第170話「廃屋と薄汚れた銀」
ゾディアックは開いた口が塞がらなかった。
目の前に座っているのはウェイグだ。顔が左半分しか見えていないが、力強い肉食獣を思わせる鋭い目元と金色の短髪は変わっていない。
『亜人如きが生意気な口きいてんじゃねぇ!!』
『このドラゴンの素材で、金は解決って話だ』
『おい、クソ亜人!! 根暗騎士!! いつかぜってぇ殺してやるからな!!』
脳裏に、かつてウェイグが放った罵詈雑言が蘇る。次いで怒りの表情と、あのすべてを見下したような高圧的な態度も。
ウェイグは昔、ビオレと初めて会合した時。彼女とゾディアックに心無い言葉と暴力的な態度を取っていた。ビオレの友人であるドラゴン、ラミエルを助けて欲しいという頼みを歯牙にもかけず、亜人という理由で殺そうとまでした男だ。
おまけにラミエルの素材や報酬まで横取りしようとした卑怯者でもある。俗に寄生職とも呼ばれている不名誉なレッテルを貼られ、セントラルを後にした元ガーディアン。
この国から出たと聞いたが、まさかまだサフィリアにいたとは思わなかった。
ゾディアックは警戒心を強めた。
「ミカさん」
言葉だけを後方に向ける。
「ここに連れてくるように、言われたのか? ウェイグに」
「へ?」
背後から戸惑うような声が聞こえた。
首に腕を回されていたフォックスは、視線を斜め上に向け、ミカを見る。さきほどまでの楽しげな色は消え失せ、困惑した表情を浮かべていた。
「え、えっと……お知り合いですかね?」
どうやらウェイグだということは知らないらしい。そしてゾディアックの関係も。
ゾディアックは座っているウェイグを睨みつけた。
「……何を、しているんだ。お前」
「見てわからないか? 魔法道具を作っているんだ。意外と楽しくてよ。俺にこんな才能が――」
「ふざけているのか?」
ゾディアックが凄むとウェイグは左手を上げた。黒ずんだ作業用のレザーグローブがゾディアックを制する。
「待てよ。最初に言っておくと、ここでお前と出会ったのはただの”偶然”だ」
「偶然だと」
「ああ。お前は俺の噂を聞きつけてここにやってきた、ただのガーディアンそして俺は目的の人物ってわけだ」
「……」
「今はしがない職人で、客の要望に応えて道具を作っている。それだけだ。理解したか?」
淡々とした口調で告げた。だがそれで警戒心が薄れるわけではなかった。
ゾディアックが口を開こうとしたところで、フォックスが声を出した。
「なぁ、師匠!」
「何だ」
「何だじゃねぇよ。なんかグダグダ言ってねぇでさ、さっさと目的の物作ってもらおうぜ」
事情を小指の甘皮ほども知らないフォックスの言葉に、ゾディアックは口を噤む。
確かに敵対心を露にしている様子はない。
ゾディアックが固まっていると、ウェイグが視線をフォックスに向けた。
「師匠? お前、弟子でも取ったのか?」
「……ああ。新しい仲間だ」
「また亜人を仲間にしているのか」
ウェイグの乾いた笑い声が木霊する。
それは決して小馬鹿にした笑い声ではなく、どこか懐かしさを噛み締めているようだった。
「ガネグ族か。柑橘系の匂いを発生させる商品が無くてよかったな。鼻がよく利く種族にとっては毒にしかならない」
ゾディアックは奇妙な生き物を見るように、眉間に皺を寄せた。
ウェイグとはこんな風にしゃべる男だったろうかと自問する。昔は横暴な態度と、亜人を毛嫌いしていた感性をしていた。だが今は、それらが想像できないほど物静かになっている。
ウェイグがゾディアックを見上げた。
「昔を懐かしむのはここまでにしよう。仕事の話だ。ここに来たからには何かが欲しいんだろ?」
「あ、ああ」
「作って欲しいものは決まっているか?」
「……翻訳機だ。異世界人が、こちらの言葉を理解できるようになる、翻訳機が欲しい」
「なんだそりゃ?」
再び乾いた笑い声が上がる。
「初めての依頼だ、そんなの。まぁいいか。異世界人ってことは魔力は?」
「皆無だ」
「言葉が通じ合うようにすればいいんだな?」
「ああ」
「言語はこの大陸の公用語でいいな。機能の追加、形のリクエストはあるか?」
「とくには、ない」
「期日は」
「……明確なものはない。なるべく早く、とだけ」
ウェイグは視線を切って左手を机に乗せる。
「なら性別年齢関係ない首からかけるタイプでいいな。一応聞くが耳はあるよな。イヤホン型かヘッドフォン型にしてみるか」
再びゾディアックを見上げる。
「作業に取り掛かる。その前に注意だ。完成には3日貰う。その前に、そうだな。明日一度来てくれ。デザインと機能を確かめてもらう。その時点で気に入らないはすぐに言ってほしい」
「わ、わかった」
「完成したら料金と交換だ。まぁお前のことだから力尽くで奪うことはないだろうが、泥棒行為はやめてくれよ? 俺が言うなって話だけどな」
冗談めいた事を言って、ウェイグはカラカラと笑った。
ゾディアックは微塵も表情を緩めない。まだ信用していたわけではなかった。
「警戒すんなよ。今の生活、気に入ってるから。壊そうなんて思ってねぇ」
そう言って、ウェイグは右手を机に乗せた。
ゾディアックの目が見開かれる。
「”こんな体たらく”で、お前に復讐なんて自殺行為だからな」
ウェイグの右手、というより右腕には、青みがかった銀色の篭手が嵌められていた。
それがただの防具出ないことは一瞬で理解できた。恐らく機能は、日常生活や仕事を補う”義手”の役割を担うものだ。
「ウェイグ……いったいどうしてそんな……」
「暇な時が会ったら、話そうぜ。その時は、俺の恋人も一緒に行くよ」
「メ―シェルか? 生きているのか」
「……俺と一緒に逃げたから苦労はしたが、”一応”な」
含みのある言い方だった。だが、それ以上聞く気にはなれなかった。
「なぁなぁオッチャン」
混乱していたゾディアックの隣から、フォックスがぴょこんと顔を出した。
「リクエストした奴、全部作れるの?」
「ああ。大抵作れるぞ」
「マジかよ! すっげぇ~! 今度俺にも作ってよ!」
「ああ。ただ武器系の物は時間も料金もかかるぞ」
「りょうかいりょうかい! また今度来るわ!」
声を弾ませるフォックスに対し、ウェイグは微笑みを浮かべていた。
何とも言えない気持ちになったゾディアックはフォックスの頭に手を置く。
「……明日また来る」
「おう。じゃあな」
そう言って、ウェイグは作業に取り掛かるように、机の下から工具を取り出し始めた。
机の下に隠れていた足が、片方しかなかったのが見えた。
★★★
「大将!!」
店の外に出るとベルクートとラズィ、そしてロバートが見えた。
ゾディアックは小さく手を挙げた。
「もう中の奴と会ったのか?」
「ああ」
「マジでウェイグだったか?」
「……マジだ」
ゾディアックの視線がロバートに向けられる。
「何があったんだ、あいつに」
「それは本人の口からきいてください。ペラペラ喋ったら情報屋の名折れなので」
ゾディアックは口を結んだ。
「何か問題があったのですか~?」
「あとで話す。とりあえず翻訳機は作ってもらうことになった」
「あら~」
ラズィは下顎に指を当てた。
「まぁ~争いごとにならずに解決しているのなら、言うことはないですねぇ~」
「そうだな。とりあえず今はただの商人ってことか。ただしっかりと裏は調べておかねぇとな」
胸を撫で下ろす二人に対し、ゾディアックは素直に喜べないまま、ウェイグの店を見た。
塗装が剥げた廃屋のような店。それはウェイグの姿を象徴しているようだった。
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