第183話「安眠超えて再び懐疑」
異世界人であるマルコに、言葉は通じていない。恐らくロゼが何と言って誘ったのか、毛ほども理解していないだろう。
「はい、どうぞ、マルコさん」
ロゼはコーヒーを入れたマグカップをマルコの前に差し出す。椅子に座っていたマルコは湯気が立ち上るそれを一瞥し、ロゼに対し頭を下げる。
「甘い物、食べますか? 糖分は頭を働かせるって、この前ヴィレオンでやってたので」
ニコニコとした人懐っこい笑みを浮かべながら、ロゼはダイニングテーブルの上にお菓子を乗せた皿を置いていく。目が点になっていたマルコだが、少しだけ警戒心が薄れたのか、口許に笑みを蓄える。
「×××」
相変わらず何を言っているかわからなかったが、動作と表情から感謝を述べられたことを、ロゼは感じ取った。
「最初から打ち解けた感じか?」
「……いや。さっきまで、布団の中で怯えていた」
「ああ。まぁ、そりゃそうだろうよ」
ゾディアックとベルクートが、二人を見ながら言葉を交わす。
「あの黒髪女はやっぱりマルコを狙ってんのかね?」
「その可能性もあるが、そうじゃないかもしれない」
レミィが口を挟んだ。
「どういう意味だよ、レミィちゃん」
「ビオレが言うには、相手の視線や言葉が自分に向けられてた感じがしたらしい。それが本当にビオレに対してなのかはさておいて、狙いがマルコだけではない可能性がでてきた」
「……つまりマルコを囮にして、俺らのうち誰かを釣ったってこと?」
「まぁ、私だろうけどな」
そう言ってレミィはマルコに近づき話しかけた。マルコの警戒心がより薄れた気がした。
こちらの世界に来てから献身的な態度で接してきたおかげか、レミィは彼にとって安心する存在となっているらしい。
一方、黙っていたラズィはソファに座るビオレの隣に腰を下ろした。
「自分に言葉が向けられた感じ、ですか~?」
「うん。気のせい、かもしれないけど。なんか変な気配というか」
「ん~……殺意とかではなく~?」
「そういう負の感情じゃない、です」
ビオレは頭を振った。
「なんというか、懐かしむ、感じ?」
「懐かしいねぇ」
ラズィがボソッと零した。相手の狙いが一体何なのかは謎だが、少なくともレミィとビオレ、そして。
「ゾディアックさんも~、気を付けないといけませんねぇ~」
「何で俺が」
「最強のガーディアンなんていう肩書持っているんですから~。腕試しをしに来る人も多いんじゃないですか~?」
そう言ってラズィは立ち上がり、ゾディアックに顔を近づける。
「トムみたいな連中がきている可能性だってあるわけだしさ」
「……」
「能天気な顔をしている場合じゃないわよ。何が起きるかわからないんだから」
吐き捨てるように早口でそう告げると、ラズィはソファに座った。すぐに笑みを浮かべてビオレと話し始めている。
そんな能天気な顔をしているか、と思っていると、背後からロゼの慌てる声が聞こえた。
「大丈夫ですか? マルコさん」
見ると、マルコの頭が下がっていた。瞳を閉じ、舟を漕いでいる。
「寝ちゃっ、てる?」
「安心したのか一気に眠気が来たんだろう。とりあえず、ここからどかして……」
「あ、じゃあ2階で寝かしつけちゃいましょう」
「……よろしいのですか?」
レミィが敬語でロゼに問う。
「はい? 何がでしょうか」
「お部屋を使ってしまうことになってしまいます。ご迷惑なのでは……」
「いえいえ~! 元々二人暮らしなのに広い家買っちゃったので、部屋だけは余っているんですよ~。ゾディアック様が「とりあえず大きな家!」ってことにしたのが幸いしてますね」
「なるほど。では、そうですね。ゾディアックさんもいますし、セキュリティ的にも問題なさそうですね」
「私もいるよ!」
「俺もいるんだけど!!」
ビオレとフォックスが勢い良く手を挙げる。ロゼが口許に手を当てて微笑む。
「優秀なガーディアンさんがたくさんいるので、ご安心ください」
「……承知いたしました。あの、明日朝早くにお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい! お待ちしております」
ロゼとレミィは互いに頭を下げた。
「ゾディアック様、マルコさん上に運ぶの手伝ってください」
「わかった」
そう言ってゾディアックはマルコを担ぐ。彼にとって細身の男を運ぶことなど造作もない。
部屋から出ていく3人を見て、レミィは安堵のため息を吐く。
「随分と肩入れすんだな、あの異世界人に」
レミィの視線がベルクートに向けられる。両手を頭の後ろで組んでいる男の顔には疑問符が浮かんでいる。
「何か文句でもあるのか?」
「いや。ただ、何でかなぁっていう純粋な疑問よ。誰かに似ているとか?」
「……似ているな。ただ、外見じゃない」
レミィが目を細める。
「……昔の、私に似ているからだ」
それ以上、レミィは口を開かなかった。ただ黙って、刀を握りしめていた。
★★★
「とりあえず、翻訳機はこれで完成だ」
ウェイグが作業台に機械を置く。機器が剥き出しの不格好だった機械の姿はなく、一見するとチョーカーのようなアクセサリーに見える。
「本当はヘッドホンタイプにするつもりだったが、イヤーパッドのせいで正常に読み取れなかった。だから集音器を付けて口にも近い、首元に巻くタイプにした」
ウェイグはチョーカーを手に取ると、内側にあったボタンを押す。
「空気中の魔力を変換して異世界人……いや、”人型の耳”に届ける。人間の耳の位置を予測して届けるって感じだ」
「亜人には使えない、というわけか」
「ああ。あくまで集音だけだ。発言した時はまた魔法が発動して亜人だろうが何だろうが、異世界人が何言ってるかくらいはわかるようになる」
「精度は」
「適度な調整が必要だな。何分初めてだからよ」
「永遠に使えるのか?」
「3日に1回充填が必要だな。魔力の。誰かの力を借りる必要性がある」
「空気中の魔力を変換させて取れるようにすることは」
ウェイグがハッと笑って頭を振った。
「そんなことしたらすぐに過剰高熱しちまう。容量分だけ一気に吸い取るなんて芸当はできない。もしそのシステムができたとしたら、俺は億万長者になれるな。魔力切れを起こす心配もなくなるんだから」
「……そうだな。すまない。変なことを言った。代金はここに置いておく」
作業台にレミィは大金を置く。ウェイグが札束と小銭を数えてチョーカーを手渡す。
「なぁ、ひとつ聞いていいか」
「なんだ」
「異国の服を着ていた連中はあんたの仲間か?」
チョーカーを握る手に、一瞬力が込められる。
「……違う」
絞り出すように答えると、ウェイグはチョーカーから手を離した。それ以降会話はなく、レミィは店を出て行った。
しっかりとそれを見送ると、ウェイグはポケットからアンバーシェルを取り出した。
「ああ。今出たよ……わかってる。またここに来たらすぐに報告する。だからこっちに迷惑かけんなよ」
耳元に画面を当てながら、ウェイグは不満そうな口調でしばらく会話を続けた。
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