘は連絡先を交換しようと言ってくれた。

 そして大人になるまで、今の今まで、ずっと連絡を取り合っていた。

 だから再び面と向かって再開した時、マルコは感極まって泣いてしまった。そんな彼を、橘は快く出迎えた。


「これで俺の店は完成だ」

「え?」

「マルコっていう、最高のパティシエが来てくれたからな!」


 マルコは当時、ワールド・ペストリー・チャンピオンシップにて優勝した経験があるほどのパティシエだった。

 だから自分の腕がこの人のために役立つなら、それはとても幸福なことだと思った。




★★★




 橘の店はレストランだった。業績は、最初芳しくはなかった。従業員もマルコを入れてわずか7名。ホールも2人で切り盛りしなければいけないほど人材は不足していた。

 料理やデザートは美味しいという評価を貰っていたが、客足は伸びず初年度から赤字経営が続いていた。

 ただ普通に営業しているだけでは口コミが広がらず宣伝効果も薄い。切迫した橘は日本で行われている男女ペアで出場できる洋菓子技術コンテスト大会に、マルコと従業員だった女性を送り出した。

 小さな大会ではあったが記者もいるためそれなりの宣伝効果は望めはしそうだった。だが問題だったのは、ペアである女性にデザート作成の経験はなかったこと。


「無理じゃないですか? あと3ヵ月もないんですよ」

「かもしれないが、ここで優勝できたら箔が付く。頼む、マルコ。本場の大会で優勝したお前の腕をこの国でも振るってくれ」


 そう言って橘は頭を下げた。恩師にここまでされて無視するほど、性根は腐っていない。

 マルコは女性と共に、必死に教えながら大会へ向けての準備を行った。

 幸運だったのは女性は筋がよかったことだった。独創性という物がなく一から新しい何かを作ると言うセンスは欠片もなかったが、元からあるものの真似事や作り方のトレースは素晴らしかった。


 その強みを生かして、マルコのペアは大会に出場し優勝をもぎ取った。


「フランスの王者が日本でも猛威を振るった」


 という記者が作ったワードはたちまち広がり、小さな大会で優勝しただけだと言うのに、マルコが所属している店の名は一気に全国に轟いた。

 最高のパティシエが振るうデザート、という宣伝文句は異常な効果を発揮し、店の業績はうなぎ登りになった。連日のように客足が増え、店が大きくなり、従業員も増え、テレビやグルメ雑誌のレポーターが取材に来るほど成長し続けた。

 わずか開店して1年と半年で、日本に住んでいる者で橘の店の名を知らない者はいない、とまで言われるほど成長していた。


 橘は喜びを露にした。業績が伸びるたびに、マルコが活躍するたびに。

 マルコが取材を受け、テレビに露出し、雑誌に顔が乗り料理の本を出せば出すほど、橘の喜びは大きくなった。


 そうして生活にも困らなくなったころ、マルコは大会でペアを組んでくれた女性と交際を始めた。

 まさに順風満帆といった人生を歩み続けていた。


 そういった幸福が続いたせいだろうか。

 父親が死んだのは、それから2年後のことだった。

 今思えば、それがすべての不幸の始まりだったのかもしれない。

お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします。


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