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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
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第173話「過去を欲す騎士の未来」

 レミィは東地区を歩いていた。

 時刻は昼になろうかという時間帯。南地区で軽食を取った彼女は、セントラルの受付嬢であることを物語るようなパンツスーツスタイルの事務服に身を包んでいる。片手には黒く細長い皮袋を持っている。

 中には愛刀「嵐」が眠っている。こいつが起きるような事態が起きなければいいと、レミィは警戒心を強めながら移動し続ける。


 ウェイグがいるという店の近くまでやってくると鎧姿のゾディアックが見えた。

 声をかけずに近づくと向こうも気づいたらしく軽く手を挙げる。


「おはよう、ゾディアック」

「おはよう」

「おはようございます、レミィさん」


 影になって見えていなかったが、ミカとフォックスもいた。フォックスはなぜかぐったりしている。


「どうしたんだ、狐の子は」

「……肉体的にも精神的にも疲れてしまったらしい」

「あははぁ、すいません。私がさんざん連れまわしちゃって」

「し、死ぬ。お願いだから休ませて」


 亜人をグロッキーにさせるとはどんな連れまわし方をしたのか気にはなったが、それ以上に気にすべきはウェイグだった。

 レミィは視線を店に移す。人など住めない廃屋のような店だ。サフィリアを覆う壁から近すぎるせいで日当たりも悪い。陰気な雰囲気が漂っている。


「本当にウェイグがいるのか。あいつの性格からしたら、こんな寒々しい場所にいるはずないが」

「見ればわかるさ」


 ゾディアックが店の扉に手をかけた。残った者たちもゾディアックに続き中に入った。

 中は外以上に薄暗かった。ランタンの微かな明かりだけで室内を照らしており、道具屋というより魔法研究家の家のようだとレミィは思った。


「いらっしゃい」


 店の奥から声が聞こえた。作業台に座った男が見える。スタンド式のデスクランプが煌々とした光を放っており、男の姿を照らした。

 ゾディアックが伝えた通りの風体をしていた。

 そしてすぐに、そいつがウェイグだとレミィは理解した。


「ウェイグ」

「……普通、連れてくるか、ここに」


 ウェイグは呆れたように鼻で笑った。


「俺を国から追い出しに来たのか? セントラルの職員にそこまでの強制力はないと思うが」

「勘違いするな。そんなことをしに来たわけじゃあない。依頼の話をするついでに、本当にウェイグなのか確かめに来ただけだ」


 片方しかないウェイグの目が細まる。


「依頼? そうか、あんたの依頼だったのか。亜人がなんでこんな物欲しがるか気になるが」


 言葉を止めてゾディアックを見る。


「報酬さえ受け取れるならなんでもいいさ。仕事の話をしてもいいか?」

「……ああ」


 ゾディアックが頷くとウェイグが手招きする。全員が作業台に近づくと、作業台の下から紙を一枚取り出して広げた。

 内容は図面のようであった。真ん中に書かれた絵に目が引かれる。その絵から矢印が複数伸びており、先には雑な文字が大量につづられていた。


「完成図だ。ヘッドホンって聞いたことあるだろ? 両耳に掛けるタイプの」

「ああ」

異世界人(ビヨンド)ってことは高確率で人間(ヒューダ)だ。一応亜人用にも改良できるが」

人間(ヒューダ)だよ。犬耳とかは生えてない」


 レミィが答えるとウェイグは頷いた。


「ならデザインはこれで問題ないな」

「1日で描いたのか? 凄いな」

「別に。絵は趣味だったからな」


 ウェイグは冗談っぽく言うと、再び台の下から何かを取り出した。

 銀色のヘッドホンが置かれる。耳元は機材がむき出しで、イヤーパッドが辛うじて付けられているような見た目をしている。


「試作機だ。ネック型のヘッドホンだからちゃんと付けろよ」

「え、もう作ったのか?」


 ウェイグは再び、本当なのか冗談なのかわからない口調で言った。

「手先が器用なんだよ。知らなかったか?」

「知らなかった。凄いな」

「真面目に答えんなよ。相変わらず調子狂うやつだ」


 悪態をついているようだが、その声色に不機嫌さは微塵も感じられない。

 ウェイグがヘッドホンを指で差す。


「一応言っておくが、材料は全部機械だ」

「なに?」


 レミィの耳が動いた。


「”魔法道具”じゃなかったのか?」

「しょうがないだろう。魔力(ヴェーナ)がない異世界人(ビヨンド)に魔法道具を渡したところで宝の持ち腐れ。赤ん坊に剣を渡すようなもんだ。だから機械を使って無理やり大気中の魔力(ヴェーナ)を収集、変換させて異世界人(ビヨンド)の声と連結させる」

「つ、つまり?」


 レミィが首を傾げる。

 ウェイグが図面を見下ろす。


異世界人(ビヨンド)の音声をこっちの世界の音声に変換させる。機械音になったり細切れになるのは承知の上だ。とりあえず「声が変換できるかどうか」確かめる試作機だからな。これが上手くいったら音声の調整と収集能力の向上が課題になる。マイクはなるべく目立たせたくないだろうし、頻繁に動くような首輪型にするか片耳型にするのもありだな」


 そこまで言って顔を上げ、ゾディアックたちを見る。

 誰も何も言わなかった。というより、呆気に取られていたような顔をしている。


「なんだよ?」

「いや、本当にお前ウェイグか?」

「あぁ?」


 レミィが聞くと頬を引きつらせた。


「失礼じゃねぇかちょっと」

「だって! ガーディアンやってた頃と全然違うだろ! 雰囲気とか喋り方とか」

「……色々あったんだよ。見た目でわかるだろ。察しろクソ猫」


 お手上げだというように左腕を上げた。決して嫌がっているわけではないらしい。


「でだ。とりあえずこの試作機使ってその異世界人(ビヨンド)の声拾ってこい。問題なく動作することと、ついでにデザインについても聞け。今日中に持ってきたら明日か明後日には形にしてやるから」

「すげ~~!!」


 フォックスが元気を取り戻したように感嘆の声を上げた。


「おっちゃんマジですげぇな! かっけぇわ!」

「褒めるのはまだはえぇよ。しっかりした物が出来上がってからにしてくれ」

「ん、そだな」

「……坊主」

「ん?」


 フォックスが首を傾げる。

 ウェイグは一度言い淀むように唇をまごつかせた。


「……ガーディアンなのか?」

「おう」

「楽しいか?」

「もうめっちゃ楽しい!」


 白い歯を見せて笑う狐の少年に対し。


「そうか。よかったな」


 ウェイグも柔らかな笑みで答えた。

 亜人を毛嫌いしていた男とは、到底思えない表情だった。


「……何があったんだよ、お前に」

「悪いが仕事以外の話はしないさ。お前らと仲良くもできそうにないしな」


 ずい、とヘッドホンをゾディアックに突き出した。


「要件は伝えた。さっさと行ってこい」

「待て。これだけは教えろ。メ―シェルはどこにいる?」

「ここに一緒に住んでるよ。今は買い出し中だ。探したきゃ勝手に探せよ」


 ただ、と言葉を続ける。


「あいつに聞いても無駄だぞ。ああ見えて口が固いからな。だからって手荒な真似はしないでくれよ」

「そんなことは、しない。答えたくないならそれでいいさ」


 ゾディアックが応えると、ウェイグはフッと笑った。


「お前に感謝するとはな」


 小さく呟いた声は、ゾディアックにしか聞こえなかった。

 翻訳機の試作機を受け取り、ゾディアックたちは踵を返す。


「このまま病院に向かう」


 隣にきたレミィが囁いた。


「今日中にここに戻ってこよう」

「ああ」

「ついでにメ―シェルも探そう」

「……探しても無駄たと思うぞ」

「だとしても、だ」


 レミィが前を歩く。後方からはフォックスとミカの楽しげな声が聞こえる。

 掘り下げられたくない過去もある、とゾディアックは言えなかった。

 ウェイグには痛々しい過去ができあがったのだろう。詮索されたくない気持ちもわかる。


 じゃあ自分は?

 自分にはそんな過去があるのだろうか。


 ゾディアックには記憶がない。しかし日常生活に問題はなく。ガーディアンとして働けて、仲間を手に入れ、ロゼという最愛の恋人もいる。


 何も問題はない。


 けれど、掘り下げられたくない過去を持っているウェイグが羨ましいと、ゾディアックは感じた。

お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いします~!


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