第155話「Voltage:100%」
「呼べば来ます」
サフィリアに移動中、馬車の荷台に揺られている時だった。
魔法統の設計担当であるドスが、床に広げた設計図を見ながら呟いた。
「なにそれ? どういうこと?」
「音声認識機能、と言えばわかりやすいでしょうか。まず武器に全員の声を聞かせます。その後はこの武器の名を呼べば、距離や声量に関係なく、武器自身が主の手にやってきます。中に込められた莫大な魔力を放出しながらね」
トレスの質問に対しワクワクとした喋りで答えた。
ウノが感心するように口笛を吹く。
「面白そうだ。忠義の武器だな」
「それで? その名前は」
セロが聞いたところで、ドスが顔を上げた。
「この武器の名前は――」
★★★
「――インドラ」
★★★
近場で再び雷が落ちた。
激しい音に少年は顔をしかめる。窓ガラスが粉砕しているせいか、激しい風も相まって非常に不安心を煽る音だった。
少年はククリナイフを構え相手を見据える。セロの表情は笑顔だが、顔面は血に染まっていた。徴かに見える肌は、屍食鬼かと思うほど生気を失い、青白く染まっている。
「な、んだありゃ」
セロの体内に流れる魔力を捉えた少年は、思わず声を漏らしてしまった。
魔力が持っている剣と一体化していた。体を通して剣の魔力を循環しているのだ。
ききほどの口振りからして、セ口は異世界人であることは確定だった。であれば、異世界人でも魔法が使えるように強化するのがあの剣の役割だろうか。
仮にそうだとしても、膨大な魔力を一身に浴びているセ口の体は崩壊を起こしていた。天候を操るほどの魔法が使えても、体がもたない。
というより、この状態はずっと魔法を発動しているようなものではないか。
なぜ持つ主に害をもたらしている。疑問に思った時、少年の脳裏に答えが掠めた。
「暴走している?」
あの武器が制御できていないのか、"制御させてくれない"のかは定かではない。だが持ち主のことなど意に介していないことは明らかだった。
少年は舌打ちした。
「おいあんた! 早く剣から手ぇ離せ! 死んじまうぞ!!」
セ口の目が呆けたように、緩やかな動きをしながら少年を捉える。
「ナ、なんデ、俺ばッカり。わ、ワルイコト、シテナ、イよ」
顔に血涙が伝っていた。首から上は血管が浮かび上がっており、何とも面妖な姿になっている。
「馬鹿野郎が」
忠告は届いていなかった。
言い捨てると少年は足に魔力を纏い、ナイフを構えて駆け出した。
狙うのはセ口の右手首。剣を落とせばとりあえず魔法は止まると睨んだ。すれ違うと同時に手をぶっ飛ばす。それが作戦だった。
注意すべきは光線でできている刀身。今は剣の形を保っているが、変形したりするかもしれない。
少年は一度息を吐き、正面に駆け出す。自分のスピードには絶対の自信があった。
風となり敵との距離があと数歩まで縮まる。
その時空が瞬き、視界が白に覆われた。
少年は反射的に目を閉じてしまう。
時間にすればほんの一瞬だった。
が、再び色が戻ってきた時には、セロの姿が消えていた。
「え」
側面から殺気。無意識のうちに、少年の体は動いていた。
視線を右に向けながらナイフを右に構える。
が、一歩遅かった。
少年の右頬に、拳が減り込む。
「あぐっ!!?」
突然の衝撃に吹き飛ぶ。浮遊感が襲い、低空飛行を続けた。
少年の片目が地面を捉え、爪を床に突き立てる。甲高い音を立てながらなんとか静止すると、背後をチラと見る。
すぐ後ろは窓の外。あと少し止まるのが遅ければ地面に真っ逆さまだった。
「クッ……!」
荒い呼吸を繰り返しながら正面を睨む。セロは揺らめきながら立っていた。
拳ではなく、剣で攻撃されていたら死んでいた。少年の背中を汗と、暗雲から降り注ぐ雨水が濡らした。
――うまいこと距離を詰めないと殺される。
少年は立ち上がり再び駆ける。今度は正面に向かわず、わざと横に飛んだり、後ろに飛んだりなど縦横無尽に動き回る。相手の狙いを拡散させる作戦だった。
それに対しセロは、剣をゆっくりと振り上げた。緩やかな動作の直後、刀身が白銀に輝きはじめ、そこから細長い熱線が放出された。
「マジかよ!!」
触手のようにうねりを起こしながら動き回る光線を、横に飛んで回避する。
なおも迫りくる無数の光。もう一度横に飛んで回避、上空から迫りくるのを前に転がり避ける。腹ばいになって横凪ぎの一線をやりすごし、低空で迫りくるのを小さく跳躍して危機を免れる。
セロはケタケタと笑いながら少年を捉え続け、剣を振り下ろした。
刀身から発生したのは、白く輝く極太の光線だった。
「うぉわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??」
少年は迫りくる巨大な光線に対し、目を見開き絶叫するしかなかった。
★★★
轟音が耳を劈く。雨が降りしきる中、口ゼは足を止めて顔を空に向ける。
白銀の橋のような、超巨大な自い光線が宙に浮かんでいた。時計塔からまっすぐ伸びるそれは、しばらくその姿を見せ続け、泡のように消えていった。
さきほど見たドスの魔法銃とは比べ物にならない熱量の光線だった。
あれを正面から受けて、果たして自分は防げるだろうか。
「くそっ」
ロゼは腕で顔を拭い、前髪をかき上げる。
展望台で誰かが戦っているのは明白である。恐らくアウトロー。対峙しているのはあの少年やビオレだろうか。
だとしたら、勝ち目はない。
焦りの表情を浮かべて再び駆けようとした。
「ロゼッ!!!」
その時、後方から想い人の声が聞こえ振り返った。
同時に2度目の轟雷が天を震わせた。
★★★
「はぁ、はぁ……!!」
必死の呼吸を繰り返す。毛を振り乱し、殺気立った顔つきをしながら、少年は視線を横に向けた。
綺麗だった展望台は黒焦げになり、壁の一部と窓枠が消し飛んでいた。巨大な大蛇が通ったかのように、床は波のような波紋を描き黒く焦げている。
こんな範囲攻撃に対し無傷でいるのは奇跡に近い。
苦し気な表情でセ口を見る。首から上が、ガックリと垂れていた。
「おい、何寝てんだてめぇ!!」
返事がない。魔力が循環しているのを見るに、まだ生きてはいる。体が限界に近いのだろう。
しかし、これはチャンスでもあった。
「舐めんじゃねぇぞこの野郎」
少年は足に全神経を集中させ、三度駆け出した。
セ口は未だに動かない。光線も襲ってこない。持ち主が微動だにしないせいだろうか。
行ける。少年はナイフを振り上げようとした。
その途端、急にセロが動き出し、大剣を横凪ぎに振った。
少年は身を一気に低くし、相手の太腿にタックルする。そのまま足を掴んで転ばせた。
テイクダウン。亜人街で生きてきた中で培った喧嘩殺法は少年を救った。
馬乗りになると少年は拳を振り上げ、
「いいから目ぇ覚ましやがれ!!」
鉄拳をセロの顔面に叩き込んだ。
鈍い音と共に血が飛び散り、セロの顔が横を向く。視界の隅では剣が力強く握られているのが見える。
少年はセロの右手首を落とそうとナイフを振り上げた。
ドス、という肉を貫く音が木霊する。
それが自分の持つナイフから発せられた音でないことを知った少年は、右肩が熱くなるのを感じた。
「何ッ……」
目を丸くして視線を動かす。
光線が、肩を貫いているのが見えた。
「な、ぁ」
呆けた頭に激痛が走り、少年は混乱する。
「ぐ、あぁぁあぁぁぁ!!!!」
声にならない叫び声が上がった。
肩を貫かれた状態で少年は体を持ち上げられた。光線が肉と骨を焼く音が少年の狐耳に届く。
「あぁああ! いてぇ! 痛い!!」
叫びながら小さな体を必死に動かし逃げようとするが痛みが増すばかりだった。
突然、浮遊感が少年を襲った。視界が上下反転しセロが離れていく。
投げられたと理解した時には壁に激しく叩きつけられていた。
「うぐっ!!!」
背中を強打したため息が詰まり、声が出なくなった。
ズルズルと下がり少年は床に座り込んでしまう。咳き込むだけで、痛みが全身を駆けた。
大量出血しているせいか右半身が熱い。右腕の感覚もない。
激しい突風が展望台内に吹き荒れる。不安を煽る黒い風が少年を撫でる。
表情をこわばらせながら右肩を押さえ、目をセロに向ける。ゆっくりと起き上がったセロは、顔を少年に向けた。
瞳があらぬ方向を向いている。薬物中毒者にように、その双眸は何も捉えていない。だが体だけは少年に向けられていた。
「ク、クケ、ケケケケ」
壊れた人形のように笑うと、止めだと言わんばかりに剣を掲げた。刀身がさらに光り輝き膨張を始めた。確実に仕留められる一発を撃つ気だろう。
「ぐ、うぅぅう」
少年は血が出るほど歯を噛みしめて立ち上がろうとした。
右腕はまだある。指先も動く。
だがナイフがない。落としてしまったらしい。
――構うものか。
少年の魂が燃える。
――死んでも噛みついてやる。
決死の覚悟で、一歩踏み出す。
「負け……るかぁ……!!」
断末魔に近い叫び声と共に、セロが剣を縦に振り下ろした。
世界が白に染まる。膨大な力を溜めた光線が迫りくる。
もはや打つ手なんてものはなかった。あとはこれに焼かれるだけという運命が待ち受けているだけだった。
――ごめん、みんな。
少年は目を閉じ、心の中でジルガーと、ゾディアックと、その仲間たちに詫びた。
やっぱりガーディアンになるなんて、夢物語だった。一時、夢を叶えることはできた。
しかし、後悔の方が大きい。
こんなことなら夢のままで、全て終わりにしたかった。
亜人が夢なんて。見るんじゃ。
少年の思考はそこで途切れかけ――
「諦めるな!!!」
――くぐもった暗黒騎士の声によって、少年は再び目を開けた。
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