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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert1.パンケーキ
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第17話「輝く黒い影」

 悲鳴が聞こえ、ゾディアックは反射的に剣の柄を握った。暴徒が入ってきたか、それとも武器を持った亜人か、はたまたモンスターでも入ってきたのか。どれもありえる話だった。

 周りにいるガーディアンも、同様に武器を抜こうとしていた。

 セントラル内にいる者たちの視線が、入口に向けられる。


 そこに立っていたのは、葡萄のような紫色の髪が特徴的な少女だった。

 明るいアンバーの瞳が大きく見開かれ、ぼさぼさの髪はローツインに縛られ、床に向かって流れている。


 風体はボロボロだった。体中炭や泥に塗れて汚れており、服は所々破けていた。足元は大胆に露出しており、靴を履いていなかった。


 ゾディアックは少女の長い耳に気づく。グレイス族の子だ。亜人街に住む物乞いだろうか。いや、それなら髪の毛があれほど長く育ってはいない。髪は金に換えられる商品であるため、短髪になってなければおかしい。


「ど、どうしたんですか!? 誰かに襲われたとか……」


 口元を両手で押さえていたメイドは、少女の前に膝をついて聞いた。


 少女は答えず荒い呼吸を繰り返し、周囲を見渡す。ガーディアンを物珍し気に見ている。

 アンバーに輝く大きな瞳がゾディアックに向けられた。一瞬だけ目が合い、少女は再び視線を動かした。


 そんな中、ガーディアンのひとりが少女に詰め寄ろうとする。

 金の短髪。ゾディアックはその姿に見覚えがあった。ウェイグだ。


「おい、クソガキ。なんの用だ。ここにはガーディアンでもねぇ亜人の餌は置いてねぇぞ」


 メイドはウェイグを見上げる。


「そ、そんな言い方しなくても」

「ただの小汚ねぇ亜人なんざ追い出せよ。ただでさえイライラしてんだから……ったく、調査にも行けねぇしよ」


 険悪な雰囲気が漂い、セントラル内は静かにざわつき始めた。


「なんだありゃ?」

「……」


 ゾディアックとベルは少女に注視する。少女は潤んだ瞳を前に向けている。


「――けて」


 静かな声だった。水面に落ちる一滴のような、小さい音。


「助けて」


 少女の口から発せられた言葉は、いやに大きく聞こえた。ウェイグもメイドもガーディアンも、黙って少女に視線を向ける。


「助けて!! 私の友達を! 私の村を、みんな、焼いた……助けて……助けてよぉ……」


 少女は浅い呼吸を繰り返し、胸元を握りしめながら悲痛な声を絞り出した。

 言葉の意味がわからなかったが、敵ではなさそうだと判断し、ゾディアックは剣から手を離す。


「え、えぇっと?」


 メイドが首を傾げた。


「にんむ……申請して」

「任務? 任務なら受付に」


 メイドの目がセントラルの奥に向けられる。

 少女はおぼつかない足取りで受付に向かう。少女が歩くたび、床に血と泥の足跡がついていく。


 受付前にいたガーディアンたちは互いに顔を見合わせ道を譲る。

 立ち上がっていたレミィは椅子に座り、少女に視線を向ける。


「……どうした。何があった。暴漢野郎を殺してくれか? それとも、君の村か家を襲ったモンスターを殺してくれ、か?」

「違う……」


 頭を振って少女は言った。


「私の……私の友達を助けて」


 レミィは渋面(じゅうめん)になる。


「友達ねぇ。誘拐でもされたか……同じ種族か? 場所は」


 再び少女は頭を振った。



「……ドラゴン。私達の村を守ってた、ドラゴン」



 その言葉が響き、セントラル内に緊張が走る。


「村の守護竜だった彼が、突然、突然暴れだして……だから、助けて欲しいの。彼を……」


 セントラル内にいるガーディアンたちがざわつき始める。


「お嬢ちゃん。君、どこから来た?」

「……デルタ山脈」


 レミィの質問に、少女はたどたどしく答えた。これでデルタ山脈の山火事の原因が判明した。

 出火原因不明、膨大な魔力痕(ヴェーナスカー)の確認。ポイントをすべて破壊してしまほどの影響。

 すべて辻褄が合う。


「ドラゴンだ」


 誰かがボソッと呟いた。その瞬間、ガーディアン全員が表情を強張らせた。


 ゾディアックの脳裏に、ある言葉が過ぎる。


 「ドラゴンスレイヤー」。


 ガーディアンが請け負う任務の中でも、屈指の難易度を誇る、最悪の任務のことをこう呼んでいる。

 あまりにも危険度が高く、成功しようと失敗しようと、五体満足で戻ってくる者がほぼいないことから、ガーディアンの間では「自殺用任務」と揶揄(やゆ)されてもいる。


 もし、少女の言っていることが本当ならば、国ひとつを容易く滅ぼすことができるモンスターが暴れまわっている、ということになる。

 

 一刻も早く討伐しなければならない対象だが、普通のガーディアンではまず受ける資格すらない。よしんば受けることができるとしても、誰も動きはしないだろう。


「ドラゴンの殺し……かぁ。また厄介な」


 レミィが頬を掻きながら言うと、少女が眉間に皺を寄せ、小さな手でカウンターを叩いた。


「違う! 殺しじゃなくて、助けて欲しいの!」

「……お嬢ちゃん、聞きな。君の言う”友達”とやらは、人々を襲うモンスターになったらしい」

「ちがうちがう!」


 少女がブンブンと頭を横に振った。


「そんなはずない! だって話してたんだもん! また一緒に山脈を見下ろそうって、背中に乗せてくれるって、約束したんだもん!!」


 少女の瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ち、カウンターを濡らしていく。

 レミィは困り顔で耳を掻く。少女の姿と言葉から、多分本当だとは思うが、嘘である可能性も捨てきれない。だいたい、こんな危険な任務を出したところで、誰も受けてはくれない。


「……おい。金はあんのか」


 後方から、話を聞いていたウェイグが下卑た笑みを浮かべながら聞く。

 少女は首を傾げる。


「……え?」

「金だよ。金! 話はそれからだ」


 レミィは舌打ちした。

 初めからドラゴン討伐などする気もないくせに、金の話を聞き出すとは。


「あ、あるよ、お金」


 少女は手に握っていた小さな袋を見せる。


「お金、あるから」

「見せろ」


 ウェイグが袋をふんだくり、中身を確認する。


「あ――」

「なんだこりゃ。ガラクタの宝石ばかりじゃねぇか。おまけに小銭ばかりだしよぉ……お、でも金貨は多いな」


 嘲笑を混ぜた顔で一度頷くと、片手を上げた。お手上げだ、というように。


「これじゃ依頼は無理だ。諦めろ」


 そう言って周囲を見た。数人が笑みを浮かべていた。

 ウェイグの手に、袋は残ったままだ。

 少女が血相を変えて手を伸ばす。


「か、返して!」

「おっと。こりゃ勉強代だよ。いい勉強になったろ? ドラゴンと友達なんて、どんな絵本読んだのか知らねぇが、くっだらねぇ嘘つきやがって。さっさと亜人街に帰りやがれ」


 ウェイグは虫を払うように手を動かしながら言った。周囲から、微かに笑い声が上がった。


「おい!!」


 レミィが怒りの形相を浮かべ立ち上がる。ウェイグはニヤニヤとした表情でレミィを見た。


「レミィちゃんよ。俺はあんたの手助けしてんだぜ? 無理難題を言ってるこの子に灸を据えようとしてだなぁ」

「返して!!」

「あぁ?」


 少女がウェイグに近づき跳躍する。ウェイグは手を上げて、少女をおちょくる。


「口の利き方がなってねぇな。えぇ?」


 少女は必死に手を伸ばす。が、跳躍してもその身長差は縮まらなかった。



 それを見ていたベルは顔をしかめた。


「うえぇ、亜人いじめかよ。ガーディアンも人の子だな。ゾディアック、行こうぜ」


 ベルの視線がゾディアックに移る。返事はなかった。


「ゾディアック?」


 呼びかけても返事はない。見ると、ゾディアックは拳を握っていた。


「おい、馬鹿なこと考えてねぇよな、おい」


 返事の代わりに、ゾディアックの足が一歩前に出る。



「おら、取ってみろよ」


 ウェイグは少女を見下ろしながら歯を見せて笑う。


「お父さんの指輪も入ってるんだ!! 返せ!!」

「返せ? 返せだぁ? ざけんじゃねぇぞクソガキ!!」


 ウェイグは腕を横に振った。

 少女の顔に腕が当たる。少女はバランスを崩し、尻もちをつく。


「亜人如きが生意気な口きいてんじゃねぇ!!」

 

 ウェイグは片足を上げ、少女を踏みつけようとした。

 怒りの表情を浮かべたレミィがカウンターから身を乗り出し、少女を助けようと動き出す。

 周りにいたガーディアンも、数人が動き出そうとしていた。


 それらよりも速く、ひとつの影が動いていた。

 影はガーディアン達の合間を一瞬で”すり抜け”、ウェイグの膝裏を蹴った。


 痛みはなかったが、突然の衝撃に膝を折りバランスを崩したウェイグは尻もちをつく。


「な、何しやがる!!?」


 ウェイグは怒りに満ちた眼を、隣に立つ影に向けた。

 そこには、漆黒の鎧を身に纏う騎士がいた。


「……ゾディアック」

「……」


 ゾディアックは黙って右手に持った巾着袋を見せた。


「ゾディアッ……ああ、もうマジかよ……」


 人混みを掻き分けたベルが、額を叩いて項垂れた。

 ウェイグは額に青筋を浮かべて立ち上がる。


「なんだ、てめぇこの野郎」


 ウェイグを無視して、ゾディアックはカウンターに片足を乗っけているレミィに近づく。


「受けるよ。任務」

「え?」


 ゾディアックの視線が、目を腫らしながら怯えた表情を浮かべる少女に向けられる。


「俺が受けよう。ドラゴン”救助”の任務」


 漆黒の騎士は力強く言い放った。




 少女の目には。

 ビオレ・ミラージュの目には、その黒い姿が、光り輝いて見えた。



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