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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
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第180話「赤青炎雨天至極黒刃」

 この光景を望んでいたような気がする。

 確実な死を与えてくれる凶器を振り上げる女性。あと1秒かそこらで、あの刃が脳天を割るだろう。

 それを望んでいたような気がする。

 そう、何故この世界に来たのかはわからないが、その前のことならわかる。


 命を、捨てようとした。

 この鼓動を止めようとしたんだ。

 そのために、自分は――。


 マルコの頭の中に、そこまで文字が浮かび上がると同時に、女性は日本刀を振り下ろした。

 同時に、銃声が鳴り響いた。




★★★




 側面から聞こえた破裂音に女性の視線が横に向けられる。振り下ろしてた刀の軌道を変更するために手首を捻り、腰を切り、横薙ぎに刀を振る。

 銀色の一閃が空気と雨水を斬り捨てていく。


 次いで金属同士が弾ける音が轟いた。女性は飛来してきた何かを弾いた反動で体勢を崩す。

 数歩後ろに下がり、暗い森の中に視線を向ける。その中から、銃を構えた緑髪の男が姿を見せた。


「こりゃいったいどういう状況だ?」


 ベルクートは小首を傾げて女性に問うた。

 女性はお返しに首を傾げて肩をすくめてみる。


「あら~。美人さんですね~」


 少し遅れてラズィが姿を見せる。ベルクートの隣に立つと杖を向ける。


「その男性は、私たちのお仕事に関わる方なんです~。なので~野蛮な行いは控えてもらえますか~?」


 軽口を叩きながら杖に魔力(ヴェーナ)を注入する。油断せず、女性が抵抗しようものならすぐに魔法を撃つ準備を整えた。

 ベルクートも銃口を女性から外さない。状況は明らかに2人が有利だった。


 しかし女性は焦りもせず、むしろ余裕綽々といったような笑みを浮かべ、マルコに視線を向けた。


「何が悪いのでしょうか?」

「あ?」


 嵐が近づいていることを告げる激しい雨の音の中でも、女性の声はよく聞こえた。

 女性は刀の切先(きっさき)をマルコに向ける。


「この方はこの世に区切りをつけてます。その覚悟もある。であれば、送り出すのがこちらの役割では?」

「何言ってんだ美人さん。酔っ払ってんのか?」


 鼻で笑って言った。

 女性が「ふむ」と一度頷くと、視線を2人に戻す。


「ベルクート・テリバランス……それとラズィ・キルベルですか」


 突然名を告げられた2人が身を強張らせる。

 時間にすれば1秒に満たない瞬きの硬直。


「どれ――お手並み拝見」


 その隙で。

 女性は2人との間合いを潰した。

 

 体で刀を隠すような脇構えから、横薙ぎに刀を振った。

 ベルクートが歯を噛み締めて後ろに飛び、同様にラズィも跳躍するように後ろに下がる。

 刀を振った女性は直後前に駆け出し、ラズィとの距離を潰した。


 ラズィが杖を構える。それよりも速く女性は刀を天に掲げ、振り下ろした。

 唐竹(からたけ)割りの一撃はラズィの帽子と杖を真っ二つにした。


「ラズィちゃん!!」

 

 ベルクートの声が木霊する。


「この野郎……!!」


 銃を構え、発砲する。銃口から放たれた閃光が周囲を照らす。

 ゆらりと女性が体を揺らす。視界が悪いのも相まってか、弾丸は命中しなかった。

 ベルクートを標的にした女性は、爪先に力を込めベルクートに向かう。飛びかかるような勢いに対し、銃を発砲しようとする。

 が、女性の速度は異常だった。引き金に指がかかっていたにも関わらず、刀が振られていた。


「ぐっ……!!」


 身を引いたが遅かった。お気に入りでもあったオートマチックピストルの銃身が切られ、先端がボトリと地面に落ちた。

 女性が追撃しようと身を捻る。ベルクートは銃を投げ捨て手の平に緑の炎を灯す。


 次の瞬間、青色の炎が女性を飲み込んだ。炎は渦となり女性を飲み込み、周囲を明るく照らす。


 突然のことにベルクートは目を見開く。火元を見ると、尻もちをついて倒れていたラズィが右手をかざし、魔法を放っていた。触媒である杖無しの魔法であるため威力は著しく下がっているが、それでも人一人を焼くくらいの火力はある。


「あっぶな……死ぬかと思った」


 呟きながら火力を上げる。ここで仕留める勢いだった。

 ベルクートも意図を理解し両手をかざす。緑色の炎が青色に飛び込む。両者の炎が巨大な火柱となる。ただの人間なら、いや、上級のモンスターでも絶対に耐えられないほどの炎の出現。相手は灰になると、ベルクートは思っていた。


 突如、二色の炎が揺らめき始めた。不規則に動いていた炎は規則正しく円を描くように動き始める。

 その炎の隙間から黒い衣装に身を包んだ女性の姿を二人は捉えた。


「マジかよ」


 薄ら笑いを浮かべて呟くと、女性は刀を振った。直後、炎が霧散する。


「いい温度でしたよ。それくらいの火力だったので、些かガッカリですが」


 何事もなかったかのように雨が降り注ぎ、世界が黒に染まっていく。

 ベルクートの背中が濡れる。ラズィの頬が濡れる。それが雨だけでないことを両者理解していた。


 ――強い。


 モンスターなのかガーディアンなのかは定かではない。だが、とりあえず”普通の存在ではない”ことだけは確かだ。

 いったい何者なのか。ベルクートは問おうとして口を開いた。


「ベル!! ラズィ!!」


 聞き覚えのあるくぐもった声。ベルクートとラズィが視線を向けると、漆黒の影が近づいていた。

 影は至極色に輝く大剣を片手に持っている。それだけで誰が来たのか一目瞭然だった。


「おせぇぞ大将!!」

「ゾディアックさん!」


 安堵の色が混じる二人の声を聞いて、ゾディアックは、ふぅと息を吐き出す。


「無事か、二人とも」

「お気にの銃を”オシャカ”にされたから気分は最悪だ」

「私も買ったばかりの武器切られちゃってイライラしてます~」


 二人はゾディアックに近づきながら軽口を叩いた。

 ゾディアックは視線を女性に向ける。よく見ると、ヨシノと共に馬車に乗っていた黒ずくめの女性だった。

 黒髪から雨が滴る女性は、じっとゾディアックを見つめている。どこか逡巡しているようにも見えた。


「マスター!」

「師匠!!」


 ビオレとフォックスも合流する。最後尾にはレミィの姿があった。


「またオッサンやられてたのか?」

「またって言うな。またって」

「大所帯ですねぇ~、こんな夜更けに」


 パーティが集い、張りつめていた緊張感が解れる。

 ゾディアックは一歩前に出て大剣を構える。


「……何者だ。お前。ヨシノの関係者なのか」


 ゾディアックの隣に立ったレミィが刀に手をかけ女性を見る。すぐに首を傾げた。


「新しい護衛か何かか。あの女、クーロンだけじゃ足りなくなったか」


 挑発するように言うと、女性がようやく反応を見せた。


「ああ、会いたいと願っていた方々に、これほど早く出会えるとは。本当に私は幸福です」

「何?」

「やはりマルコ・ルナティカを狙ったのは間違いではありませんでした」


 そう告げると、腰に差していた鞘に刃を納めた。


「ではまた。近いうちに、お会いしましょう」


 ふわりと微笑むと、女性は跳躍した。


「待て!!」


 ビオレが弓を構えて矢を放つ。が、すぐに女性の姿は闇へと消え失せた。


「クソ」


 空を切った矢に、ビオレは舌打ちした。

 雨が地面と木々を打つ音だけが鳴り響く。さきほどまでの戦闘が嘘のように、不気味な静けさだけがパーティを包み込んでいる。


「なんだありゃ。逃げやがった。オッサンがなんかしたんじゃねぇのか?」

「街中で見かけたらナンパしてたが、残念。初対面でいきなり刃物振られたわ」


 軽口を叩いている二人を尻目に、レミィはマルコに近づく。ゾディアックも寄ると、マルコは蹲っていた。


「う、うぅ……」


 声を押し殺し、泣いていた。まるで懺悔するかのように首を垂れ、額を地面に擦りつけている。

 レミィとマルコにさきほどまでの女性について、聞きたいことが山ほどあったゾディアックだが、この状況では聞き出すことは難しいだろう。


「……とりあえず、ここから離れよう」


 その時、気温の低さを思い出させるような冷たい風が吹いた。フォックスが「さみぃさみぃ!」と騒ぎ始める。

 それでもなお、マルコの小さな泣き声だけは、止まらなかった。



お読みいただきありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。

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