第169話「昔話・敵の声」
「しっかりと経営しているつもりなんだけどなぁ」
ベルクートは手に持った紙を見ながら呟いた。
人がごった返している通りだが、隣を歩いているラズィの耳には届いていたらしい。とんがり帽子の鍔を持ちながら視線をベルクートが持つ紙に向ける。セントラルへ向かう途中、合流した時から持っていた紙だ。
「何ですか~? それ」
「勧告書。ラビット・パイからの」
「内容は?」
「銃器類の販売をこちらが認めるには、それなりの金額と経営方針を見せなさいよ、って内容」
ラズィはクスリと笑った。
「それは厳しいですねぇ~」
「とりあえず先立つものが無いとダメだなぁ。やっぱり大将が菓子作りを本格的にやってくれれば」
「仮にやっても長続きしないでしょう~? 一度はそれなりに注目を集めるでしょうが、リピート率は低そうですー」
ベルクートの肩が下がる。「だよなぁ」と消え入るような声が漏れたところでセントラルが見えてきた。
二人は中に入り、辺りを見回す。ゾディアックの姿はなかった。いつも座っている隅の席にもビオレやフォックスは座っていなかった。
ラズィがアンバーシェルを取り出しシノミリアでグループを確認する。ゾディアックをリーダーにしたパーティメンバーが入っている。
ビオレ、ベルクート、フォックス、そしてラズィ。
自分自身の名前がここに入っていることを嬉しく思いながら、メッセージを入力し送信した。
『ゾディアックさん、今どちらですか?』
『外。東地区に近づいている』
『例のキャラバンの情報が手に入ったからそこに向かっている』
ゾディアックに続いてフォックスが答えた。
「東地区ですって~」
「城門近くか。俺らも行くか」
「その前にレミィさんですよー。彼女も一緒に行くというかもしれません」
ベルクートは頷きを返した。二人の足が受付カウンターに向かう。周囲から上がる声を無視し、ガーディアンを避けながらカウンターまでやってくる。
「いらっしゃいませ! ベルクート様、ラズィ・キルベル様」
緑髪をショートカットにした女性が元気よく声を出した。人間で、まだ若い。10代だろうか。
初めて対応された相手にベルクートは小さく手を挙げた。
「よう、お嬢さん。初めて見る顔だな」
「はい! 一昨日から受付嬢を担当するようになりました、プセルと申します! よろしくお願いします」
「新米さんか」
「元々は裏方担当でして。任務書の選定のお手伝いばかり行っておりました」
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべていたプセルはベルクートとラズィを見比べる。
「今日はどういった任務をお受けになりますか?」
「ああ、悪い。ある意味任務なんだが、プセルちゃんが担当だとちょっと処理できないやつなんだ。レミィちゃんはいるかい?」
プセルは詫びる気持ちを示すかの如く、眉間に皺を寄せた。
「申し訳ございません。レミィ先ぱ――レミィ・カトレットは本日体調不良で不在となっておりまして」
「体調不良? そうか」
ベルクートは頬を掻いた。先日は元気そうにしていたが、ここ最近の疲れが出たのだろうと思った。
セントラルの受付は、そこらの店や大衆酒場の店員とは比べ物にならないほどストレスが溜まる仕事である。対応する客が屈強な、一癖も二癖もあるガーディアンばかりだからだ。ストレスを発散できず、体調を崩し辞めてしまった受付を、ベルクートは数多く見てきた覚えがある。
おまけにレミィは”半分”とはいえ亜人である。
「そら体調も崩すわな。しょうがない。プセルちゃんの方からよろしく伝えておいてくれ。「今度は依頼の品を持って来るから、確認よろしく」って」
「かしこまりました!」
プセルが頭を下げるのを見て、二人は踵を返した。
「というわけだ。俺たちだけで行こうぜラズィちゃん」
「そうですね~。ビオレも今日は別パーティと行動するらしいですし~」
シノミリアのメッセージを確認しながらセントラルを出ようとした。
「お待ちください」
その時背後から声がかかった。振り向くと、青髪の槍術士、ロバートがいた。
情報屋として働いている彼は、シルバーフレームのスクエア型眼鏡の位置を正しながら、ベルクートを見ていた。
「何か用か、兄ちゃん。言っておくがお宅の出番はないぜ? 俺らの知りたい情報は既に持っているからよ」
「存じております。魔法道具製作店についてですよね。頼めばなんでも作ってくれるという噂の」
「話が早いね。それで、何で呼び止めた?」
「端的に言いましょう。その店には行かないでください」
ベルクートが目を細めた。ラズィが警戒心を露にする。
「どういうことでしょうか~?」
「その店自体が危険なわけではないのです。店主とあなた達とを会わせたくない。私の個人的な意見を申しているだけですが、聞いて欲しいのです」
「よくわからねぇな。”あなた達”ってのはゾディアックも含まれているのか?」
「左様です」
「もうゾディアックさんは向かっているみたいですよ~?」
「それも把握済みです。ですがベルクートさんとラズィさんが行くと更に場が乱れる恐れがあると言いますか」
歯切れの悪い相手を見ながら、ベルクートは髪を掻いた。
「どういうことなんだよ」
「……その店の店主は」
ロバートが名を告げた。それを聞いて二人は一瞬顔を驚きに染める。
「それは確かに止めたがりますねぇ。どうします?」
「それが本当なら、なおさら向かわねぇとな」
顎をさすりながらベルクートがいうと、観念したようにロバートはため息を吐いた。
「同行します。万が一の場合、私だったら仲を取り持つこともできると思いますので」
「そりゃ有難い。ただ金は払わねぇぞ?」
ロバートは目を丸くし、次いで破顔した。
「忘れてましたよ。今回は特別に無料ということにしておきます」
★★★
灰色の壁に沿うように道を歩いていると、掘っ立て小屋のような建物と淡い光が見えてきた。
「あの店ですよ!」
ミカがはしゃぐように声を上げ、指を差す。隣で腕を掴まれているフォックスはうんざりしたような表情でそちらを見た。
「うわぁ、何だあの怪しさ全開の店」
周囲に露店などなく、それどころか店や民家もない。廃屋や空き家はあるが人の気配はなかった。ここに客など訪れるわけがないだろという立地にフォックスは苦笑いした。
「おまけにこれで”移動”してんだろ? ソッコウ潰れんな」
「そこがいいんでしょぉ。隠れた名店みたいな感じで」
二人より前を歩いていたゾディアックはまっすぐ店に近づく。
看板すらなかった。というより、人の気配がない。
辛うじて、経営していることを示すようにランタンが灯っているだけだった。
不気味な小屋のような店の扉を叩こうと腕を上げる。
「入ってくれ」
扉の先から声が聞こえた。どこか聞いたことのあるような声だったが、思い出せない。
ゾディアックは訝しみながら扉を開ける。
小屋の中は薄暗かった。ただ、辺りには大量の魔法道具が飾られており、おまけのその完成度の高さは一目見ればわかるほどの代物だった。
思わず感嘆の声を挙げそうになりながら目の前を見ると、一人の男が作業台の椅子に座っていた。作業台には部品や工具が散りばめられている。
そしてその男の姿を見た瞬間、ゾディアックは息を吞んだ。
「……ウェイグ?」
「……よう、ゾディアック」
”顔半分が包帯に巻かれている”という、痛々しい姿で。
かつてゾディアックと争ったガーディアンであるウェイグが、そこにはいた。
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次回の投稿は2/2(火)12:30です!!
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