第161話「緊急駆けるは猫願い」
レミィはまっすぐゾディアックのもとへ近づいていく。
「すまない。通してくれ」
道を塞いでいたガーディアンたちに一声かけると道を譲ってくれる。最初の頃はレミィが獣人ということもあり、わざと聞こえないフリをしていた者も多かったが、今ではそんな嫌がらせをしてくる者もいなくなっていた。亜人と深く接するゾディアックを見て、態度を変えたものが多いのかもしれない。
「ゾディアック」
感謝の念を込めながら名前を呼ぶと、ゾディアックの兜がレミィに向けられた。
「レ、レミィ」
藁をも掴む勢いでゾディアックは人混みをかき分けレミィに近づく。コミュニケーションを苦手する彼は、人が多いところも苦手なのだろう。
「なに? どうしたの」
「えっと、相談があってな」
「……相談?」
「ああ。その――」
レミィが内容を言おうとした時だった。セントラルの扉が勢いよく開けられた。
「緊急!! 緊急任務!!」
入って来るや否や声を荒げたのは、若い男だった。身なりからして弓術士の人間。
”緊急”という言葉を聞いたガーディアンたちと受付の視線が、一斉に男に注がれる。
”緊急任務”が来ることはめずらしいことだった。一刻も早く問題を解決することを求められ、それでいて報酬が出ない可能性が高い任務など、そうそう来るものではない。これが来るのは簡単には駆除できない危険なモンスターが国の近辺に出現した、国の要人がアウトローに襲われた又は誘拐された、といった場合のみだ。
レミィの視線が男の手首に向けられる。真珠のブレスレット。駆け出しである彼には重たい任務だったのだろう。
だがそれよりも気になることがあった。
「緊急任務? 何でお前がそれを知っている」
レミィが疑問をぶつける。セントラルの受付やオーナーよりも早く任務内容が届いているのはどういったことか。
男は慌てた眼をレミィに向けた。
「一部のガーディアンに対して、ランダムに連絡を入れているらしいんです」
「ガーディアンに直接連絡だと? 差出人は」
「”ラビット・パイ”所属の、ランディ・H・ハーネストって人です。防具専門の」
「ガードナーがいるんじゃないのか」
男は首を傾げた。サフィリア宝城都市のキャラバンを統治する、ラビット・パイの一団が急を要するとは。もしかしたらアウトローに絡まれた可能性が高い。
「……場所は」
レミィが口を開く前にゾディアックが聞いた。
「ここから、近いのか」
「レルムローグ山です。昨年噴火した、あの、火山灰のせいで街ひとつ潰した山」
「……転移地点が潰れていなければ行けるか。レミィ、俺が行く」
そう名乗り出た瞬間、周囲にいたガーディアンたちがゾディアックに詰め寄った。
「僕も行きますよ!」
「私も!」
「俺らも手ぇ貸すぜ! なぁ!?」
やいのやいのと集まる集団に、たじたじになったゾディアックは周囲を素早く見渡す。ビオレが近くにいるのと、フォックスが近づいているのが見えた。
ゾディアックは誘いを適当に流すと、ビオレに近づく。
「ビオレ」
「はい!」
「緊急任務だから危険性が高い。ここはいつものメンバーで行こう。ていうか一緒にパーティ組んで」
「え、あ、はい」
「フォックス! 行こう!!」
「お、おおう?」
フォックスがふたりに近づくと、苦笑いを浮かべた。
「つうか師匠。知らない人と一緒に任務行きたくないだけじゃ」
「俺がふたりと行きたいんだこのメンバーなら絶対に大丈夫さぁ行こう早く行こう」
「めっちゃ早口じゃん!!」
「なんか酷くなってませんか!? ますますコミュ障になっているような……」
「レミィ、話はあとで!」
そう言ってゾディアックはセントラルを出ようとした。ガーディアンたちから不満の声が上がるが、ゾディアックは泣きそうになりながらそれを振り払い出口へと近づいて行った。
★★★
「重症だな、ありゃ」
「一生治らないかもですねぇ。まぁ無理に治さなくても、いいかもしれませんが」
遠くから見ていたベルクートとラズィは互いに視線を合わせ、肩をすくめた。
「つうか俺らには声かけなかったな、あいつ」
「とにかくここから出たかったんでしょうね~。けど大丈夫ですよ~。ビオレちゃんもいるし、それにフォックス君も強いですしね~」
「だな。じゃあ俺はまたお酒を――」
ベルクートが席を立とうとした時だった。
「すまない、ちょっといいか」
レミィが声をかけた。ふたりが目を開く。
「なんだよレミィさん。どうした?」
「私たちにもついていけ、って感じですか~?」
「ああ、いや違うんだ」
レミィは頭を振った。真意がわからないため、ラズィが首を傾げる。
「その、相談があってな」
「相談? 私たちにですか~?」
「ああ。ゾディアックでも別にいいんだがな。とりあえずここで待っていてくれ。さっきの緊急任務書と完了届の書類を作り終わったら、また来るから」
言い終えると視線を切り、レミィは受付カウンターへと戻っていった。
一方的に話を切り上げられたふたりは、視線を合わせて首を傾げるしかなかった。
「ラズィちゃん」
「なんでしょ~?」
「酒飲んでいい?」
「重要な話だったらどうするんですか~?」
「だよなぁ……」
鼻で笑ったベルクートは、観念したように椅子に座った。
★★★
それから数十分後、ふたりはレミィと共に、南地区にある大病院へ足を踏み入れた。メイン・ストリートから少し離れているとはいえ、盛り上がる街の喧騒は微かに聞こえてくる。
ラズィが渋い顔をする。ここには姉であるサンディが入院しているからだ。怪我の具合は良くなっており、体調の安定しているが目が覚めていない。
以前の街中で起こった騒動絡みで、姉に用があるのか。警戒心を強めながらレミィの背中を睨みつける。
「いったい、何の用ですか~? 病院に用なんてー」
「そろそろ喋ってくれてもいいだろ?」
ふたりが声を投げるがレミィからの返答はない。そのまま一緒に、ある病室内に入る。
ベッドが一つしかない、完全な個室。そのベッドの上には静かに眠る男がひとりいた。
小麦色の肌をしており、高い鼻が特徴的な整った顔立ちをしている。年齢はゾディアックと同い年くらいだろうか。
ベルクートが眉をひそめる。魔力を探知してみたが、反応はなかった。
異世界人だ。先日、異世界人と少し関わったベルクートは苦い表情を浮かべる。
「まさか、この前のアウトローの関係者か?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「あ?」
レミィがふたりに視線を向けた。
「相談の内容だ。異世界人は魔力がないせいか、私たちとコミュニケーションを取ることができない。それは知っているな」
「ああ」
「だから……彼が何を言っているのか。それを知りたいんだ。アウトローの仲間なのか、それとも無関係なのか。このままでは判断ができない」
レミィの頭が下がる。
「力を貸してくれ」
懇願するその姿に対し、ベルクートとラズィは三度顔を合わせ、疑問符を浮かべた。
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