第165話「宅飲み甘味依頼」
キッチンから肉が焼ける音が聞こえてくる。ニンニクと肉の香りが鼻腔をくすぐる。
ベルクートは目を閉じてわざとらしく鼻から息を吸うと、香りを堪能するように頭を振った。
「いい匂いだぁ……赤ワイン買っといてよかった」
「肉には赤、ですよね!」
皿を持って来たロゼがニッコリと答える。
キッチンで肉を焼いていたゾディアックは焼き具合を確認しながら、リビングに視線を向ける。
「今日ってアンヘルちゃん歌うんだっけ?」
「そうだよ~。最近頻度多いよね。いいことでもあったのかな?」
ビオレとフォックスはソファに座りながらヴィレオンを見ている。隣同士で座っているのを見ると兄妹のようだ。
「ゾディアックさん、お肉、いい具合じゃないですか?」
他の料理をさらに盛り付けていたラズィがフライパンに視線を向けた。
「たしかベルさんはミディアム・レアでしたよね」
「ああ……ちょっと焼き過ぎたかも?」
肉をさらに盛ってナイフで切る。綺麗な赤が姿を見せ肉汁が皿を濡らしていく。
どうやら焼き具合はバッチリらしい。
「おお~、美味しそうです~」
ラズィは弾んだ声を出した。
飲み会を行おうと言ったのはベルクートだった。相談事がてら親睦会を行うのが目的だと言ってゾディアックたちを誘った。
最初は酒場でいいかと思ったが、ロゼに連絡をすると「家で行ったらいいじゃないですか!」と言ったため、ゾディアック家で飲み会が開催されることとなった。
家で仲間と酒盛りをするのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。ロゼが嫌っていないのであれば、いわゆる「宅飲み」で毎回いいではないかとゾディアックは思っていた。外食は、あまり好きではない。
「できましたよ~!」
皿を持ったラズィが声をかけると、ビオレとフォックスが返事をしてテーブルに近づく。
「皆さん何飲みますか?」
「とりあえずビールかなぁ。ラズィちゃんは?」
「同じもので」
「はい! 俺も」
手を上げたフォックスに、ベルクートは怪訝な目を向ける。
「なんだよガキンチョ。お前飲めるのか?」
「馬鹿にしてんのか。酒が飲めなきゃガーディアンやっていけねっつうの」
「ほ~。だってよ大将」
ベルクートがニヤケ面で見てきたため、ゾディアックは視線を逸らした。
「ビオレはどうしますか?」
「ん~、ワインがいいな。いい? ロゼ」
「もちろん! 私も飲みます。ゾディアック様は?」
「お茶で」
申し訳なさそうにゾディアックは進言した。
料理を並べていき全員に飲み物を配り終えたところで、ベルクートがわざとらしく席をして立ち上がった。
「え~。皆様お集まりいただき、ありがとうございます。僭越ながら私が、乾杯の音頭をと」
「はいカンパ~イ!!」
ラズィが明るい声を上げグラスを高く掲げると、全員が続くように乾杯の声を上げた。ベルクートは何も言わず、笑顔のまま座った。
賑やかな夕食が始まり、料理に舌鼓を打ちながら会話に花が咲き始める。
「ベルクートさん、ラズィさん、ありがとうございます!」
「ん? 何がだ?」
ワイングラスを傾けていたベルクートは横目でビオレを見る。ラズィはサラダをフォックスの皿に乗せながら視線だけ向けた。
「魔法です! 威力も範囲も充分でした!」
「お~! よかったです~」
「やるねぇ、お嬢ちゃん。努力の甲斐はあったな」
ビオレは照れくさそうに頬を掻いた。
魔法を教わりたいとビオレが言った時、最初はゾディアックが教えていた。しかし、ゾディアックの”魔法構築”は複雑すぎた。
魔法はまず術者が魔法陣を作成し、大気中に漂う魔力結晶と体内の魔力を魔法陣上で融合させ、発動するのが基本的な流れとなっている。その魔法陣の生成は、術者の知識量、魔力が直接関係する。
つまり理解度が深くないと複雑な魔法を構築できず、いくら陣の完成度が高くても魔力がないと魔法発動することができない。
ゆえに、最強のガーディアンであるゾディアックとの相性は最悪であった。実力差がありすぎたせいで、懇切丁寧に仕組みを教わっても上手く魔法が使えなかった。
次いでロゼに頼んでみたが――
「こう! ズアァッと魔力を練ったら、ズバッと出してシュババァっと!!」
という意味不明な指導だったため断った。魔法云々はわからなかったが、ロゼは感覚的に魔法を使う、天才肌の女性であったことは理解できた。
そして白羽の矢が立ったのが、ベルクートとラズィだった。
ベルクートは元々偉大な魔法使いであるため、ビオレに合わせた陣の生成を手伝うなど朝飯前。ラズィは正体を偽っている魔術師であり、偽るだけの実力を持っているため、指導も具体的なものだった。
ゆえに、今日の任務で使った天の涙の完成度は満足のいくものだった。
「緊急任務で上手く活用できて、私も嬉しいです~」
「はい! ありがとうございます」
「そういえば緊急だったな。どんな内容だったんだ?」
肉を噛んでいたゾディアックは、皿にナイフとフォークを置いた。
「他大陸の使者を護衛すること」
口元をティッシュで拭う。ベルクートは片眉を上げた。
「他大陸?」
「スサトミ大陸からきた人だ」
「要人ってことか? 護衛は」
「ひとり。オーグだけ」
「なんだそりゃ」
ベルクートは肩をすくめた。
話を聞いていたラズィが頬に手を当てる。
「護衛がひとりですか?」
「オーグ族だった。体が大きくて、多分だけど、強い。」
「それでガーディアン頼ってちゃ世話ねぇな」
カラカラと笑って酒を飲むベルクートとは対照的に、ラズィは真剣な眼差しだった。
「どういうことなんでしょうか~?」
「あと、そのオーグ族は、「姫様」って呼んでいた」
「マジ!? じゃあさ、俺らが今日守ったのって、異国のお姫様ってこと!?」
フォックスが興奮した様子で聞いた。ゾディアックが頷きを返すとより一層顔を明るくした。
「何がそんなに嬉しいの、フォックス」
「バッカかよビオレ! 異国の姫を助けるなんて漫画みてぇじゃん!!」
「……たしかに。ちょっとワクワクするフレーズかも」
子供ふたりはそこから話題を広げていった。やれドラゴンがどう、城がどうだと言い始める。
「報酬を貰うことになっているからまた会う機会はあるだろう」
「なら俺もついてく!」
「私も!!」
「ちなみにさ!? 美人だった!?」
「……ああ」
「ほらぁ! やっぱりお姫様ってのは美人か可愛くないとなれねぇんだって!」
その時、ロゼがワインを吹き出しそうになった。心なしか、表情が引きつっているようだ。
「ところでベルクートたちは? なんか相談があったんじゃないのか?」
「ああ、そうだった。忘れてた」
ベルクートはワイングラスを置く。
「お前さ、異世界人と会話できるか?」
「……試してみないとわからない」
「この前北地区で銃持って暴れていた連中とは違うぞ。魔力がない。すっからかんだ。俺もラズィちゃんも話せなかった」
「なぁ、その異世界人って」
フォックスの視線がベルクートとラズィに向けられる。恐らく自分が見つけた者ではないかという疑念に満ちた目だ。
ベルクートが頷きを返す。
「目ぇ覚めたんだ」
「ああ。だが会話ができない。身柄預かっているレミィちゃんが困っててな」
「……一度会ってみようか」
「頼むわ」
ゾディアックはコップを手に持つ。明日の予定は決まったようだ。
茶を飲み干して食事を再開しようとすると、ベルクートが「あっ!」と声を出した。
「ビックリした!! どうしたのベルクートさん」
「ああ、いや悪い悪い。別の相談もあったことを思い出してよ」
驚きの表情を浮かべるビオレに平謝りしながら、ゾディアックに顔を向ける。
怪しげな笑みを浮かべていた。
「……なに?」
「そんな訝しむなよゾディアック。以前にも話していたことだ。忘れたとは言わせねぇぞ」
首を傾げるとベルクートは顎でキッチンを差した。
「菓子屋。店開こうぜって話!」
「……あ~……」
フォックスとロゼ以外が、気のない返事をした。
「菓子屋って、あれか」
「わぁっ」
フォックスは得心したように頷き、ロゼは目をぱっと見開き、期待感を抱いたような表情を浮かべた。
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