第159話「New Voltage:0%」
セントラルは賑わっていた。ほんの数日前まで笑顔がなかったパーティからも、楽しそうな声が上がっている。
やはり、パーティメンバーが全員揃うと気持ちが違うのだろう。レミィは頬杖をつきながら笑みを浮かべていた。
「よかったぁ、帰ってきて! もう体大丈夫!?」
「おいアホ猫! お前がいねぇと魔法職が足りねぇんだよ! 今度いなくなったら首輪付けるからな」
「「亜人なんていらない」って言っていたリーダーがね、君のために必死になってたんだよ?」
耳を澄ませばさまざまな声が飛び込んでくる。
亜人は忌み嫌われている存在だ。だがどうやらガーディアンたちは、そんな彼ら、彼女らを心の中では"仲間"として扱っていたらしい。
もちろん、すべてのパーティが暖かい反応を示しているわけではない。だがそれでも、明るい声の方が多かった。
それは恐らく、彼が頑張ってくれたおかげだろう。
レミィの視線は喜びの表情を浮かべる亜人たちから、セントラルの隅にある丸テーブルに移された。
★★★
「ん~……あの子、大丈夫かなぁ」
ビオレはグラスを両手で持ちながら、心配そうに言った。
「なんでお嬢ちゃんがそんな緊張してんだよ」
「だってさ、ベルさん。あいつすっごい態度悪いんだよ? マスターの家に一緒に住むようになってから、あいつの嫌なところいっぱい見つけちゃったんだもん。心象とか大丈夫なのかなぁって」
「心象だってよ」
ベルクートはカラカラと笑った。
「男はちょっとヤンチャな方がいいんだって」
「ヤンチャすぎるのもどうかと思いますよ~」
「おおう、ラズィちゃん厳しいねぇ」
ラズィはとんがり帽子の鍔を握ってクスクスと笑った。
「ベルおじさんみたいな、ダメ中年になってから後悔しても遅いんですよ~」
「本当その通……おい、誰がおじさんだコラ」
「え、怒るのそっちですか~?」
ラズィはとんがり帽子のつばを握ってクスクスと笑った。
「ベルさん、ラビット・パイから許可貰ったんですよね~? 露店開く許可。よかったじゃないですか~」
「いやぁこれで商売が再開できるぜ」
「でも銃の販売はダメって言ってたじゃん」
「……それなんだよなぁ」
額をぺしっと叩いたベルクートは「あ」と言って目を開いた。ビオレとラズィの視線も動く。
視線の先には漆黒の騎士の姿があった。
「よう大将」
「お疲れ様です~ゾディアックさん」
「マスターおかえり!!」
「うん、ただいま、みんな」
挨拶を済ませると、ゾディアックは後方に視線を向けた。
背中に隠れていた少年が姿を見せ、腰に手をやり胸を張った。まるで何かを見せつけるかのようなポーズだった。
盗賊が身に着ける軽めの布服に、黒鉄の胸当てと篭手。運動がしやすいように手首部分には隙間が空いていた。
それよりも目を引いたのは、少年の狐耳に付けられたピアスだ。
「わ~! 受かったんだ!」
小さな真珠が付けられたピアスを見て、ビオレが手を叩いて喜んだ。
ベルクートとラズィもそれに続く。
「やるじゃねぇかボウズ」
「おめでとうございます~」
少年は鼻を高くする。
「まぁ俺からしたら余裕だったぜ」
「……結構ギリギリだったような」
「んが」
少年の肩がガクリと下がる。狐目がキッと鋭くなりゾディアックへ向けられる。
「基礎戦闘能力と魔力に関しては問題ないってあの爺ちゃんも言ってただろ!?」
「素行が悪いって言われてた」
「それは、こう、あれだよ。個性だよ!!」
ベルクートとラズィがクスクスと笑った。
「ね? 言ったでしょ? ヤンチャな子供だって」
「んだと耳長族!!」
「なに? やる気!?」
「まぁまぁ」
ゾディアックが小さな二人の喧嘩を仲裁する。
「ところでさ、大将」
「ん?」
ゾディアックと少年が椅子に座ると、ベルクートがグラスを持ちながら少年を指差した。
「……その子の名前ってさ。なんなの?」
「あ」
ラズィも声を出した。今までパーティ全員は、誰も少年の名前を知らなかったのだ。
ベルクートの疑問に対し、少年はため息をついた。
「名前なんかねぇよ」
「あ?」
「俺は生まれた時から亜人街にいてよ。親はいたけど、名前は付けられなかった。首輪付きと勘違いされて殺される可能性が高かったからな。知ってっか? あの町の中だと、名前有りの亜人って珍しいんだぜ」
少年が頬杖をつく。
「で、道端で死にかけていた俺をジルガーが救ってくれた。ジルガーは察してくれたのか、俺には名前を付けなかった。どうせ長くいられないから、情が移ったら大変だ。ってな感じで」
「なるほど。それで名無しだったと」
少年は頷いた。不服そうな表情を浮かべながら。
ベルクートは喉奥で笑い、ゾディアックに視線を移した。
「で、ガーディアンになるついでに、ゾディアックの家に預けられた今は?」
「……」
少年は視線を逸らして頬を膨らませた。
「あるよ」
「おい」
代わりに答えたビオレを睨みつける。
「何。いいじゃない。名前貰ったんだから」
「うるせぇよ。くそ……俺は犬猫じゃねぇんだ。名前なんて人に貰いたくなかった」
「嘘。名前貰った時、凄い嬉しそうに」
「あああ!! うるせぇうるせぇ!!」
少年が両手を振った。ビオレは肩を竦めてベルクートを見た。
「こんな感じ」
「そうかい。大将。こいつの名前は?」
ゾディアックが少年の背中を軽く押した。
「名前、気に入らないか?」
「い、いや」
「なら、みんなの前で言ってくれ」
「なんでだよ」
「自己紹介にも慣れておいた方がいいだろ」
狐顔の少年がグッと奥歯を噛む。頬を赤らめ、視線を右往左往させる。名乗りなんて今までやったことがないからだろう。
数秒後、意を決したように視線を前に向けた。
「俺の名前は――」
★★★
――ねぇ、ロゼ。何かいい案ある?
「だから俺は名前なんかいらねぇって」
――名前ですか。そうですね~。
「聞いてる?」
――ああ、いいのがありましたよ。
――なに?
――「狐」のことを、こう呼ぶって知ってます?
★★★
「フォックス・ハウンド」
「フォックス?」
ベルクートが首を傾げた。ラズィは目を見開く。
「……狐、って意味ですねぇ~。"ハウンド"は猟犬とかそういう意味です」
「へ~! 聞いたことねぇな。異国の言葉か?」
ラズィが息を呑んだ。「ディアブロ族なら知っていますよ」なんて言えるものか。
助けを求めるようにゾディアックを見ると。
「まぁ、そんなところだ」
キレの悪い誤魔化しの言葉を吐いていた。ラズィはとんがり帽子を掴んで目元を隠すと頭を振る。危機感というものが、ロゼには足りないのではないのか。
「そうかい。とりあえず、これからよろしく頼むぜ、フォックス」
「よろしく、フォックス!」
「よろしくお願いします~、ハウンドさん」
三者三様の挨拶をされたフォックスは目を丸くした。
「なんだよ、よろしくって」
「は? これから一緒にパーティ組むんだろ?」
「もしかして違うんですか~? ソロで動く感じでしょうか~」
「いやその……いいのかよ? 俺なんかパーティに入れて」
3人は首を傾げた。
「だって、ほら。俺……」
「仲間でしょ?」
ビオレがフッと笑った。
「もう何度も一緒に動いてるじゃん」
「そうだぜ。ここまでやっておいて「仲間じゃない」は嘘だな」
少年は困惑した瞳をゾディアックに向けた。
「……仲間になってくれるか?」
聞くと、少年は照れくさそうに笑い、視線を下に向けた。
「へへへ……後悔するぜ?」
「どうして?」
「素行が悪い仲間持つことになるんだからな」
ゾディアックは肩を揺らして笑った。
「ようこそ。フォックス」
「おう。よろしく頼む。師匠」
――俺、ガーディアンになるよ。
幼い頃の夢を叶えた少年の物語は、まだ始まったばかりである。
Dessert4.エクレア Completed!!
★★★
夜空に綺麗な三日月が浮かぶ時間帯になった。
病室の中に足を踏み入れると、ベッドの上で寝ている包帯だらけの男が目に入る。
異世界人。確か名前は、セロだったか。どうやら一命は取り留めたらしいが、このまま生き続けてもいい生活は送れないだろう。そもそも、魔力が枯渇している状態で無理やり魔法を使っていたため酷いショック状態。目が覚めるかどうかも怪しい。
セロの仲間はすでに治療済みで、今はサフィリア宝城都市内の牢屋にぶち込まれている。
このままギルバニア王国に渡すかどうかは、まだ決定していないらしい。
――よかったじゃないか。全員生きていて。
本当は唾でも吐きたかったが、ぐっと飲み込む。
踵を返して廊下に出ると、隣の病室に入る。
ベッドの上で、本を読んでいた男が、視線を向けた。
「……!!」
嬉しそうな顔を浮かべていた。
「やぁ。調子はどうだい?」
レミィ・カトレットは笑顔を浮かべ、ベッドの横にある椅子に座った。
お読みいただきありがとうございます!
次回の投稿は12/19(土)12:30です。
次回から最終章に突入します!どんなデザートを作るのでしょうか!
次回もよろしくお願いします~。