第158話「RechargeVoltage:【Eclair】」
「ロゼ、助かったよ」
キッチンで卵黄と卵白を分けていたゾディアックは、ソファに座ってテレビを見ているロゼに声を投げた。
「何がですか?」
振り向いたロゼが立ち上がり、キッチンに近づく。カーテンの木漏れ日に照らされる彼女は眩しく映った。
「敵から機械、奪ってくれて。あのおかげで、あの子も助かったんだ」
「ああ。鼠賊のことですね」
カシュカシュという卵黄をかき混ぜる音が鳴り響く。
「あの男が発狂して銃を乱射している隙に”影から”コソッと拝借しました。楽勝でしたね」
「よく俺の袋に転送できたな」
「クスッ。別行動を指示された時に、おまじないをしておいたので」
唇の前に人差し指を立て、ロゼがウインクする。見惚れていたせいでグラニュー糖が袋から多く出てしまった。
「ありがとう、おまじないの効果は抜群だったよ」
小皿の中に入っている糖の中に小麦粉を入れ軽く混ぜる。次いで卵黄が入っているボウルの中にそれを入れ、泡立てていく。
「それはいったい何を?」
「カスタードクリームを作っているんだ」
「へ~!」
ロゼがワクワクしたような表情で作業を見つめ始めた。
ボウルの中身が白くなったところで牛乳を投入、バニラオイルを少し振りかける。混ぜ合わせると、ゾディアックはボウルの底を持ち、雷の魔法を使用する。
大気中の水分を振動させ、加熱。一気に熱量を上げると爆発するため、ゆっくりと。
液体が少し固まってきていた。
ゴムベラで形を整え、無塩バターを加え、よく混ぜ合わせた。
「よし。完璧」
「流石です、ゾディアック様!」
ロゼが小さく拍手する。ふたりとも楽しげな笑みを浮かべていた。
「あとはこれを魔法で冷やせばいいかな」
「私がやりますよ。お任せください!」
ゾディアックは頷き、ロゼにカスタードの保存を任せた。
「さて次は……」
一度息を吐き、鍋を用意する。お待ちかねの皮作りだ。シュー生地、というらしい。
本を見直し材料を置いていく。キッチンにおいてあったアンバーシェルの動画を流しながら鍋に材料を入れていく。
水、無塩バター。塩と砂糖をひとつまみ。卵を2個ボウルの中に入れ、溶きほぐしておく。
鍋を加熱、ゴムベラでバターを溶かし沸騰直前までもっていく。そこに薄力粉を振るい入れた。
そして混ぜていく。
混ぜる、混ぜる。
「ゾディアック様?」
「なに?」
「そんな必死な顔しながらベラを動かさなくても……」
「粉気が、なくならなくてっ……!!!」
ロゼからの声もまともに応えず必死にかけ混ぜ続けて数分後、ようやく粉気のなくなった生地ができあがった。その生地を新しいボウルに入れ、溶いていた卵を少量流す。
少しずつ生地に卵を入れながらかき混ぜていく。白かった生地は食欲をそそる黄金色に輝いていった。
その工程を繰り返し、卵がなくなったところでゴムベラを持ち上げてみる。
「べちゃべちゃだ。三角形になるまで混ぜなきゃ」
「あ、それなら」
ロゼが手の平を見せる。
「お手伝いさせてください♪」
ゾディアックは微笑みを浮かべゴムベラを渡す。ロゼが熱心に生地をかき混ぜる。
数分後、ゴムベラを持ち上げたロゼは感嘆の声を漏らした。
「三角形に落ちましたよ!」
「さすが。これで生地完成。あとは」
ゾディアックは透明な袋を装備した丸口金をふたつ、棚から出した。昨日ベルクートと共に買ってきておいたのだ。
ひとつ手に取り、ボウルの中の生地を袋に入れていく。それを均一に、トレイの上に絞っていく。ただ真っ直ぐ引くだけで指先が震えた。一度引いた生地の上に生地を足していく。
「よし……あとはオーヴァンで加熱すればいい」
「もう予熱してありますよ~!」
「ありがとう、ロゼ」
胸を張る恋人に礼を言って、ゾディアックはオーヴァンに生地を入れた。あとは焼きあがり冷ますだけだ。
待ってる間に生クリームを泡立て、カスタードクリームに加え混ぜていく。
「生地膨れ上がってますよ!! 美味しそう~……」
オーヴァンの中を覗いていたロゼがワクワクした声で言った。ゾディアックは心の中でガッツポーズした。
焼き上がり、トレイを外に出すと、ロゼが魔法で生地を冷やす。素手で持てるくらいの温度になったところで感触を確かめる。
表面はフワッとしてるが、底は固い。口に運べばサクッと、フワッとしているだろう。
果物ナイフでゾディアックは、生地の底に穴をあけていく。
「ロゼ。穴の中にクリーム入れて行って」
「かしこまりました!」
丸口金の袋にカスタードクリームを入れたロゼは、穴からカスタードを絞り入れていく。
「全部入れたら冷やしますね」
「頼む」
ゾディアックは包丁でチョコレートを切りながら言った。
切ったチョコを湯銭にあてて溶かすと、冷やされた生地の上面に、ハケで塗っていく。
「あっ」
1個がチョコの海にダイブしたが、気にせず拾い上げる。チョコに塗れた生地がトレイの上に置かれていく。
そうして全部で8つある生地すべてにチョコが塗られた。
ゾディアックは氷の魔法でチョコを固めると、形は少し小さいが、それでも細長く丸い。
「エクレア、完成した」
安堵のため息をつくと、ロゼが本日2度目の拍手をした。
「凄いですよ、ゾディアック様。本当に。こんなにスムーズにエクレアが作れるなんて!」
「そ、そうかな?」
「パンケーキ黒焦げにしていた人とは思えませんね!!」
ロゼがニッコニコしながら言うと、ゾディアックは顔を反らした。
その時、ベランダの窓が開いた。
「だから何度も言ってんだろ!!? エンチャントに集中しすぎなんだって!!」
「集中しないとダメでしょ!」
「わかってねぇな〜。こう、直感でさ。バリバリってやって、ギュイーンってすんだよ」
「何そのバカっぽい教え方。バカなの?」
「バカって2回言ったなてめぇ!」
ロゼはため息を吐いた。
「喧嘩しないでください、ふたりとも」
「「だってこいつが!!」」
「おやつ抜きにしますよ」
ふたりはぐっと押し黙った。子供だなと思い、ゾディアックはクスリと笑う。
「なんかいい匂いする。マスター何か作ったの?」
「エクレアを作ってみたんだ。食べるか?」
「マジで!? 食べる!」
「私も!」
小さなふたりが走ってキッチンに近づく。
ゾディアックはトレイを持って膝を折ると、ふたりの前に差し出す。
「好きな物を取っていい。どれも味は変わらないから」
「じゃあ私一番大きいの〜!」
「あ、ずりぃ! じゃあ俺は、えっと……」
「優柔不断だなぁ」
「うるせぇビオレ! これにする!!」
少年はチョコまみれになったエクレアを手に取った。
ふたりは睨み合いながらエクレアを頬張る。ふわっとしたシュー生地の中にある、甘さたっぷりのカスタードクリームとチョコレートが口内を跳ね回る。
眉間に皺が寄っていたふたりは、徐々に皺を伸ばし、顎を動かし続けた。
喉を鳴らした直後。
「美味しい……!!」
「うまっ、これ!!」
ふたりの嬉しそうな声がリビングに響き渡った。
そんな光景を見ながら、ゾディアックと口ゼは頬笑みを浮かべながら、甘いエクレアを口に運んだ。
――大成功。
ゾディアックの頭の中に、そんな言葉が思い浮かんだ。
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