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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
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第184話「生の活路は甘味と心」

 西地区に着いたレミィは、ゾディアックの家へと向かうベルクートとラズィの後ろ姿を捉えた。


「ベルクート、ラズィ」

「お、レミィちゃん」

「おはようございます~」


 ベルクートはレミィが持っている紙袋に視線を向けた。


「翻訳機はそん中か?」

「ああ。これでマルコの言葉が理解できる。昨日の事情も分かるだろう」

「申し訳ございません~、私たちの依頼だったのに」


 ラズィが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや、いいんだ。目的の物は手に入ったからな」

「なぁレミィちゃん。ひとつ聞いていいか?」

「なんだ?」

「マルコって奴と似てるって言ったけど、どういうこった?」


 レミィは口を噤んだ。喋ることも考えたが、ヨシノがこの国にいる今、おいそれと話すわけにはいかなかった。ベルクートを疑っているわけではないが、街中で噂になればヨシノが嗅ぎ付けてくるのは時間の問題になる。

 黙っているその姿を見てベルクートは肩をすくめた。


「わりぃ。言いたくない過去だってあるよな」

「いいんだ。どう考えても喋ることができない私が悪い。そうだな、もうしばらくしたら話すよ」


 それ以降3人は特に会話をせずゾディアックの家にたどり着いた。

 家の前に着くと見計らったように扉が開かれる。中から漆黒のドレスのような服を身に纏う金髪の美少女が姿を見せると、3人に頭を下げた。




★★★




 リビングのソファに座っているマルコにレミィが翻訳機を手渡す。コの字を描くソファにはフォックスとビオレが座っている。


「ネックレスみたいに、こう、首に巻いて」


 ジェスチャーを交えながら伝え、装備し終えると、マルコは声を出し始めた。


「どうだ?」

「えっ……と、どうでしょうか」


 マルコは不安そうな瞳をレミィに向けた。


「ああ、聞こえるよ。また会話できるようになったな」

「はい、レミィさん」


 ほっとしたようなマルコの声が上がると、ベルクートとラズィが感心したような声を出した。

 試作機で聞いた時よりも音声がクリアになっており、より聞こえやすくなっていた。少なくともノイズ混じりの機械音声ではない。


「お、前より聞こえるようになってんじゃん」


 フォックスが嬉しそうに言うと、マルコは驚きの表情でフォックスを見た。


「な、なんだよ」

「その……やっぱり、着ぐるみではないのですね」

「はぁ!!? 馬鹿にすんじゃねぇ! 俺はれっきとした亜人だっつうの!」

異世界人(ビヨンド)がいた場所には亜人がいなかったんだろ」


 ベルクートがケラケラと笑うと、マルコは慌てて頭を下げた。


「す、すいません。怒らせるつもりはなかったんです」


 フォックスは怒りの感情をぶつけられる対象がいなくなり、鼻を鳴らして視線を切った。レミィがため息をつく。


「気にしないでくれ。あなたにとっては初めて見る物が多いだろうし」

「すいません……」


 レミィに頭を下げながら視線を動かしたマルコは、ゾディアックとロゼの姿を捉えると深々と頭を下げた。


「先日はありがとうございます。寝床までお借りしてしまい」

「ああ、気にしないでください! 元気になったようで、何よりです」


 答えが来ると安堵したようにマルコは胸を撫で下ろし、周囲に目を向けた。


「色々と見苦しいところもお見せしてしまい。助けに来てくれたあなた方にも失礼な態度を」

「気にすんなよ。突然美人に刃物で斬りかかられたらあんな風になるわ」

「それも嵐の夜ですものね~。しょうがないですよ~」


 ベルクートとラズィがフォローしたところでレミィが喉を鳴らす。


「マルコさん。突然だが聞きたいことがある。まず、どうしてあなたは病室から抜け出したんだ?」


 真剣な表情で聞くと、マルコは思い悩むような顔をした。数秒の沈黙が流れると、マルコの唇が開く。


「逃げ、たかったんです」

「逃げる?」

「ここは、私のいる世界とは違いますよね。まだ信じられませんが」

「ああ」

「……私は日本という国から来ました。聞いたことはありますか?」


 全員が顔を見合わせ、頭を振った。


「イタリアとかも?」

「聞いたことがあるような無いような? 少なくとも、オーディファル大陸にはないと思う」


 ビオレが言うとマルコの顔に影が差す。


「オーディファル大陸、ですか。そんな大陸名も、私の世界にはなかった。あなた達のように鎧を着て、武器をつかったり、手から炎を出す人も獣の人もいませんでした。歴史の中には鎧姿の剣士とか登場しますけどね」

「自分のいた世界にはない物が多くて、怖くなって逃げた、ということか」

 

 マルコは乾いた笑い声を上げると頭を振った。


「違うんです。ただ、死のうと思ってたんです」

「え?」

「仕事が嫌で嫌で。しかもプライベートでも問題があって。なんというか、生きるのが辛くなって……。生きる理由とか探していたらいつの間にか線路に飛び込んでいて。電車に跳ねられた感覚があったのに……なんでこんな……」


 最後の方は言葉が震えていた。胸元に手を持っていき、服を握りしめた。


「異世界、に来てしまうなんて微塵も想像してなかった。正直今でも混乱してます。なんでこんな世界に」

「それは……ここに来た理由は、まだあなたが死ぬべきではないからじゃないのか?」

「そんなこと言われても、困りますよ。こっちの世界だって生きづらそうだ。だから嵐の日に抜け出したんです。死ぬために」


 マルコは口を閉じた。自分の思いを全て吐き出したようだった。

 全員が自然と視線を右往左往させる。自殺志願者であるマルコの心情吐露に言葉を失うしかなかった。

 何と言えばいいのか。マルコの前にいるレミィは必死に考えを巡らせていた。しかし、適切な言葉が出てこない。

 そんな2人を見ながらベルクートが小声でラズィに話しかけた。


「気まずいな」

「こっちは心理カウンセラーじゃありませんからねぇ~」


 重苦しい沈黙が流れていた。その時だ。空気を切り裂くように、フォックスが「あのよぉ」とマルコを見た。


「ひとつ、すっげぇ気になることがあってよ、あんたに聞きたいことがあるんだ」

「は、はい。なんでしょうか」

「あの、パティシエだけ? それなんなの?」


 能天気な声での質問だった。マルコは困惑したように口を開く。


「えっと、料理人の一種、です」

「へぇ~。料理人」

「私のいる世界では、お菓子を作る人のことをそう言うんだ」


 その瞬間、全員がマルコの方に顔を向けた。


「「「「「「「お菓子……」」」」」」」


 突然何重にも重なった声を聞いてマルコの肩が上がる。困惑した瞳を左右に動かす。


「あ、あの、何か変なことを」


 最初に声を上げたのはベルクートだった。


「いやいや! ちげぇんだ! 感心したのさ。菓子作りの職人ってことに」


 両腕を組んでうんうんと頷く。ラズィがそれを横目で見る。


「なるほどねぇ~。大将。こりゃもう運命だぜ?」

「運命?」


 ゾディアックの顔に疑問符が浮かぶ。


「大将も菓子作りをしている。俺は新しい商品として菓子やデザートを売りたい。けど大将は腕やら何やらに問題があるだろうと言う」

「……おい、まさか」

「だったらよ、このマルコさんに一肌脱いでもらうのはどうよ」


 ベルクートは名案だと言うように、手をパンと叩きマルコを見た。

 瞬間、ラズィの拳がベルクートの脇腹に叩き込まれた。


「いったぁ!!」

「アホなんですか~? バカなんですか~? 今そんなこと言ってる場合じゃないでしょベルクートおじさん~」

「ち、違う違う。ちゃんと理由があるの。死にたいと思う相手に、新しい生きる希望を与えようと思ってだな」

「聞こえはいいですが、単純に自分の商売に利用したいだけじゃないですか~」


 ベルクートは顔を逸らした。

 ゾディアックがため息を吐いてマルコを見る。不快に思ってなければいいがという一抹の不安を抱えながら。

 しかし、そんなことはなかった。マルコはじっと、ゾディアックを見つめていた。


「あなたも、菓子作りをするのですか? あんな鎧姿だったのに。あとその、格闘家みたいな体つきをしているのに」

「か、格闘家」


 ゾディアックがうろたえるとロゼがクスリと笑う。フォックスの「師匠絶対喧嘩強いよな」という声が耳に飛び込んでくる。

 興味を示してきたことには困惑したが、空気が変わっているのは確かだった。明らかにマルコの暗い雰囲気が薄くなっている。

 このまま無下に断るのは簡単だが、とりあえず趣味程度の物だと告げた方がよさそうだとゾディアックは判断した。


「いや、あの。確かにお菓子は作るけど」

「じゃあよ、大将! 実践しようぜ!!」

「はぁ!?」


 ベルクートが肩を掴むとゾディアックを引っ張る。2人はマルコに背を向ける形になる。

 2人は顔を近づけて小声で話し始める。


「何言いだすんだよ、ベル」

「いいから。冷静に考えてみろ大将。ここで無下に断ったら(やっこ)さんまた自殺を図るかもしれねぇぞ。ただ、今は明らかに大将に興味を示している」

「……だから?」

「大将の菓子が人を救うかもしれねぇんだ! ここは一肌脱ごうじゃねぇか」

「お前……あわよくば自分の店とかで使えるかもとか思っているんじゃ」


 ベルクートは視線を切った。


「おい」

「やってくれるってさ!!」


 ベルクートがマルコに向けてそう言った。

 ゾディアックは肩を落としたが、ロゼの嬉しそうな悲鳴と囃し立てるようなフォックスの口笛が耳に入ってきた。

 どうやらやるしかないらしい。


 確かにベルクートの言うことにも一理あるなと、無理やり自分を納得させたゾディアックは、ゆっくりとキッチンへ向かった。

 マルコは大男の背中を黙って見つめていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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