第179話「曇天雨粒天黒塗らす」
雨が降ってきていた。ここ最近天気が安定しないなどと思いながら、メインストリートを駆けていく。時間は既に夜遅くだがまだ人はまばらに歩いている。
「ようゾディアック!」
「任務ですか? 行ってらっしゃい!」
露店の片づけを行っていたキャラバンたちの声援に片手をあげて答える。
「ビオレちゃん、またお店きてよ」
「は、はい! またご馳走になります!」
「フォックス~こけんじゃねぇぞ~」
「誰がこけるか!」
亜人のふたりにも声がかかるようになった。ガーディアンとして働いているおかげだろう。しかし今は成長を実感している暇はない。
南門近くまでやってくると、大量の馬車が門を通っていた。複数のキャラバンがサフィリアに入ろうとしているらしい。
その近く、門からひとつ通りを挟んだ先にレミィが立っていた。馬車の邪魔にならないように、通りの端に寄っている。
「レミィ!」
声をかけるとレミィがバッと顔を上げゾディアックたちを捉えた。3人とも傘すら差していない。
「ゾディアック。あと、ビオレとフォックスも来てくれたのか」
「ああ」
「異世界人がいなくなったんだろ? 捜索するなら人手は多い方がいいだろ。俺なら鼻も利くし」
フォックスは鼻の先を指先で擦る。
「すまない。助かるよ。ただ傘は持って来てないのか?」
「傘なんかあるだけ邪魔だろ」
「私が持っていかないように言ったんです」
ビオレが夜空を見上げながら言った。
「風が”うねり”を起こしてますし雲の量が多くなってます。恐らく嵐になるかと思って」
「なんかここ最近天気安定しないなぁ。俺らの街荒らした異世界人のせいか?」
フォックスが半笑いで言った。
ゾディアックの脳裏にある異世界人たちの姿がよぎる。亜人たちを捕らえ実験材料とし、フォックスが住む亜人街を荒らし、ひいてはサフィリア宝城都市を混乱に陥れようとした悪人たちだ。魔法と銃を組み合わせた新兵器をこの国で試そうとした者たちは、全員ゾディアックたちの手によって捕縛されている。
それからというもの、フォックスの言う通り、ここ最近は天候が不安定になっている。太陽も満月も出ているのに突然大雨が降り続いたり、曇天が広がれば一気に大量の雨が降り注ぐ。
「魔法で無理やり天気を操ろうとしてたからね。禁呪を使用するに等しい行為ですし。ドラゴンくらいしか使えない魔法を発動させたのは凄いと思うけど」
「感心することかよ」
「それで、マルコ、さんはどこに行ったかわかるのか?」
ゾディアックが聞くと、レミィは視線を南門に向ける。
「門を通ったらしい」
「うそ。それやばくね?」
「モンスターに襲われている可能背も高いが、それほど遠くに行けていないのも確実だ。現に……」
レミィがアンバーシェルを取り出し、画面を3人に見えるよう差し出す。画面に水滴がつき、発光する画面上を流れていく。
「あの病院は追跡魔法を付与した魔法道具を患者服として使用しているから、服に流れている魔力を追っていけば自ずと場所がわかる。それで今は、動いていない」
ゾディアックが画面に映る緑色の点を見る。下に距離が書かれてある。馬を使わなくてもよい近場で立ち止まっているらしい。
「生きて、いるかな?」
ビオレが顎下に手を当てる。
「わからん。ただ心配だ。もしかしたら、服に付与されている魔法を察知して、脱いで逃亡している可能性だってある」
「異世界人がそんなこと察知できるかよ」
「わからないでしょ、フォックス。魔法がわかる人かもしれないし」
「……どちらにせよ、さっさと見つけ出すに限る。行くぞ」
「りょーかい!」
ゾディアックが指示を出しフォックスが元気のよい返事をすると、4人は門へ向かった。
★★★
「はぁ、はぁ……!!」
泥まみれの地面を蹴る。裸足で出てきてしまったため、足首から先は泥にまみれてしまっている。綺麗だった患者服も雨と泥で汚れている。さきほど転んでしまったせいだ。
マルコは息を切らしながら森の中を走っていた。行く当てなどないのに、ただ走り続ける。
何なんだ、ここは。どこなんだここは。
湧き上がる疑問を潰すように、足の裏に痛みが走った。顔を歪ませて立ち止まり、右足を持ち上げる。
木の枝が刺さっていた。慎重に抜くと、紅蓮の鮮血が流れていく。薄暗く雨も降っている森の中だというのに、その赤は鮮明に見えた。
「くそっ」
傍らの大きな木に寄りかかり、雨宿りをする。このままでは捜索しに来た者に掴まってしまうだろうか。
いや、それとも、捜索など来ないだろうか。
気づいたら見知らぬ土地にいて、コスプレをしているような連中が街中を歩き、聞いたことのない言語で喋っている。
自分はなぜか、そんな知らない場所で生きている。おまけに手厚い看護をされてだ。
美人な猫耳を付けた女性は自分と話すために機械まで作ってきてくれた。恐らく悪意なんてない。優しさで救ってくれたのだろう。
マルコにとってそれは、”有難迷惑”だった。
「ようやく、ようやく俺は……」
言葉をつづけようとしたその時だった。
ジャリ、と、土と地面に散らばった木くずを踏みつぶす音が正面から聞こえた。
誰だと思い顔を上げると、そこにいたのは。
「こんにちは。マルコ・ルナティカ」
長い黒髪をたゆたわせる、美人。
この服装は知っている。ジャパンの確か……”わふく”だっただろうか。”きもの”だっただろうか。とにかく黒色のそれを着ている。
相手は理解できる言葉で話しかけてきた。マルコは顔を明るくし女性に近づく。
「あ、あの、助けてくれ! あなたは日本人ですよね。お願いします、ここはいったいどこなのか教えて」
「残念ながら。私は日本の者ではありませんよ。当然、イタリア人でもなければアメリカ人でもありません。生まれも育ちもこの世界です」
女性がクスリと微笑むと、腰に手を伸ばした。そこでようやくマルコは気づいた。
女性の腰に、何か長い、棒のような物が差さっていると。
「ご安心ください。私はあなたを助けに来たわけではありませんよ」
女性が腰に手を伸ばす。棒に手をかけると、同時に腕を前に出す。
棒からすらりとした、細長く、湾曲した、銀色に輝く刃が姿を見せた。
それが日本を題材にした映画でよく出てくる、日本刀だということに、マルコはすぐに気が付いた。
その武器が、脅しでないことも。
「命を粗末にする人は、許せないんですよね。”種族的”にも、私の”立場”的にも」
切先がマルコに向けられる。
「お望み通り、殺して差し上げますよ。マルコ・ルナティカ」
白い歯を見せて頬を上げ、刀を構える女性の姿は。
まるで絵画のような、美しさであった。
その姿に見惚れていたマルコは、女性が動き出しても何の反応もできなかった。
女性は刀を大きく振り上げ。
「今度死ぬときは、別世界には飛べませんよ」
マルコの脳天向かって振り下ろした。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。