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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
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第164話「天涙濡らす狼人白姫」

『終わった! 敵影無し!! そっちに合流する』

「わかった」


 フォックスとの通信を終えるとゾディアックはアンバーシェルをしまい、後ろにいるキャラバンに視線を向ける。


「終わった。あとはサフィリアに向かうだけだ」


 言い終えると、荷台から覗いていた乗客たちが安堵の表情を浮かべ、歓喜の声が上がる。


「もう敵は襲ってこないのか?」


 馬車近くにいたキャラバンの女性が聞いた。

 ゾディアックは頷きを返す。


「群れを退けたからな」


 醜悪獣(コボルト)は決して知能がないモンスターではない。むしろ、他のモンスターと比べると賢い方である。単独では行動せず、必ず群れとなって行動する。無駄な戦闘は避けて狩れる敵だけ狩るといった合理的な思考のもと動いている。

 そして醜悪獣(コボルト)が群れをなす場所は、大抵他のモンスターが少ない。

 つまり群れを撃退したということは、この山に醜悪獣(コボルト)がいなくなったことを意味する。もしいたとしても大半は単独であるため、ゾディアックたちを襲うことはない。


「そうか、ありがとう。本当頼りになる」


 その習性を知っていたのか、女性は得心したように頷くと、ターバンを握って軽くゾディアックたちに頭を下げる。


「気にしないでくれ」

「そちらの弓術士(アーチャー)さんも。ありがとう」

「い、いえいえ!」


 ビオレは手を軽く振って答えた。

 そこに足音が近づいてくる。ゾディアックが視線を向けると、フォックスが走ってくるのが見えた。

 相変わらず足が速く、あっという間に距離がなくなる。


「お疲れ~!」

「ああ、よくやったなフォックス」

「怪我してない?」


 ビオレが心配そうに聞くと、フォックスは自身の恰好に目を向ける。


「平気だよ。あんなおせぇ奴らに捕まらねぇし。氷柱も避けたから傷もなしだ」

「氷柱を避け……え、嘘!? あの中に突っ込んでいったの!?」

「ん? おお」


 あっけからんというフォックスに対し、ビオレが呆気にとられたように口を開いた。


「あれ魔法だよ!? 当たってたら突き刺さって」

「大丈夫だって! ほら、当たってないし!」


 ビオレは言い返そうとしたが、項垂れた。雨のように降り注いでいた氷柱の中に突っ込むなど正気の沙汰ではない。


「ビオレ」


 顔を上げるとゾディアックが頭の上に手を置いた。


「とりあえず、天の涙(ティア・チケット)は上手に発動できていたぞ」


 ビオレが使った魔法は「天の涙(ティア・チケット)」と呼ばれる中級の氷雪系魔法である。

 地上に魔法陣を描き、術者が魔法道具または魔力(ヴェーナ)が込められたツールを天に放つと、連動して空中にも魔法陣が浮かび上がる。そこから氷柱が降り注ぐといった具合だ。

 魔法陣の大きさと威力は、術者の魔力(ヴェーナ)に左右される。数多くの任務をこなしているビオレにとって、モンスターの群れを飲み込むくらいの魔法陣を出現させるのは、造作もないことになっていた。


 だが、そこに突っ込む仲間がいるとは思わなかった。怪我をしていなかったからよかったのだが、一歩間違えれば大惨事だった。

 敬愛する師に褒められながらも、ビオレは素直に喜べなかった。


「おい、ガーディアン」


 フォックスが耳をピンと立て、眼を鋭くする。

 視線の先には亜人を嫌っているキャラバンの男がいたからだ。

 男は両手を顔のところまで上げ、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「なんか用かよ」

「怒るなって。非礼は詫びる、悪かった。こっちもピリピリしてたんだ」


 男は腰についた麻袋をフォックスに投げた。

 受け取ると「ジャラ」という音が鳴った。音と重さからして、大量の硬貨が入っていることがうかがえる。


「なんだよ、これ」

「緊急任務だからな。細かくて悪いが”キャラバンとしての”報酬は渡しておくぜ」

「……ふーん。認めた? 俺らの力」


 胸を張って得意げな顔をするフォックスを鼻で笑うと、男はゾディアックに視線を向けた。


「ゾディアックさん、ちょっとついてきてくれねぇか?」

「なんだ?」

「要人があんたに会いたがってる」


 男は真剣な顔で言った。




★★★




 要人がいる馬車までやってきたゾディアックは荷台の布を掴む。


「お入りください」


 鈴の音が鳴るような、凛とした声だった。言われるがまま中に入ると、女性が布団の上に正座していた。

 まず目に飛び込んできたのは、純白の髪だった。その色を際立たせるかのように、女性の顔は美しく輝いているようであった。儚い花のような高雅(こうが)な美しい顔立ち。肌も色白であるせいか、磨きがかっているようだ。


 気品に満ちているその女性は、見たこともない服を着ていた。絹でできているだろう白の服。コートとは少し違う。民族衣装のように見える。

 恐らくこれが、スサトミ大陸で生きる者たちの服装なのだろう。


「貴方が邪鬼(じゃき)を退けた、守護者(しゅごしゃ)様でしょうか?」

「え、あ……はい」


 ゾディアックが軽く頭を下げると、女性は顔をぱっと明るくし、三つ指をついて頭を下げた。


「危ないところを助けていただき、誠に感謝しております」

「あ、あっと、いえ、そんな、そんな」


 深々と頭を下げる女性に対しわたわたとしてしまう。この女性が頭を下げる所は見たくないと、そう思ってしまった。


「本当は金銀を持ってお出迎えするべきなのでしょうが、今差し出せるものは(わたくし)の感謝の心だけ。どうか、ご容赦くださいませ」

「じゅ、充分です……」


 丁寧な相手の態度に調子が狂ってしまう。元からこんな感じかもしれないが。

 ゾディアックは助け舟を探すように周囲を見渡す。

 そして、見つけた。大柄なオーグ族の(おす)の姿を。巨岩のような男が、同じように正座している姿を。


「なっ」


 ゾディアックは兜の下で目を見開いた。視界に入るまで、姿はおろか気配すら感じなかったからだ。気を抜いていたということもあるが、これほど膨大な魔力(ヴェーナ)を保持する亜人に気付かなかったとは。

 驚きを隠せないゾディアックを一瞥した、筋骨隆々のオーグは、ふんと鼻で笑った。常に怒りを浮かべているような、眉間に皺が寄っている顔。鋭い目つきにごつごつとした四角い顔、短い銀の髪に小麦色の肌が、威圧感を増幅させていた。


「あ、申し遅れました」


 女性は顔を上げ、ふわりと微笑む。


「私、スサトミ大陸の「輝神霊城(きしんれいじょう)」から参りました、ヨシノ・コクライと申します」


 女性が手の平でオーグを差す。


「そちらはクーロン。私の友人です」

「”姫様”。拙者はただの護衛。友人などと申されますな」

「こちらに来る時は、友人と仰ってくれたではありませんか」


 クーロンは微動だにせず答えたが、ため息をついて頭を振ると、ゾディアックに視線を向けた。


「ご助力、感謝いたす。守護者殿のお力をお借りしたのは拙者の不徳の致すところ。”さふぃりあ”に着いた折には必ず報酬を持って参ります故、今日の所はご容赦願いたい」

「は、はい」

「それ、さっき私が言いいましたよ、クーロン」


 ヨシノが片頬を膨らませた。見た目的には大人びた女性のように見えるが、中身は子供っぽいのかもしれない。

 ヨシノはハッとしてゾディアックに視線を向ける。ものすごく、興味深そうな物を見る目だった。


「あ、あのう、間違っていたら申し訳ございません。守護者様のお名前は……」

「……ゾディアック」

「ああ、やはり! 音にも聞こえた「竜殺し」、ゾディアック・ヴォルクス様ですね!!」


 ヨシノはパット顔を明るくし、顔の横で手を合わせた。


「漆黒の騎士様! 海を越えてきた甲斐がありました。報酬を渡す際に、ぜひお話を聞かせていただければと!」

「は、はい」


 どうやらクールな見た目から想像もつかない、明るい性格らしい。

 ゾディアックは苦笑いを浮かべて頷きを返した。


「で、では、俺はこれで。サフィリアに着くまで護衛します」

「ありがとうございます、ヴォルクス様。残りの道を楽しみます」


 ほほ笑みを浮かべ小さく手を振るヨシノと、小さく頭を下げたクーロンから視線を切り、踵を返したゾディアックは外に出た。遠くではフォックスとビオレが一般客と話している。フォックスは子供から毛を引っ張られたりしている。


「お疲れ様です、ゾディアックさん」


 仲間に近づこうとした時だった。背中に声がかけられた。

 振り向くとそこには、宝石の光沢を思わせる艶を放つ、美しい黒髪を靡かせる女性が立っていた。

 ヨシノと同じく、異国の服を着ている。だが色は黒。夜を彷彿とさせるような色に、ゾディアックの魔力(ヴェーナ)と同じ、至極色が混ざっている。


「え、お、お疲れ様です」


 女性は口角を上げた。何とも妖艶な美女だった。力強いつり目は美しい顔を際立たせ、色白の肌が月夜に照らされる花を彷彿とさせる。

 一瞬、ロゼの笑顔が脳裏をよぎる。


「やはり、護衛があると違いますね。姫様ももっと大人数連れてくればよかったのに」


 今の発言から、相手がヨシノの関係者だということに確信が持てた。


「あの、もう出発するので」

「あら。ごめんなさい。また会いましょう、ゾディアックさん」


 手短に言うと、女性は馬車の影へ消えていった。

 消えたというのに、ゾディアックは女性が去っていった方に視線を向け続けていた。

 もっと見ていたい。そう思わせる魅力があった。


「マスター!」


 ハッとして視線を切るとふたりが駆け寄る。


「話は終わりましたか?」

「ああ、3人と話した。あとでビオレたちも挨拶しておいた方がいいかもな」

「いいのかよ? だって俺ら」

「邪険に扱うような人じゃないさ」


 ゾディアックが言うと、ふたりは安心したように頷きを返した。

 同時に馬車が動き始めた。ゾディアックはヨシノとクーロン、そしてさきほどの女性がいるだろう馬車を見送り、殿を務めるために後を追った。



お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いします~!

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