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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Reinforced Dessert Three
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ホワイトチョコレート・マフィン

 ボウルの中にある黄色い粘士のような生地に、落かした卵を少量入れていく。かき混ぜ続け、牛乳を入れて再び混ぜ、粉類を入れて混ぜ合わせ。


「特に凝らなければ難しくないわね。お菓子作りって」


 キッチンにいるラズィは泡立て器を動かしながら隣に声を投げた。


「お砂糖の分量とかを間違えなければ、食べられない物にはなりませんしね」


 ロゼが冷蔵庫の扉を閉めながら答えた。


「ゾディアック様は結構苦戦してましたけど」

「不器用そうだものね」


 ラズィはクスクスと笑った。


「パンケーキ作りには苦戦してたなぁ。真っ黒焦げにしちゃって」

「それは失敗って言うんじゃないの?」

「いいえ。私は嬉しかったので全部食べました。なので失敗ではなく別の成功です」


 ふんす、と鼻を鳴らすロゼを冷ややかな横目で見つめる。


「甘やかしすぎじゃないの?」

「甘やかしちゃうんです」


 恥ずかしそうに口元を隠して笑うロゼを見て、ラズィも笑みをこぼした。

 そんなふたりを、ダイニングテーブルの椅子に座っていたフォックスは、じーっと見つめていた。


「なぁ、ラズィ」

「なに? フォックス」

「なんであんたゾディアックの家で菓子作ってんの? あと、なんで口調違うんだよ」


 椅子に跨り、背もたれに顎を乗せたフォックスは訝しんだ。

 ラズィは肩をすくめた。


「一つ目は私がロゼに「お菓子作りませんか♪」って誘われたから」

「ちょっと。微妙な声真似しないでくださいよ」

「二つ目は、あなたが私の正体を知っているから」


 元・殺し屋であるラズィ・”ホーネット”・キルベルの正体を知っているのは、ゾディアックとロゼ、フォックス、そしてセントラルの受付嬢であるレミィだけだ。

 普段のラズィは語尾を伸ばし、のほほんとしたキャラを演じている。馬鹿っぽい女を演じた方が、適度に人との距離を保てるからだと、以前彼女は話していた。


「猫被るのも疲れるの。別に構わないでしょ」

「いいけどさ」


 ラズィは型に生地を流し込み、そこに小さなキューブ状のホワイトチョコをトッピングする。


「迷惑かしら、ゾディアック」

「いや」

「いいのかよ。言われっぱなしだぜ?」

「パンケーキ焦がしたのは事実だから」

「かぁ〜ダメな師匠だな。俺でもパンケーキくらい、ささっと作れるぜ」


 ゾディアックはクスッと笑った。


「何笑ってんだよ」

「いいや」


 ゾディアックは頭を振った。生意気な口を利くフォックスが可愛らしかったから、などとは言えない。

 その時キッチンから女性陣の声が上がった。


「できたわ。ホワイトチョコマフィン」


 ラズィはトレイを持ち、テーブルの上に置く。綺麗に膨らんだ生地から、ホワイトチョコが飛び出ているマフィンが乗せられていた。


「魔法で冷やしたから食べられるわ。毒見しなさい、男共」

「毒見っていうなよ!」

「そういえば、犬にチョコって大丈夫なのかしら」

「犬じゃねぇよ亜人だからな! チョコくらいどうってことねぇっつうの」


 フォックスはマフィンをひとつ取り噛り付く。


「……うっま!」

「うん。美味しい。生地がもさもさしてないし」

「さすがですね、ラズィさん」


 3人に褒められたラズィは腰に手を当て、自慢気に胸を張った。


「当然よ」




★★★




「え!? これラズィさんの手作りですか!?」


 セントラルを訪れたラズィは、綺題にラッピングされたマフィンをビオレに手度していた。


「はい。ロゼさんと一緒に作りました〜。甘くて美味しいですよ~。携帯食として、いかがでしょうか」

「うん! 欲しい欲しい! やった。勿体ないなぁ食べるの」


 ききほど任務をこなしてきたビオレだが、まったく疲弊している様子を見せず、喜んでいた。

 若いからか、それとの亜人だからか。彼女の体力は底なしのようだった。


「無理はしないでくださいね〜」

「うん、わかった」


 ビオレの純粋な笑顔を見ると、頬が歪んでしまう。

 別れの挨拶をしたラズィは踵を返し、出口へ向かう。


「おう、ラズィちゃん!」


 声をかけたのは入口近くのテーブ席に座った、小大りの中年男性だった。重厚な鎧は傷だらけで、年季の入ったものだった。


「最近黒騎土とばかりつるんでるだろ? たまには俺らのパーティに入ってくれよ」

「いいですよ〜。また今度~」


 ひらひらと手を振って答えると、別の方向から声がかかった。


「あ、キルベルさん〜。今度魔法パーティで精霊狩りに行くんだけど、一緒にどうですか?」


 知人である女性の魔術師(マジシャン)だった。長い金髪が特徴的な美人に、ラズィは笑みを返す。


「わかりました〜。炎系ならお任せください~」

「キルベルさんが来てくれるなら百人力です! よろしくお願いします」


 丁寧な謝礼を述べる相手に軽く頭を下げ、ラズィはセントラルを出た。

 ラズィはガーディアンたちから人気がある魔術師(マジシャン)だ。様々な魔法を扱る上に、指示にも従い、状況に応じて的確な判断を行える。おまけに美人。

 初めは馴染むつもりがなかったサフィリアのセントラルにも、いつの間にかラズィの名が刻まれつつあった。

 ラズィは一度セントラルを見る。


 ここに来られて幸運だった。そう思い、視線を切った。




★★★




 姉のお見舞いも済ませ、メイン・ストリートを歩いていると、見知った緑髪が視界に入り込んだ。


「ベルクート?」


 普段は露店にて、客の呼び込みすら行わず、本やらアンバーシェルで時間潰しをしている彼だが、今日は様子が違うように見えた。

 通りを横切り路地裏へと入っていく。せっかくラビット・パイから営業再開の許可を得たのに、まともに商売を行わずサボりだろうか。


 ラズィは不審に思いながら路地裏を覗き込んだ。そこでは、ベルクートが大柄な男性ふたりと何か話していた。ふたりとも頭にターバンを巻いている。どうやらキャラバンの人間らしい。

 ラズィははこっそりと覗き込み、暗殺稼業時代に鍛えた目と耳を研ぎ澄ませる。


「……事情はわかった。でも、もういいんじゃねぇか?」


 ベルクートが男の肩に手を置いてそう言った。諭しているようだ。


「しかしだなぁ、ベルクートさん。ここで見逃したら他のキャラバンに示しがつかねぇ」


 男が、目に角を立てベルクートに苦言を早した。対しベルクートは、呆れたように頭を振る。


「言っちゃなんだが、こんなことサフィリアなら日常茶飯事だろ。あんたらも金ケチってキャラバンガードナー雇わなかったから狙われたんだ。いい教訓になったろ」

「そうかもしれんが」

「盗んだ品物の料金は、俺が色を付けて立て替えるからさ、大目に見てくれや。な?」


 ベルクートが男に金を渡した。男たちは渋々といった表情で硬貨を受け取ると、その場を離れていった。

 残されたのはベルクートと、地べたにしりもちをついて震えている、シャーレロス族の少女だけ。

 盗みか。ラズィが状況を把握していると、ベルクートは少女の前に膝をついた。


「大丈夫か? お嬢ちゃん。盗みなんてやめて違う方法で生きた方がいい。今度やったら殺されちまうから。な」


 白い歯を見せた。少女は怯えながらも見つめ返し、小さく領くと、素早く立ち上がり路地を出て行った。

 その背中を見送りながら、ベルクートは後頭部を掻いた。


「ふぅ」

「ベルクートさん」

「おぉう!!?」


 ベルクートは肩を上げて振り返った。すぐ後ろにいたラズィがクスクスと笑う。


「ビックリしすぎですよ~」

「ラ、ラズィちゃんかよ。マジで気配なかったからビックリしたぜ」

「うふふ〜、すいません」


 口元を隠していたラズィは少女が走り去った方向を見る。


「亜人さんを助けたのですね~」

「ああ。パーティにビオレお嬢ちゃんとかフォックスがいるだろ。なんつうか、放っておけなくなってなぁ」

「ゾディアックさんの影響でしょうか~?」

「違いねぇわ」


 ベルクートは笑う。そんな彼に視線を移したラズィは、ふわりとほほ笑む。


「ラズィちゃんは何してんの? 買い物?」

「ああ、そうでした〜」


 ラズィは腰につけていた麻袋の中から、ラッピングされたマフィンを取り出した。


「はい。私特性マフィンです〜。ベルクートさんに」

「え、くれんの?」

「もちろん〜」

「マジかよ。ラズィちゃんみたいな美人さんからプレゼントとか。俺今日死ぬんじゃねぇの? ありがとよ」


 照れくさそうに笑いながら、ベルクートはそれを受け取った。


「美人、ですか~?」


 ラズィは苦笑いを浮かべる。


「こんな顔なんですけど~」


 ラズィの顔は、半分が火傷に覆われており、片目が潰れてしまっている。

 火傷顔に眼帯。女性としてはコンプレックスにしかならない姿だ。


 そんな彼女を見て、ベルクートは徐々に顔を引き締め、真剣に見つめた。


「綺麗だ」


 そして、真剣な声色で言った。


「前から変わらず、美人さんだよ。ラズィちゃんは」


 ラズィの糸目がパッと見開かれる。

 ふたりの視線が交わり、一瞬、街中の喧騒が静まり返った。


「むしろ以前よりイケてる」


 ベルクートは親指を立てて言った。


「……台無しですよ~」


 ラズィは類を緩めた。


「ありがとうございます、ベルクートさん」

「おう」


 徐々に街の喧騒が戻ってくると、ラズィは思いついたように手を叩いた。


「ベルクートさん、この後お暇ですか?」

「何だよ。お茶のお誘いですかい」

「あはは。それもいいですけど~、お店の手伝いでもしようかなぁと思いまして~」

「本当か!? なら手伝ってもらおうかなぁ。やっぱ綺麗どころっつか、綺麗な看板娘が露店には必要不可欠っつうかさぁ――」


 ふたりは楽し気に会話を交わしながら路地を出ていき、波のように動くサフィリアの通行人に紛れ込む。




 ああ、本当に。ここに来て、よかった。




 喧騒の渦に巻き込まれながら、ラズィは強く、そう思った。




お読みいただきありがとうございます!

次回の投稿は来週の土曜日です!!


次回から最終章に突入!よろしくお願いします~!

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