第172話「脳裏霞める銀の包帯」
ゾディアックとレミィは喫茶店に入った。ガーディアンたちがよく使う場所らしく、鎧を着ながらの入店が許可されている。ただその場合は立ち飲み、立ち食い用の席に案内されてしまう。
ゾディアックは申し訳ないと思いつつもレミィに続いて席にやってくる。丸テーブルを挟んでレミィと視線を交わす。
「で、なんだよ相談って」
「ベルクートたちから話は聞いた。異世界人の話だ」
「そうなのか。それが?」
「まず、俺も勝手にその任務を行ったから……」
「待て待て。これはただの個人的な頼みだ。正式な任務じゃないからかしこまる必要性なんてない」
そこまで言ってウェイトレスが注文を聞きに来た。ゾディアックは何も頼まず、レミィはコーヒーを注文した。
注文を復唱し、小さく頭を下げてその場からウェイトレスが去っていく。
「むしろ手伝ってくれて感謝するよ。で、どうだ?」
「翻訳機を作ろうと思って。それで魔法道具を作ってくれる商人のもとに行ったんだ」
「魔法道具の製作? その場でか?」
ゾディアックが頷いた。
「稀有な奴だな。魔法道具なんて基本的に工場で量産されている物なのに」
「重要なのは、その魔法道具を作ってる奴なんだ」
「というと」
「ウェイグなんだ」
レミィは片眉を上げた。
「なんだって?」
「魔法道具を製作する稀有な商人は、ウェイグだった」
「ウェイグって、あのウェイグか? お前やビオレちゃんに対して――」
言葉が終わる前にゾディアックが頷いた。レミィは鼻の下を擦る。猫耳がイカ耳になり、尻尾が揺れ動く。
「なんだそりゃ? 意味がわからないぞ」
「俺も同じ気持ちだ」
「見間違えじゃないのか」
「大怪我をしていて顔の半分が包帯に覆われていたけど、あの目元と雰囲気、魔力、地毛の金髪はウェイグだった。間違いない」
「仮にウェイグだったとして、変装すら……いや、仮にその包帯姿が変装だとしても、サフィリアにいるのはおかしいんだよ」
興奮していたところにウェイトレスが注文の品を運んできた。
丸テーブルに伝票が置かれ、レミィはウェイトレスに礼を言うと、コーヒーを口に運ぶ。香りと独特な苦みで興奮した心を静めた。
ウェイトレスが去っていったのを見て、再びゾディアックに視線を向ける。
「ウェイグのガーディアン権利は剥奪されている」
「え?」
「あの動画。ほら、お前が討伐したラミエルっていうドラゴンの素材を横取りしようとした動があっただろ? それを見たおじいちゃんが怒ってさ」
「エミーリォが?」
「意外とルールに厳しいんだぜ、あの人。「寄生職なんて許さん!」って感情爆発させちゃって、追放したんだ」
レミィが再びコーヒーを飲もうとした。
ガーディアンが権利を剝奪されるというのは、いわゆる追放と同義である。
ガーディアンは国に雇われている傭兵のようだと言われているが、正式にはモンスター退治用の武器や危険な魔法を保持し使用することを許可されている兵士である。そのため国から権利を剥奪された場合、その国ではもう二度とガーディアンになれない。
もちろん国から追放されるというわけではないが「あいつは危険な元ガーディアン」「アウトローに片足を突っ込んでいる危険人物」として、国内で生き場を見つけることは至難の業になる。そのため自主的に国から出ていくのだ。
ということは、ウェイグは一度国を出ていることになる。
いや、それともサフィリアにしがみついていたはいいが、亜人や血気盛んなガーディアンやキャラバンたちに痛めつけられたのだろうか。
ウェイグの性格を知っているゾディアックは、敵も多そうだと思った。
「怪我をしていた、って言ったよな」
レミィがコーヒーカップを置きながら言った。
「どんな具合だった?」
「……包帯もそうだが、片腕は義手だった。ガントレットを装備しているみたいだったけど。あと片足もなかった。そっちは義足とかは装備してなかった」
「なるほど。聞くだけなら死んでいてもおかしくない怪我だな。誰がそんな怪我を負わせたのか」
レミィは顎をさする。
「モンスターじゃないか?」
「だよな。やっぱり国外に出てモンスターに襲われた時の傷だろう」
ゾディアックの言葉にレミィは同意を示す。仮に人に襲われたとしても、片腕片足を失う、といったことは滅多にない。身包み剝がされて死亡なら納得していたが。
「となると、襲われたウェイグを助けた奴がいるな。最初に思いつくのはあいつの恋人であるメ―シェルだ。ウェイグがセントラルに来なくなってから一度も見ていない。一緒に行動していた可能性が高い」
「それか……他の誰かが助けた、とか」
お世辞にもメ―シェルの戦闘能力は高いとは言えない。だとしたら誰かが彼を助けた可能性が高い。
では誰が。怪我の真相は何か。
「明日、私も一緒に行こう」
疑念が渦巻くテーブルに、レミィの凛とした声が響いた。
「ウェイグに会ってみたい」
レミィの脳裏に、唾を吐き捨てられた記憶がよみがえる。頭を振ってその雑念を消す。
「あまり気は進まないが、うちの元ガーディアンだ。顔は見ておきたい。それに」
「それに?」
「……助けた奴に、思い当たる節があるんだよ」
ゾディアックが疑問の声を上げる前に、レミィは伝票を手に取った。
★★★
『レミィちゃんが加わるんだな。了解』
アンバーシェルの画面が点滅し、ベルクートからの新しいメッセージが流れてくる。
『悪いな大将。ラビット・パイの連中に呼び出されて明日行けなくなっちまった。ラズィちゃんにも手伝ってもらうことになっててよ』
『気にしないでくれ。俺とフォックス、レミィとミカさんで行ってくる』
夜、ゾディアックはベッドの上でベルクートとメッセージのやり取りをしていた。
『わかった。ビオレお嬢ちゃんには、相手の正体を言ってないんだな?』
『ああ』
ビオレはウェイグにトラウマがある。さきほどの夕食中、フォックスが楽しげに商人の話をしていた時は冷や汗ものだったが、名前までは言わなかったので胸を撫で下ろした。
彼女とウェイグを会わせるわけにはいかない。雰囲気が変わっていたとはいえ最悪一触即発になる可能性だってある。
ゾディアック自身、ウェイグのことは未だに信用していない。
『了解。幸運を祈るぜ、大将』
『吉報を持ってくよ』
『店のことも考えておいてくれよ~』
『……はいはい』
ふぅと息をつき、アンバーシェルを顔の前からどける。天井を見つめながらレミィとの会話を思い出す。
「思い当たる節、か」
片腕を額の上に持っていき、小さく呟いた。
同時に。
「とう」
ぼふ、という音と共に、体に衝撃が走った。軽い重りが、体の上に乗せられた気分だ。
ゾディアックは視線だけを胸元に向ける。
「ふふふ~」
ニコニコとした笑顔のロゼがいた。いつもの赤黒いケーブやゴシックドレスは纏っておらず、肉体を強調するようなレースのネグリジェに身を包んでいた。
黒いネグリジェの布は薄く、目を凝らせば眩しさすら感じる肌色が目に飛び込んでくる。というより胸の谷間がいやでも目に飛び込んでくる。
顔に血が昇っていく感覚に襲われたゾディアックは視線を逸らす。
「あれ、どうして逃げるんですか」
「……じっと見つめちゃうだろ」
「ん? ずっと見つめてていいんですよ~。あなたのロゼなんですから」
ロゼは一度上体を上げ両手を広げると、覆い被さるようにゾディアックの首元に顔を埋める。
上質な絹を思わせる、金色の髪の毛が頬を撫でる。サラサラとした感触を味わいながら、甘い香りが鼻腔をくすぐる。体に柔らかい感触が伝わる。
「今日は甘えるね、ロゼ」
気を紛らわすように聞くとロゼが顔を上げる。
眼前に広がる顔は、ムッとした表情を浮かべていた。
「だって最近全然構ってくれないじゃないですか」
「そうかな? 一緒に寝ているし、料理も一緒にしているし、休日は傍にいるのに」
「むぅ~……そうなんですけどぉ」
ゾディアックの大きな手を取り、小さな両手で掴む。忙しなく動かし手の甲をつねったりし始める。
特に痛みはない。とても可愛らしい動作だ。モンスターを粉砕できる握力を保持しているとは、到底思えない。
「もっと、こう……濃厚と言いますか」
もごもごと口許を動かしていたロゼは、恥ずかしくなったのか再び顔を埋める。
「ゾディアック様ぁ」
「はい、なんでしょう」
「……誘ってんだから察してくださいよ……ばか」
口調が崩れてきたところでゾディアックはクツクツと笑った。
そして相手が何かを言う前に。ゾディアックはロゼの体を抱きしめて一回転がった。
ロゼに覆いかぶさる状態になり、相手の顔をまじまじと見つめる。月明かりに照らされる彼女は、宝石のように輝いて見えた。
「目が怖いですよ~ゾディアック様」
ロゼは恥ずかしそうに口許に手を当てた。
「誘ったのはそっちでしょ」
「どこ見ているんですかぁ」
「顔」
「と?」
「……」
ゾディアックの視線が一瞬下を見た。
「えっち」
「どっちが――」
ゾディアックが言い終わる前にロゼは八重歯を覗かせた。
直後我慢できないと言うように両腕をゾディアックの首に回し、己の方に引き寄せた。
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