第175話「二人堂々動き動く」
「……やべぇ」
ベルクートの口からため息交じりに、弱気な言葉が零れ落ちる。椅子に座っていたベルクートは頭を抱えて下を向いた。
露店の前を歩く大勢の人々を呼び込む気力は湧いてこなかった。というよりそんなことをしても無意味であることはすでに実証済みだ。
「やべぇ」
もう一度同じ言葉を呟き、ポケットの中からクシャクシャになった紙を取り出す。紙の上部にはでかでかと「メイン・ストリート、開業規約変更のお知らせ」と書かれてある。
内容は簡単に言うと、サフィリア宝城都市のメイン・ストリートに露店を開く場合、キャラバンの頭領であるラビット・パイの許可が必要になる、というものだった。最近は危険な魔法道具を売ったり、不良品ばかりを売るキャラバンの出現が目立っており、それを規制するための処置である。
通常のキャラバンはこの規約に大いに賛成している。ラビット・パイの許可を貰うというのは実質簡単であるからだ。他の国から来た者であれば、自身の団体名を言ってまともな商品を売って、売上を出しているという実績があれば、文句の付け所がない。
だがベルクートのような個人で活動しているキャラバンはそうはいかない。特にベルクートは危険な商品である銃を販売しており、さらに売上も悪い。普通に考えて許可が下りるわけがない。
おまけにガーディアンとの兼業。これ自体はまだ情状酌量の余地があるかもしれないが。だったらガーディアンとして働いて生計立てろよ、こう言われるのがオチだろう。
「そろそろ潮時かなぁ」
山と積んである自慢の銃たちを見つめため息を吐く。とりあえずこのまま露店を出せなくなったらもうあのガンショップに居候することはできなくなる。
西地区なら物件も安いか、と思いつつアンバーシェルを取り出し調べていると、店に近づく足音が聞こえた。その足音は何度も聞いたことがある。影を見れば誰なのかもわかる。
ベルクートはアンバーシェルに目を向けたまま言った。
「冷やかしなら帰ってくれぇ」
「あら、酷いですねぇ~。せっかく応援に来たのに~」
とんがり帽子を被った、魔術師の装いに身を包んだラズィが口許を隠して微笑む。顔半分の火傷の痕が痛々しいが彼女の美貌は半分でも充分そうであった。
ラズィは閑古鳥が鳴いている店を一目見ると腰に手を当てた。
「呼び込みとかしないんですか~?」
「呼び込みしたところで無駄だろ。この店のラインナップじゃ」
「じゃあ違う商品を売ればいいのに~」
「そんなものはない!」
呆れたようにラズィは頭を振った。
「ラビット・パイの人が愚痴ってましたよ~。「鬱陶しいから早く潰れてくれないかな」って~」
「っけ。言ってろっつうの」
「このままじゃ、居候先の方の顔に泥を塗ってしまうのでは~?」
ベルクートは押し黙った。ラズィの言う通りだった。行く当てもなく素性も明かせない自分を匿ってくれたオーナーに恩を返せず、むしろ仇で返しているというのは流石に忍びない。
「それとレミィさんの依頼の方。ゾディアックさんが動いてますけど私たちも動きませんか~」
呼びかけるが、相手は渋い顔をしているばかり。しょうがないと思っていると、ベルクートはわざとらしい、情けない声を出し始めた。
「ラズィちゃーん……助けてぇ」
「えぇ……そこで私に頼るんですか~? 駄目な大人だな~」
「だってもう頼れるのはラズィちゃんくらいなんだよぉ」
ベルクートはオイオイと泣き始める。
「別に無理してお店を開かなくても、ガーディアンとして働いていればお金には困らないじゃないですか~」
「そうだけどそうじゃないんだよぉ」
「はいはい~。大変ですね~ベルさんは~」
ラズィはのほほんとした空気で相手のおふざけを受け入れる。近くの店の者が小さく「イチャイチャしやがって」と呟いたのを聞き逃さなかった。
「その方。少し話を聞いてもよろしいか」
二人の耳に声が届く。同時に、近くにいる店の者や道行く人々の小さな悲鳴も。
ベルクートとラズィが視線を向けると、そこには変わった衣装に身を包んだオーグが立っていた。
周囲の人々が物珍しそうにオーグを見る。主に衣装と、腰に差している細長い何かに視線を集めている。
「……あの武器、どこかで」
ラズィが小さく呟いた。
「あ~、えっと、俺らに?」
ベルクートは自分とラズィを交互に指さす。
「うむ。取り込み中だとは思ったが、こちらも急いでいる身。どうか話を聞いていただきたい」
「あ、ああ、はい。えっと? 武器の購入で?」
相手は頭を振りながら近づく。
「いや、ある武器を探している」
「はぁ……で、なんでこの店に?」
「他の者が、”この店は邪な物を売っている店だ”と言われてな。もしかしたら見つかるやもしれんと思い、声をかけた次第」
「中々不名誉な渾名だな」
「事実じゃないですか~」
ラズィが額に手を当てる。
「まぁうちの店に客を呼び込んでくれたのはありがたい。それで、探している武器ってのは?」
「嵐」
「ん?」
オーグはベルクートを一点に見つめて言った。
「「嵐」と呼ばれる、刀を探している」
そういうと腰に差した刀を鞘ごと抜き、ベルクートに見せつけた。
その瞬間ラズィは、それがレミィの武器と酷似していることに気づいた。
★★★
プセルは任務書に必要な判子を押すと、書類をガーディアンに手渡す。
「はい! 受領です! お気をつけて、行ってらっしゃいませ!」
席を立ち頭を下げていうと、ガーディアンたちから明るい声が返ってくる。
相手の姿が見えなくなるとプセルは一息ついて、どかっと椅子に座る。
「はぁ、大変だなぁ」
今日だけで何回頭を下げて判子を押したのかわからない。これでピークの半分以下のペースだというのだから笑えない。
レミィは半獣でありながらそのピークを問題なくこなしている。姉御肌ではあるがメリハリがしっかりしている、自身の憧れでもある大人の女性の姿が、プセルの脳裏に浮かぶ。
「早くレミィさん帰ってこないかなぁ」
ここ数週間は仕事を休むとエミーリォが通達していた。そこまで悪い病気なのだろうか。だとすればお土産でも持っていこうか。少しでも自分の印象を良くしたいという邪な気持ちは確かにあるが、8割は単純に心配なだけだ。
「今日は変なお客様も来ちゃったし……レミィさんなら上手く捌けたのかなぁ」
さきほどの対応を思い出しプセルは反省してしまう。まさか異国の人物が来るとは思わなかった。見たこともない装いを見て完全にあがってしまった。エミーリォが来てくれなければ何も喋ることができなかっただろう。
ただ、エミーリォの対応は手慣れたものだった。相手の方も、まるで旧友に出会うかのような、穏やかな反応を示していた。
「エミーリォさん、あの人と知り合いなのかなぁ」
ポツリと呟くと新しいガーディアンが受付に来るのが見えた。
プセルは思考を切り替え、元気な挨拶と明るい笑顔で出迎えた。
そんな賑やかなセントラルの喧騒すら届かない、2階の奥にある応接室にて、エミーリォはテーブルを挟んだ向かい側のソファに座る人物に問うた。
「異国の妃か……護衛を近くにつけんでいいのか?」
「構いません。だってこの国で、私を襲う命知らずはそういないでしょう?」
桜柄に薄青色の和服に身を包んだヨシノはフッと笑うと、挑発するように目を細めた。
「長話も長居もする気はないわ。単刀直入に聞く。紅葉はどこにいるの?」
「誰だって?」
「あなたが赤髮の猫魔族を助けたことはすでに周知済みよ。口を失いたくなければ、すぐ教えることね」
ヨシノの顔に笑みはない。明らかに違う雰囲気に対し、エミーリォは肩をすくめながら背に汗をかき始めていた。
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