第181話「素顔驚嘆嫉妬心」
雷が鳴き声を上げた。
「きゃあ!!」
世界が白くなったと同時に鳴り響いた轟音にビオレが悲鳴を上げる。森も恐れるように木々を激しく揺らし始めた。
突風に雷雨という悪天候に見舞われたこの場所に、長く留まるのは危険だった。
「なぁ、一回戻らねぇ!? なんか天気っていうか、空気がやばいっつうかさぁ」
フォックスが大声で言った。すぐ近くにいるというのに雨音と風のせいで声が聞こえづらくなっていた。
ゾディアックは頷きを返し、マルコとレミィに近づく。
「雷が落ちてきても不思議じゃない。転移魔法で飛ぼう」
「どこに行くつもりだ。病院か」
「いや」
ゾディアックは頭を振った。
「俺の家に行こう。あの女性が待ち伏せしているとも限らないから」
「わかった。マルコは私が――」
言いながらマルコの腕を掴もうとした時だった。
「※※※!!!!」
悲鳴のような声がマルコから上がり、レミィの伸ばした手を振り払った。そのまま腕を振り回し続け、後退りする。天候のことなど気にも留めず、ゾディアックたちから距離を取ろうとしていた。
「※※!! ※※※!!!」
ずっと叫び続けている。何を言っているのかは理解できない。ただ目を見ればわかる。茶色の瞳に、明らかな”怯え”の色が混ざっていた。
レミィは振り払われた手の甲を押さえ、何も言えなくなった。
ゾディアックはレミィと入れ替わるようにマルコに近づく。
「俺らは敵じゃない。信じてくれ」
警戒心を解くように呟きながら、ゾディアックは手を伸ばし、マルコを担ぎ上げた。
マルコは叫び声を上げた。漆黒の鎧が、悪魔の姿にしか見えなかったからだ。その裏に優しい本心が隠れていることなど察知できるはずもなく、マルコは転移魔法が発動するまで暴れ続けた。
鎧に魔力を持たない人間の拳が当たる。雨水が当たるのと大差ないと、ゾディアックは感じた。
★★★
転移魔法で西地区の自宅前まで移動したゾディアックは家の扉に手を伸ばす。
「私はいったん自分の家に戻りますね~」
ラズィがゾディアックの背中に声をかけた。
「なぜ?」
「なぜって。こんなずぶ濡れで、しかも大人数で押し寄せたらロゼさん大変でしょう~? 私の家すぐ近くですし~ベルさんと一緒に後から行きますよ~」
ラズィはすでに西地区に新居を構えている。ゾディアックの家から歩いて5分もかからない近所だ。
ゾディアックは頷きを返しレミィを見る。
「レミィはこっちでいいか。ラズィの方は、一人行くのが限界だろう」
「まだ引っ越し作業終わってませんしね~」
「……わかった。マルコと一緒に行こう」
レミィの視線が担がれているマルコに注がれる。転移魔法の影響で魔力を感じ取ったせいかぐったりとしていた。魔力が体内にない異世界人にとっては毒素を感じ取っているようなものだ。気分が悪くなりグロッキーになるのも無理はない。
「また後で」
「りょーかい、大将。なんかあったらすぐ行くからな」
ラズィとベルクートに別れの言葉を投げ今度こそ扉を開ける。外とは違う、暖かな空気と淡い照明がゾディアックたちを照らす。
「皆様おかえりなさ――」
顔に花を咲かせたロゼがリビングに姿を現し、すぐに表情を正した。レミィとマルコの姿を捉えたからだ。
「……え、えっと? ゾディアック、この女性は、その」
「……同居人です」
レミィは信じられない物を見るような視線でロゼを見る。
ロゼもまた、レミィを訝しげに見つめていた。
★★★
「あの、新しいタオル持ってきました。どうぞ」
リビングにて、ロゼがおずおずとタオルをレミィに差し出す。足元と体中の水滴を軽く拭いていたレミィは苦笑いを浮かべてタオルを受け取る。
「どうも。ロゼさん、でしたか?」
「はい、そうです。えっと申し訳ございません。お名前を聞いても?」
「レミィ・カトレットと申します。普段はセントラルで受付を行っております」
レミィは人当たりのいい笑みを浮かべる。その顔と声に、ロゼは違和感を覚えた。どこかで聞いたことのあるような声だったからだ。どこで聞いたのかは思い出せないが。
「大変申し訳ございません。こんな夜更けに、それもこんな状態で押しかけてしまって」
頭を下げた相手に対し頭を横に振る。
「いえいえ! 全然構いませんよ! どうぞ座っていてください」
「いえ。ずぶ濡れなので、汚してしまいます。このままで大丈夫ですから」
そう言ってレミィは、部屋の隅に立って髪の毛を拭き始めた。
沈黙が流れるとゾディアックとフォックスが姿を見せる。二人ともラフな格好に落ち着いていた。
「あの異世界人眠らせてきたぜ。とりあえず空き部屋に押し込めたけどさ、いいの、あれで」
「体は拭いておいた。顔色は悪いが……魔法とかじゃ治せない」
「かしこまりました。大丈夫ですよ。魔力で酔ったんでしょう。すぐによくなります」
報告を行っていると、レミィが凝視していることに、ゾディアックは気付く。
「……どうした?」
「は? え、お前ゾディアックか?」
「……ああ、そうか、見せたことなかったか」
ゾディアックは急に恥ずかしくなり、顔を片手で隠した。
「受付の姉ちゃん知らなかったの? 師匠ってめっちゃイケメンなんだぜ。カッコいい鎧の下にカッコいい面があるなんてずりぃよな」
フォックスが頭の後ろで手を組む。
「まぁ女の趣味は幼――」
「フォックス、ちゃんと毛を乾かせ」
ゾディアックは持っていたタオルでフォックスの頭をガシガシと掻いた。悲鳴にも似た声がリビングに木霊する。
それを見ていたレミィが、口許に手を当てて微笑む。
「驚いたな。まさかそんな美貌を隠し持っていたなんて」
「か、隠していたわけじゃない」
「隠していたんだろ。そんな容姿だと大勢に声をかけられるのは目に見えているし」
「……」
「そんな可愛らしい方とも付き合っているなんて。普段のお前を見ていると考えられないな。凄い秘密を知ってしまった気分だ」
ゾディアックは頭の後ろを搔いた。
「……からかわないでくれよ」
「いいや、からかうね。こんな美味しいネタが転がり込んでくるとは」
仲睦まじい姿を見せる両者。その間にいたロゼはゾディアックをキッと睨む。
「むぅ……」
小さく頬を膨らませた。それに気づいたゾディアックは目を丸くする。
「ろ、ロゼ? どうしたの」
「私、上の方見てきますね。レミィさんとごゆっくりどうぞ」
「あ、ああ」
少しだけ言葉に怒気が混じっていたような気がしたが、止める理由もないためゾディアックはロゼを見送る。
「あーあ」
タオルから瞳を覗かせたフォックスは、いたずらっ子のような笑みを浮かべてソファに向かった。
「……なんだよ」
ゾディアックが唇を尖らせると、再びレミィは笑った。
「いや本当に驚くことばかりだ。何だあの可愛らしい女性は。お人形さんかと思ったぞ。正直ちょっと感動したくらいだ」
「感動って。大袈裟だよ」
「世界中探しても中々見つからねぇだろあんな子。そんな方とひとつ屋根の下だなんて、隅に置けないなぁお前」
「やっぱり、そんなおかしい?」
「おかしいというか、驚きの方が強いんだよ。コミュ障のデカブツだと思ってたら超イケメンの、可愛い彼女持ちだったなんてさ。やっぱりお前演技なのか? あのたどたどしい喋り方」
「素だよ、あれは」
「自信もって言うなよ」
軽口をたたいていると気持ちが幾分楽になった。素顔を晒してもレミィは変わらず接してくれている。それがゾディアックにとって嬉しかった。
兜を外して素顔で話せることが、幸福だった。
「ゾディアック。聞いてくれるか」
「ん?」
声色を変えたレミィは、真剣な眼でゾディアックを捉える。
そして、右手に持っていた袋を持ち上げた。
「この刀についてだ。あの女が襲ってきたのも、関係しているかもしれない」
★★★
「はぁぁあ~~~……」
ロゼは二階へと繋がる階段にて、蹲って大きなため息を吐いた。さきほどの自分の態度を思い返すだけで、息が出てきてしまう。
「何やってんですか私」
軽く自己嫌悪に陥ってしまう。たかが美人が、自分の恋人と楽しそうに話していただけだというのに。
美人。そう、レミィは美人だった。それもとんでもない美貌を持っている。顔だけじゃなくプロポーションもバッチリだ。
自分よりも身長が高く豊満な体つきをしているレミィに危機感を覚えるのは、女性としての性だ。おまけにそれが、ゾディアックが利用するセントラルの受付嬢ならなおさらである。
自分の知らないところで美人が寄ってきている。この事実に、ロゼは歯噛みする思いだった。
「はぁ……」
知っている。ゾディアックがそんな浮気なんてする男ではないことに。
だから自分が勝手に嫉妬して勝手に怒っているだけ。
「情けないっ」
パン、と両手で頬を叩く。ヒリヒリとしたがいい気付けになった。
とりあえず今すべきことは異世界人の男性の状態を確かめることだ。
ロゼは彼が眠っている部屋の前に行き、一応ノックする。
「大丈夫ですか? ちょっと失礼しますよ」
断りを入れて扉を開ける。するとそこには。
「あら……?」
ベッドの上で丸くくるまり、亀の真似事をしている異世界人の姿があった。
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