第178話「餡子の魚、焼かれて菓子に」
「ん~? ぱ、パティ……なんだっけか。パティシェだっけ」
アンバーシェルの画面を見つめながら、フォックスは顔をしかめた。異世界人の言葉を上手く思い出せないのもあるが、アンバーシェルの操作にも苦戦しているからだ。
ゾディアックに買ってもらったはいいがまったくと言っていいほど使ってこなかったため、操作の仕方はたどたどしい。
それでも何とか単語を検索するところまではきた。しかし、求めていた答えはなかった。
「ん~。言葉間違ってんのかなぁ」
「どうしたの、フォックス」
ソファに体を埋めていたフォックスの隣にビオレが座る。
「まだわからない部分があるの?」
「いや、言葉が思い出せなくてさ。師匠~!」
大声を出してキッチンにいるゾディアックを呼ぶ。ビオレと一緒に食事の準備を行っていたゾディアックは声だけ返す。
「どうした?」
「なんだっけ!? 異世界人の職業!」
「パティシエ」
「そう、それだ!!」
フォクスは意気揚々と検索し始める。しかしすぐに表情は仏頂面になった。
「でてこねぇ~……」
「なんなの? そのパティシエって」
「異世界の職業だよ。こっちの世界にもあるかなぁって思って検索してみた」
「馬鹿だなぁフォクス」
ビオレは呆れたように頭を振った。
「異世界の職業がこっちにあるわけないじゃん。あったとしても言葉が違うとかさ」
「な、わかんねぇだろ! 異世界人が名付け親の料理だってあるんだしさ」
フォックスの言い分に一理あるとゾディアックは思った。この世界の”食”に関しては、昔から異世界の匂いが染みついている。そういった意味でもマルコの職業がこの世界にないとは限らない。
そもそも検索はオーディファル大陸内に限定されている。他の大陸だったら見当たるかもしれない。
「くっそ~。気になるなぁ。明日聞いてみよっかな」
「翻訳機ができてから聞けばいいじゃん」
子供二人が話に結論を出したところで、ロゼが手を叩いた。
「よし! 出来ました~! ご飯ですよ~!」
ロゼの明るい声がリビングに木霊すると、フォックスとビオレが元気よく返事をした。二人とも亜人ではあるが根は子供。食事をするときはわかりやすく笑顔を見せる。
4人は椅子に座り夕食をとり始める。
「そういえば今日の任務でめずらしい動物を見たんだぁ。角が4つある牛なんだけどね。モンスターじゃないってパーティの人に言われた」
「なんだそれ? そんな動物いんのかよ」
「うん。私の村の近くにはいなかったから」
「……フィーアか」
「臆病な動物なんですよ。貴重な体験でしたね」
「うっそ、あんな大きな体しているのに!?」
「写真とかねぇのかよ」
「あるよ! ご飯食べたら見せる」
「ん!」
ビオレが今日あった出来事を喋る。夕食の時、必ず始まるこの雑談をゾディアックは楽しんでいた。外の世界を知り力を身に着けていく彼女の姿を見るだけで、心が嬉しくなる。
家の外に出られるようになったロゼも、ビオレの生き生きとした表情を見るのが好きだった。
だがフォックスはさほど外の世界のことを喋らない。自分の中に抱えて共有を行わない、意外と内気な面を見せてしまう。おそらく、誰かを頼ることなどがなかったせいだろう。
「フォックスたちはどうだったの? 結構進展あったみたいだけど」
「それがさ、道具屋さんがめっちゃくちゃすごくて。師匠以上の腕前かもな、あれ」
「……俺だって作れるぞ」
「何対抗意識燃やしているんですか」
ロゼがクスクスと笑う。子供に凄い所を見せたがる親のようだと思ってしまう。
そんな団欒の一時を過ごしていると、ヴィレオンに見知った顔が映った。
『は~い夕飯時にごめんなさい! 今日は番組の予定を変更してお送りしますよ~!「世界のデザート特集」ーー!!』
デザートを毎回レポートしている、ヒューダ族のモナが笑顔で手を振っていた。髪型をボブカットにしており、色を若草色に染めていた。
「髪型変えちゃったんだ~モナさん」
「以前のロングの方が似合ってましたね」
『あ、気付いちゃいました!? 髪型! 以前の方がお気に入りという方々ごめんなさい~! 気分一新したくて髪の毛切っちゃいました! 本当彼氏死ね』
『モナさん!! これ生放送だから!! 気を引き締めろって!!』
カメラマンからヤジが飛ぶ。
「……相変わらずこのレポーター口悪いな」
「多分ストレスをため込んでいるんだろう……」
ゾディアックとフォックスが同情的な視線を送っていると、モナは気を取り直して背後に映る店を映し出した。
その背景を見て、ゾディアックはそこがギルバニア王国だと知った。
『私が今いるのはギルバニア王国です! なんと今の時期、ギルバニアにははるか遠くの別大陸、スサトミ大陸の物資や使者が沢山訪れております! それが影響してギルバニア王国では、スサトミ大陸特有の料理を振舞うイベントが開催されております~! もちろんその中には、私が大好きなデザートも、当然あります! 早速提供してくれているお店に行きましょ~!』
モナは手を挙げて意気揚々と店に向かう。以前パンケーキを紹介した店の隣にある。しゃれた雰囲気の小さな店だ。カフェのような内装だったが、所々に見慣れない装飾品がある。スサトミ大陸の物だろうとゾディアックは思った。
席に座ったモナの前に、タイミングよく皿が運ばれてくる。
『私が今回いただくのはこちら、「たい焼き」です~!』
皿の上には魚を模した、膨らんだ生地が置かれていた。2つあり、どちらも湯気が立ち上っている。
「お魚だ」
「デザートじゃねぇのかよ」
『こちらなのですが魚を模した形をしたデザートでして、中には……』
モナはひとつを持ち上げ、カメラの前でそれを真っ二つに割る。
すると大量の湯気と共に、紫色の、ペーストされたような何かが零れ落ちた。
『”あんこ”と呼ばれる甘味が入っております~! 早速食べてみたいと思います!』
「あん?」
「こ?」
ビオレとフォックスが首を傾げると、モナが一口齧る。
『あっつ、ん~、んー……んんん? 甘い……美味しいというか、なんでしょう! この、独特な食感と言いますか甘さといいますか! 甘さ控えめですが、しっとりとした食感がたまりません! なんでしょう、この食べていると落ち着く感じは!!』
未知の食材を臆することなく食したモナは、感嘆の声を上げてたい焼きをぺろりと平らげてしまう。
『あ、やばい。これ止まらない……ふわふわした生地も相まって、いくらでも食べられそう。ごめん、今日の放送これで終わっていい!?』
『駄目だよ! 何言ってんだよ! この後普通の料理食べるんだよ!』
『え、料理食べるの今日!? 聞いてねぇよ! じゃあそっち食わせてからにしろよたい焼き食わせんのよぉ!! 口の中甘ったるくて――』
映像が切り替わった。モナの態度が豹変するとこのように映像は逃げるらしい。
「あんこですか……聞いたことありませんねぇ」
「でも美味しそうだったね、あれ。見た目も可愛かったし」
「う~ん、なんで魚なんだ? 豚とかでもいいじゃん」
「ぶた焼きだと、お肉料理みたいじゃん」
「食べてみたいですね、たい焼き」
3人ともたい焼きに興味津々といった感じだった。しかし、ゾディアックとてあの料理は知らない。
誰か作り方を知っている物などいないだろうかと思ったところで、ふと、ヨシノの顔が浮かんだ。
報酬としてたい焼きを知っているかどうか、その作り方まで把握しているか聞こうと思っていると、アンバーシェルが振動した。
食事時ではあったが、ゾディアックは一応手に取り画面を見る。
レミィからだった。以前連絡先を交換したが、向こうから直接かけてくることは今回が初めてだった。
「もしもし?」
『ああ、ゾディアック!! 悪い!! ちょっと今時間いいか!?』
通話先からレミィの慌ただしい息遣いが聞こえる。ただ事ではないことが察知できる。
「どうした?」
『異世界人が……マルコがいなくなった!!』
「……え?」
ゾディアックの困惑した声に、3人の視線が一気に注がれた。
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