第168話「情報操る影ふたつ」
空が白んできた。サフィリアは今日も晴れるらしい。
庭にいたゾディアックは、昇ってくる朝日に照らされる。伸びていく影を数秒見つめ、視線を前に向けると大剣を振り被る。
庭で大剣を素振りするのは、ゾディアックの朝の日課だった。任務があろうとなかろうと、雨が降っていようと、このルーチンだけはこなし続けている。
「おはようございます~」
寝ぼけ眼を擦りながら、ロゼが縁側に姿を見せた。
眠そうに欠伸を繰り返す。吸血鬼であるせいか、朝方に起きるというのはやはりどうしても慣れない。
「おはよう」
ゾディアックは振り向かずに挨拶を終え、剣を振り続ける。
ロゼは欠伸を噛み殺し、その姿を見つめた。漆黒の大剣は魔力を纏っていない。つまり、剣の重量は見た目通りの重さになっている。自身の身の丈ほどある剣を、ゾディアックは左腕一本で、体を動かしながら振り続けていた。
一挙一動するごとに、鍛え上げられたゾディアックの筋肉が隆起するのが見て取れる。シャツ一枚しか羽織っていないため、それがありありと把握できた。
「ふふ」
「どうした?」
いったん剣を肩に担ぎ、ゾディアックは視線を向けた。ロゼが口許に拳を当てて微笑んでいるのが見えた。
「いえ、相変わらずカッコいいなぁって思いまして」
「そうかな?」
「はい。素敵です。というよりエッチです」
「えっ……ち……?」
ゾディアックは困惑した表情を浮かべ体ごとロゼの方を向く。
「何言ってるの」
「ふふふ~。とっても好みですよ、って話です」
「なんだそりゃ」
理解することを放棄したように首を傾げ、再びゾディアックは背を向けた。
いつまでも眺めているわけにはいかない。朝の準備をしようと思った時。
「おはよう、ロゼ」
「ういっす」
ビオレとフォックスが隣に姿を見せた。かと思うとベランダに行き、ゾディアックに近づく。二人とも着替えており武器を持っていた。と言っても、ビオレは弓と矢尻が木製の訓練用の弓を持っており、フォックスは木剣を携えていた。
「師匠。剣の稽古してよ」
「いいぞ。無手でいいか?」
「もちろん。まずは無手の状態のあんたを叩っ切らないとな!」
ゾディアックは鼻で笑い、剣を地面に突き刺す。庭が荒れてしまうが、魔法で戻せばいいかとロゼは思った。
ビオレが相対するふたりにため息をこぼした。
「フォックス~。前みたいに負けて泣かないでよ」
「うるせぇ! 泣いたことねぇっつうの!」
「マスター。けちょんけちょんにしてやって」
「そのつもりだ」
「言ってろ!! 行くぞ師匠!!」
気合の雄叫びを上げ突進するフォックスを投げ飛ばすゾディアック。間抜けな悲鳴が木霊する。ビオレはそれを見て大笑いした。
「平和ですねぇ」
まるで家族がじゃれているような光景に、ロゼは柔らかな笑みを浮かべた。
★★★
「くっそ~。また無傷かよ」
「泣かないでよフォックス」
「泣いてねぇよ!!」
傷を癒し、風呂に入り、身を綺麗にした3人はソファに座っていた。すでに朝食を終え、キッチンから洗い物をする音が聞こえてくる。
「ビオレ、聞いていいか?」
「ん? なに、マスター」
フォックスとじゃれていたビオレは目を丸くしてゾディアックに視線を向けた。
「昨日話していた生活魔法用具を扱っている商人の話なんだが、今どこにいるとかはわかるか?」
「ん~、本当に国の中を転々と移動しているみたいだからわからないかも。ちょっと前にカルミンが実際にあって物を作ってもらったから、カルミンに聞いてみるのもありかも」
「そうか」
正直あの娘と会いたくはなかった。ラルムバートの令嬢だからだ。先日の異世界人との戦い。あの一件で、兵士を統括している指揮官エイデン・ラルムバートとガーディアンの間ではひと悶着あった。溝が深まっていることはないが、好意的に見られることもないだろう。
カルミンがエイデン側であるかどうかはさておき、関わることで無用な騒ぎが起きることは勘弁したかった。これ以上軋轢が生まれたら、エミーリォの胃が死んでしまう。
「それか、ミカでもいいかも。2回も会ってるらしいし」
「なるほど」
聞くとしたらそっちだと決めたゾディアックは立ち上がる。フォックスがその姿を目で追った。
「セントラル行くの?」
「ああ。来るか? フォックス」
「もちろん! ビオレは?」
「買い物あるからちょっと遅れていく。別パーティーさんとダンジョン探索する予定だし、時間もまだ余裕があるからね」
「あっそ」
会話する二人を尻目に、まずは情報収集だな、と小さく呟いたゾディアックは、装備が眠る部屋へと向かった。
「――ふむ」
洗い物を終えたロゼは、気付かれないようにゾディアックを見ていた。
★★★
セントラルに行くと、目的の人物はすぐに見つかった。盗賊の装いに身を包み、フードコーナーの前に立ち、アンバーシェルを見ながらコップを傾けていた。
「おい、ミカさん」
フォックスが大声を上げて呼びかける。ミカは視線を上げ、フォックスを捉える。
「あ~! フォックスくん!!」
小走りで駆け寄るとミカはフォックスを抱きしめた。低身長であるフォックスはミカの胸に顔を埋める形になる。
「ぶえっ!? ちょ、まっ」
甘い香りと柔らかな感触に、フォックスの思考が一瞬停止した。そんな彼の頭をミカは間髪入れず撫で始める。
「ん~、相変わらずフサフサだねぇ。よしよし。どうしたのぉ?」
「いや、あの、まず離してくれよ!」
「お話したいの~?」
身をよじりながら頭を撫で続けている。フォックスはされるがままだった。
「ち、ちが、胸! 胸が!!」
「お? いいよぉ別にぃ。減るもんじゃないしぃ」
「そういう問題じゃねぇええ!!」
叫んでも特に状況は変わらなかった。ゾディアックは仲がいいなと思いながら、ミカに声をかけた。
「少しいいか?」
「ああ、ゾディアックさん。おはようございますぅ」
「おはよう」
「それで、私にご用ですかぁ?」
「ちょ、あの、離して……ぐるじぃ……」
「ビオレから聞いているかもしれないが、国内を移動している商人について聞きたい」
ミカは得心したような声を出した。
「場所のことを聞きたいんでしたっけぇ?」
「ああ。心当たりはあるか?」
「ふふふ~。私の情報網を舐めてもらっちゃ困りますよゾディアックさん」
キラン、とミカの目尻が光ったような気がした。
「実は昨日、仲間内で情報を交わしていたんですよぉ。そしたらたまたま見つかったらしくって」
「どこにいるんだ?」
「東地区の城壁近くですぅ。ここからだと距離があると思いますよぉ。潰れたばかりのファッションセンターが目印だって友達は言ってましたぁ」
やはりこういった時、仲間内の情報交換は助かる。ロバートのような情報屋だったら多額の金銭を要求されていただろう。
「ありがとう。お礼は――」
「あ、一緒について行っていいですかぁ? 私も作ってもらいたい物があるのでぇ」
「わかった」
「やった~! フォックスくん、よろしくねぇ」
「ぐえぇ!! 息が、息が……!!」
フォックスがミカの腕を軽く叩いているが、彼女は離そうとしなかった。
ゾディアックは仲がいい二人から、視線を受付に向けた。複数あるカウンターでは忙しなく受付嬢たちが動いている。
そこに、レミィの姿はなかった。
ここ最近はずっと受付にいたためぽっかりと穴が空いているように思える。気にはなったが、体調が悪いのかそれとも用事で出ているだけだろうと、ゾディアックは結論付け視線を切った。
★★★
「……微かにしか聞こえませんでしたが、恐らくそちらに向かうかと……わかりました。止めはしませんよ。……ええ。他のメンバーも見つけたら教えます。あ、一応忠告として、争いごとは避けた方が……わかっているならいいです。それでは」
通話を切りアンバーシェルをポケットに入れる。
ため息をひとつ吐く。穏便に済めばいいが、何が引き金になるかはわからない。優先すべきはゾディアックのパーティーメンバーを見つけることだった。
男は周囲に気を配りながら物陰から姿を見せ、セントラル内にごった返しているガーディアンの群れに飛び込んだ。
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