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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
172/264

第167話「虚か現か、仮初か真実か」

 放送から80分が経過し、予定していた終了時刻間近となった。

 歌とダンス計12曲を披露、合間にトーク。放送時間、内容共に充分だろう。

 もう”この姿”ではいられなくなる。名残惜しいが、これ以上は無理だった。


『みんなー! 楽しんでくれましたかー!』


 カメラに向かって呼びかけ手を振ると、映像確認用のモニターに、コメントが一気になだれ込んでくる。”投げ銭”を行ったユーザー名も一緒に流れる。”投げ銭”を行うとひと際大きいサイズの色文字が流れていくため、滅多に見逃さない。

 しかし、大量のコメントが尋常でないスピードで上から下に流れてしまう。最終的に100万人近い人が集まってしまったため、自慢の動体視力でも、すべての文章を見ることは叶わなかった。

 生放送でこの数字は快挙と言わざるを得ない。とりあえず盛り上がってくれたようで、胸を撫で下ろす。


 次いで通知音が鳴り響いた。「アンヘルちゃん」のクラブにユーザーが入会する度に、この音が鳴る。

 笑みを浮かべ、最後の言葉を吐き出す。


『名残惜しいですが、今日の放送はこれで終わりですー!』


 落胆を示すコメントとアンコールのコメントがが流れ始める。放送終了間際は毎回こうだ。ある意味”テンプレ”と化してしまっている。


『アンコールに答えられないって~。今日はもう疲れちゃったよー』


 だが答えることはできない。変身魔法(ペルフィディア)は時間が経てば経つほど魔力(ヴェーナ)の消耗が激しくなる。

 このままでは枯渇してしまい、明日の業務に支障をきたしてしまう。


『それじゃあ、また会いましょう~! 次の歌放送は来週あたりにやりますー! ありがとうございました~! ばいばい』


 生放送中に正体を明かしてしまうという失態は避けたかったため、早く放送を終わらせたかった。別れの挨拶を終え手を振りながら、素早く配信停止ボタンを押す。画面が徐々に暗くなっていき、ついに見えなくなると同時に、放送終了を告げる音楽が流れた。

 これで「アンヘルちゃん」でいる必要もなくなった。モニターの映像を確認すると、しっかり暗転し、放送は終了していた。コメントは流れているが、画面右上にリアルタイムで集計している視聴者数が、徐々に減っていた。




 それを確認すると、レミィ・カトレットは大きく息を吐き出しながら、変身魔法(ペルフィディア)を解除した。




★★★




 ライトもない。大きなステージもない。

 煌びやかな風景は、もう広がっていない。


 入れ替わるように現れたのは、いつもの自分の部屋だ。女っ気の欠片もないシンプルな部屋。地味な机に箪笥(たんす)、祖父から譲り受けた木製の本棚に簡素なベッド。それ以外、これといった特徴的な物はない。

 強いて言うならクローゼットの中に特別な物が眠っているが、滅多に出すことはない。


 広い部屋であり、物が少ないせいで無駄にスペースが余っている。ただ、そのスペースはわざと余らせているのだ。

 おかげで、歌いながらダンスを行うことができている。


「はぁ、あっつ。疲れたぁ」


 タンクトップにデニムショートパンツという出で立ちのレミィは、床に座ってあぐらをかくと、襟元をパタパタと動かした。

 今日も大盛況だった。レミィはふっと笑い、大の字になる。


「やっば。歌詞ミスったかも。いやでも、ダンスはミスってなかったからいいかなぁ」


 放送を終えた後、ひとりで反省会を行うのはレミィの癖だった。次はもっと上手く歌って、上手く踊る。そう強く思いながら行うことで、反省を活かすことができる。

 レミィはそう思うと、目を閉じた。


 ユタ・ハウエルで「アンヘルちゃん」として放送を行い始めてひと月近く。視聴者の数は放送初日から増え続け、今ではファンクラブの会員数は300万人を突破していた。

 こんな自分でも、誰かを笑顔にすることができる。それはとても幸せなことだった。

 同時に、悲しく、そして不安もあった。


「獣人だってバラしたら、どうなるかな……」


 小さく呟くと、レミィは頭を振った。

 視聴者は小柄な天使のような美少女、「アンヘルちゃん」を見に来ている。断じて亜人(シャーレロス)を見に来ているわけではない。

 大半の視聴者は変身魔法(ペルフィディア)を使っていることすら気づかないだろう。レミィは自分の魔法に自信があった。だがこれだけの視聴者がいたら、1割にはバレていても不思議ではない。


 それでも「アンヘルちゃん」であり続けなければならない。視聴者は、仮初(かりそめ)の私を見に来ているのだから。


 体力と魔力(ヴェーナ)の消耗が激しいせいか、途轍もない疲労感が押し寄せてくる。だが、自分の正体がバレることに比べれば、このくらい軽いものだ。

 獣人と周知されたら、もう、この趣味も続けられなくなる。それだけは避けたかった。


 ガーディアンになれなかった自分が、唯一見つけた生き甲斐なのだから。


 レミィは目を開けると起き上がり、機材を片付け始める。

 その時、部屋の扉がノックされた。


「はい?」

「おーう、レミィ。ワシ。ワシじゃ」


 しゃがれた声が扉の先から聞こえた。


「どちら様でしょうかー。部屋間違えてませんかー」

「アホウ。まだボケとらんわい」

「ごめんって。今開けるよ、おじいちゃん」


 レミィは機材を適当に置き、扉を開ける。

 真円型のサングラスをかけたエミーリォが笑みを浮かべていた。


「どったんばったん音がしたぞ?」

「ああ、トレーニング中だったの」

「ほう。歌いながらか」 

「うぐっ」


 変な声が出た。レミィはふんと鼻を鳴らす。


「別にいいでしょ。それより、なんの用?」


 どうせ軽口を叩いた後明日の業務について喋るのだろうと、レミィは思っていた。

 だがエミーリォから言葉は出てこなかった。


「おじいちゃん?」


 不審に思い、眉根を寄せる。エミーリォは少し逡巡(しゅんじゅん)しているようだったが、サングラスの位置を直すと静かに言った。


「明日から受付には立たなくていい」

「……え?」


 意味がわからず、レミィは目を丸くする。


「どういうこと?」

「クーロンが来おったわ」


 その名が届いた瞬間、レミィの口から驚きの声が上がった。


「クーロンが!? なんで!? だってあいつは納得してスサトミに残ったはず」

「どういう理由かはわからんが、少なくともクーロンが”お礼参り”をするためにここに来た、というわけではないらしい」

「どういうこと?」

「あいつは護衛として海を渡っておる」

「誰の護衛で」

「ヨシノじゃ」


 レミィは舌打ちした。頭の中に、あの美麗な横顔が思い浮かんでくるようだった。


「となると狙いは”あれ”か」

「いや、ヨシノは要人じゃ。このままギルバニアに向かうつもりらしい。あれでも一応はお姫様じゃからな、少しは丸くなったのやもしれん」


 レミィは鼻で笑った。


「あのアマがそんな殊勝な態度取るかよ」


 小馬鹿にしたように言ったが、考えを投げ出そうとはしなかった。エミーリォの話が本当だとしたら、ここに自分がいることは知らないのではないか。それに、亜人街に”あの子”がいることも。

 シャープな顎のラインを撫でながらレミィは伏し目がちになる。となると部屋にこもっていた方がいい。わざわざ外に出ても、場が荒れるだけだ。


「ただワシは出るぞ。あの者たちが緊急任務を出したのは、このセントラルの管理者がワシだと知っておるからだ。しかも最悪なことにゾディアックとも知り合っている。騙すことはできんじゃろ」


 しばし沈黙した後、レミィが顔を上げた。


「わかった。明日は亜人街に行ってくる。この事を”あの子”に一応伝えておかないと」

「それがいいじゃろ。レミィ」

「なに?」

「一緒に持って行けよ。お前の宝物を。ヨシノもクーロンも(さと)い。無理やり踏み込むことはしないじゃろうが」

「わかってるよ」


 エミーリォが頷く。


「それじゃあ、また明日の。レミィ。今日は寝なさい。魔力(ヴェーナ)がぐらついている」

「うん、ありがとう。おじいちゃん。おやすみなさい」


 挨拶を終えるとエミーリォが視線を切って廊下を歩いていく。背中が見えなくなったところでレミィは扉を閉め、クローゼットへ向かった。

 ――もし私の存在がバレたら、連中は”これ”を狙ってくるだろう。


 レミィがクローゼットを開ける。中には服など一着も存在せず、ただ一つだけ、武器が鎮座していた。


(あらし)」。漆黒の鞘に老竹色(おいたけいろ)柄巻(つかまき)が特徴的な刀。

 スサトミ大陸では「虚現刀(きょげんとう)」という別名で呼ばれていた、レミィの愛刀。




 昔、ヨシノと真剣での決闘を経て手に入れた物。




 最近になって、この武器を手に取る機会が多くなった。セントラルで働く時にもう二度とこの刀を握ることはないと思っていたのに。

 レミィはため息を押し殺し、手入れをするために「嵐」に手を伸ばした。



お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いします〜!

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