第162話「要の山に続きし醜悪獣道」
転移魔法を使ったゾディアック、ビオレ、フォックスは廃村にたどり着いた。転移地点は火山灰に埋もれていたが、潰れてはなかったらしい。ゾディアックは安堵した。もし破損していたら、馬を使って2日の間移動しなければならなかったからだ。
3人は情報を頼りに歩を進めていると、山へと繋がる道の途中で、立ち往生しているキャラバンを見つけた。彼らが緊急任務を飛ばしてきたラビット・パイだろう。
ゾディアックが近づくと団員が気付き、一人が大声を上げて手を振った。
「おおーい!! ガーディアンさん! こっち……ってあれ? ゾディアック・ヴォルクスじゃねぇか!?」
団員の声に反応するように、周囲の人間の視線がゾディアックに注がれた。馬車の荷台からも顔を覗かせている者もいる。どうやら一般人も乗せているらしかった。
今日はよく視線が刺さるなと思いながらゾディアックが歩いていると、フォックスが先に駆け出し、キャラバンに近づいた。
「ランディってどいつ? 案内しろよ」
横暴な態度を取る少年を、団員は睨みつけた。
「あ? なんだこのガキ」
「ガーディアンだよ」
自分よりも数倍背の高い相手を見上げながら、フォックスは胸を張った。
「お前が? ただの亜人じゃねぇか。ふざけてんなら帰れや」
「んだと?」
フォックスの眉がピクリと動き、青白い毛が逆立ち始める。ビオレはそんな彼の肩を掴んだ。
「ちょっとフォックス!! 落ち着いて!」
「だってこの野郎が」
「私たちはこの人たちを助けに来たんでしょ!?」
「助けに?」
男がふたりを見下ろしながら鼻で笑った。
「亜人に助けられるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ俺たちは。ったく。なんで亜人なんて連れてきてんだ。同じゴミでも、もうちょっと使える奴らがいただろ」
ゴミ、という言葉に流石のビオレも鋭い視線を向けた。
睨み合う両者の間に、ゾディアックが割り込んだ。大柄な鎧姿の彼は、黙っているだけでも威圧感が凄まじい。男はたじろいでしまう。
「な、なんだよ」
「……ふたりは、俺の仲間だ。亜人かもしれないが、仕事はしっかりこなす。俺が保証する」
「……けっ」
男は唾を吐くとゾディアックに背を向けた。
周囲からは嫌悪の視線が注がれている。フォックスは苛立ちを表情に浮かべていた。
「イライラするわ。師匠、帰ろうぜ。こいつらなんて死ねばいいんだ」
「ちょっと、フォックス」
「ビオレ、こいつら俺らのことをゴミ扱いしてんだぜ? ゴミに助けられる命なんてゴミと同等かそれ以下だろ」
背中から聞こえてくる若い声たち。ゾディアックはため息を吐くと後ろを向いてしゃがみ込み、ふたりに視線を合わせる。
「気持ちはわかる。苛立ちも、な。けど、ここで仕事を放棄しちゃダメだ。俺らは、フォックスは、ガーディアンだろ?」
「……けどよ」
「見返してやろう。仕事で」
ゾディアックは拳をフォックスの前に突き出した。渋面になっていたフォックスは、口元に笑みを浮かべ、大きな拳に自分の拳を合わせた。
ゾディアックは立ち上がると近くにいたキャラバンに声をかけた。
「山に入るのか?」
「ええ」
頭にターバンを巻き、大きめのローブを羽織る女性は、山へと続く道を見た。
「この山を越えて、サフィリア宝城都市にお邪魔したいの」
「……提案なんだが」
「山を入らないルートで行った方がいい、でしょ? でもそうは言ってられないの」
先に答えを言われてしまったゾディアックは首を傾げる。どうやら事情があるらしい。
「じゃあさ、転移魔法使えばいいじゃん」
フォックスが隣に立ち、さきほど歩いてきた道の先を指差す。
「俺らとかゾディアックと一緒だったら、時間はかかるけど安全に、みんなサフィリアに運べるぜ?」
「……名案だけど、それもできないわ。小さな狼さん」
女性は薄い笑みを向け、頭を振った。状況がこのままでは把握できない。
「訳を聞かせてくれ」
「……言わないと、ダメかしら」
「ここで立ち往生するしかなくなる。事情もわからないのに、山に入るのは危険だ。キャラバンの人たちも、一般客も危険に晒される」
ゾディアックが言うと、女性は観念したように嘆息した。
「要人を連れているの」
「……ヨウジン?」
「政府の、関係者とか、軍の将とかか?」
女性は肩をすくめた。
「もっと上の立場にいる人間よ。別大陸、スサトミ大陸からのお客様。ギルバニア王国に招待された、ね」
ゾディアックは兜の下で顔を引きつらせた。
スサトミ大陸は、オーディファル大陸から海を隔てた先にある小さな大陸だ。小さなとはいえ、そこに住まう者たちの文化や国の特徴などは、未だ多くの謎に包まれているのが現状だ。そんな大陸からきた要人など、この上ないほど重要な人物だ。おまけに、王国からの”招待”。
万が一のことがあれば、ゾディアックの首どころか、このキャラバンの存在自体が危うくなる。
思った以上に厄介な仕事であることを、ゾディアックは今更理解した。
「待て。船で来たんだろう。ギルバニアにまっすぐ行けばよかったんじゃ」
「海の調子が最悪でね。大きな範囲で嵐が発生していて」
ゾディアックとフォックスの脳裏に、先日の記憶が蘇る。魔法銃を使ったアウトロー、セロの魔法のせいで、天候が乱れてしまったのが原因だろう。
フォックスが「やべ」と言って顔を伏せた。別にこちらは悪いことをしてないが、なぜか申し訳なさを感じた。
「なんとか船着き場にたどり着いたはいいけど、道も荒れてるしモンスターも多いし。迂回しながら進んでいたらこのざまよ。サフィリアまで近づいていたなんてね」
「そうだったのか」
「このままだとラビット・パイが危ういわ。だからガーディアンを呼んで、サフィリアまで護衛してもらおうと考えたの」
「……なぁ、ヨウジンって偉い人なんだろ? じゃあ護衛の人とかは? 軍隊とか」
もっともな疑問だった。重要な立場の人間ならそれなりの兵がいるはずだ。
しかし、女性は苦笑いを浮かべた。
「……ひとりよ」
「あ? ひとりぃ!?」
「そう。不思議な武器を持った亜人だけ。ただもの凄い腕が立つことだけは確かよ」
「じゃあ、そいつに任せれば」
「彼曰く「土地勘のない山を拙者単独で突破するのは不可能だと判断。救援を乞いたく」らしいわ」
「せ、せ、せ……せっしゃ?」
聞きなれない単語に、フォックスは再び疑問符を浮かべる。
「……把握できた。なら、山を越えよう。俺は今から仲間と作戦を立てる」
「なら私の方から要人には説明しておくわ」
「頼む」
ゾディアックは踵を返した。フォックスもその背中に続く。
ビオレを呼ぶと、キャラバンから少し離れた位置で3人は固まった。
「山に入る。俺とフォックスが先導、ビオレは馬車の近くで待機していてくれ」
「はい!」
「なぁ、師匠。この山ってそんな危険なの?」
フォックスが山に視線を向ける。
「やたらと回避するよう言ってたけどさ。ぶっちゃけ何の気配も感じないし、ザコモンスターくらいしかいないんじゃねぇの?」
「ザコか……たしかに。ザコしかないけど」
「けど?」
「……そいつらが山になって襲い掛かってきたら、対処できるか?」
フォックスの目が開かれ、顔が引き締まる。
「何がいるんですか?」
ビオレが聞くと、ゾディアックは腕を組んだ。
「醜悪獣だ」
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