第154話「Voltage:99%」
か細い呼吸を繰り返しながら、天井を見上げる。
花の香りが鼻孔をくすぐる。豊穣な香りが倉庫内に充満していることに、ドスは今更気づいた。
「ふ~ん。長い準備をかけて完成した割には、御粗末な武器ですねぇ」
ドスの傍らに立っていたロゼは、手に持っていた魔法銃を掲げる。柄を握り、切先を天井に向ける。
「高熱の光線を飛ばすだけですか。ちょっとガッカリです」
落胆のため息をこぼすと、ロゼは魔法銃の切先をドスに向けた。肩に穴が空き、大量に出血しているドスはこのままでも失血死するだろう。
しかしこのまま放置するのは癪だった。
「人間くらいなら軽く貫ける威力でしょうか。身をもって体験してみてください。自分が作った兵器の力とやらを」
ロゼは鍔に指をかけた。鍔には銃の引き金のような出っ張りがある。
「ク、ククク」
切先を見つめていたドスの喉が震えた。
「気でも触れましたか」
「ククク……いいや、いやいや」
狂気が渦巻く瞳をロゼに向け、口角を上げながら口を開いた。
「おめでたいなぁと思ってね」
「はい?」
「だってさ、お粗末かもしれない……その武器の、威力は、本物だよ……。そこだけは、嘘じゃあない……」
「それがどうしたと」
いうのです。
言いかけて、ロゼは眉をひそめた。
「そんな……武器が。手間暇かけて作った、武器が……"1本だけ"なわけ、ないだろう」
直後、ドスが狂ったように高笑いした。
ロゼは舌打ちすると相手の襟首を掴み、引きずり起こした。
「他のはどこにある」
「もうすぐわかる」
ドスが答えると、轟音が遠くから聞こえてきた。
舌打ちして手を離し、倉庫の外に行くと、音の方角に首を向ける。
黒い煙が、星々が煌めく夜空に昇っていくのが見えた。
★★★
「もう諦めろ」
ゾディアックは巨漢を見下ろしながら言った。男は項垂れてしまっている。
「ウ、ウノ……」
金髪が怯えた声で呼びかけた。
ウノがゾディアックを見上げた。後ろ手に縛られ壁に背中をつけて座っていた彼は、挑発的な瞳を向けている。
「まだ負けてない。こっちも世界を転々としながら準備を進めていたんだ。確実に、着実にな」
「自慢話なら後にしろよ」
ベルクートが呆れたように言った。だが相手は笑みを崩さない。どんどん顔が歪んでいく。
「そりゃあ自慢もするさ。だってもう、完成するからだ」
「あ?」
「セロならやってくれる。あいつは性格がクズで、妄想癖の酷い男だが……ここ一番の狂気はすげぇのさ」
「完成? 何を言っているんだ」
「すぐにわかる」
直後、遠くから爆音が聞こえた。
ゾディアックたちの視線が一斉に動く。
「ほらな?」
外壁を超えて黒煙が立ち昇っているのを捉えたウノは鼻で笑った。
「早く行けよ、ゾディアック。お前の大切な仲間が死」
ウノの言葉は途切れた。ベルクートが前蹴りで頬を蹴り飛ばしたからだ。
「大将、行け! こいつらはラズィちゃんと俺で監視しておくからよ」
「小っちゃい子たちが心配です。早く行ってあげてください~」
ゾディアックは頷きを返し路地を飛び出した。
空に昇っていく煙は、大きさと黒さを増しているようであった。
★★★
北地区には巨大な時計塔がある。夕刻になると音楽が鳴り、北地区に時刻を告げるのが特徴的だ。
現在は改装工事中であり、その音も鳴り響いていない。工事を始めて半年経つ今も作業は完了しておらず、完了予定は翌年になるらしい。
当然ながら、一般人は立ち入り禁止。
つまりこれからの冬の期間、誰もここを訪れない。時計塔はセロたちにとって、いざという時の隠れ家であった。
「はぁ……はぁ……」
セロは1階のエントランスに入り、荒々しい呼吸を繰り返しながら昇降機へ向かった。ドスとトレスが動かない昇降機を直してくれていた。
――ふたりとも無事だろうか。
ウノと共に地区の外へ行ったトレスはまだ大丈夫な可能性が高い。だが倉庫まで武器を取りに行ったドスは帰ってきていない。恐らく無事ではないだろう。
苛立ちをぶつけるように、拳で昇降機のボタンを押した。元の世界にあるエレベーターと機能はほぼ一緒。中も白色の箱型だ。
扉が開き中に入る。
「くそ……」
拳をもう一度振り上げ、壁を叩く。指がない方の手で叩いてしまったため、ジクジクと痛み出す。止血処置が施されており、包帯が巻かれているが、痛みは増すばかりだ。加えて右足も痛い。さきほどの爆発のせいでどこかにぶつけたか、捻ったのか。上手く歩くことすら難しかった。
「爆弾、持っておいてよかった……」
宿屋に持ち込んでいた武器の中には、遠隔操作型の爆弾があった。縄で縛られる前にセロは拳の中に小型のリモコンを忍ばせていた。
あらかじめ仕掛けていたわけではない。ドスが持って来てくれていただけ。つまり運がよかった。それだけだ。
上昇する昇降機の音を聞きながら、呼吸を整える。それからしばらくして扉が開いた。
セロの降りた部屋は、床と天井以外の全面がパノラマ型のガラス張りになっている展望台だった。外に目を向けると、鮮やかな夜景が飛び込んでくる。
月と星に照らされるサフィリア宝城都市は、その名の通り、金銀財宝が散りばめられたような、キラキラとした夜景を描き出している。
こんな状況だというのに見惚れてしまう。片足を引きずりながらガラスに近づいていく。
歩いた後に、血が垂れ落ちていく。
体が軋む。
片足を引きずって歩いていく。
――俺、何でこんなボロボロになってんだよ。
ガラスに触れたその直後、後方にある昇降機の扉が開く音がした。
狐顔の少年がガラスに映った。毛の一部が黒ずんでおり、頭からは血が流れている。しかし少年の足取りはしっかりしていた。
「もう、諦めろって」
少年は距離を詰めながらセロの背中に声をかける。
「お前は、亜人だよな」
ガラスに映る相手に対して問うと、足を止めるのが見えた。
「そうだよ」
「人々から忌み嫌われている存在だろ」
「それが?」
セロは手の平で窓ガラスを叩いた。
「悔しくないのか? 自分を馬鹿にしている連中がどんどん幸せになって、自分はただ不幸な運命しか待ち受けていないだなんて」
「……」
「不公平だ。俺が幸せな時間を過ごしている間は、今まで幸せだった連中が、不幸になればいい」
「……」
「俺だって同じだ。死んだ方がいい人間、無駄な存在……生きていることが罪なんだよ」
セ口が勢いよく振り返る。
「だから、そんな俺を哀れに思った神様が、俺をこの世界に連れてきてくれたんだ!」
目つきがギラギラとしていた。狂気を含んだ瞳に対し少年は口を開かない。
「異世界転生、いや、異世界転移だよ! 元の世界は、俺の世界じゃなかった。異世界に行って人生をやり直す。それが俺の運命だったんだ!! なのに……」
嬉々として語っていたセロの唇が震える。
「なのに、なんで、お前は、この世界の住民は、俺の邪魔ばっかりする!? 世界を超えた存在にひれ伏すのがお前らの役割だろ!? 俺が幸せになるための装置なんだよお前らは! そうじゃないとおかしいんだよ!!」
興奮したように、鼻息を荒くするセロ。
それに対し少年は、呆れたようにため息を零した。
「黙って聞いてたけ、意味わかんねぇよ。さっきから何言ってんだてめぇ。お前の幸せなんて知るか。だいたいな、そんなブッサイクな願望持ってるお前が、幸せになれるわけねぇだろ」
「……あ?」
少年が牙を剥き出しにする。
「テメェ顔が悪いならせめて性格はよくしろよ!! 散々暴れて、亜人だけじゃなく、いろんな人に手ぇかけやがって。それでいい思いしてきたんだろうが、この不細工!! 俺と同じように、ゲスなことしてきたんだろ?」
「何っ……」
「顔見ればわかんだよ。知ってっか? 性格ってのは顔に出るんだぜ。ドロッとした野暮ったい黒ずんだ目つきしやがって。不摂生な体型に顔も丸いし鼻は潰れてるし、カエルかお前! 新種の亜人かと思ったわ!」
吐き捨てるように言うとセ口を指さす。
「さっき俺に侮しくないかって聞いたな。悔しいに決まってんだろ。何度も、「俺の人生本当クソ」って思ってきた! つうか、つい最近までそう思ってた!!」
けど。
牙を隠さず言葉を続ける。
「最近は、そう思ってない。意地汚く生きてきたせいかな? 俺を哀れに思った神様が、チャンスをくれたのかもな。夢を叶えるためのチャンスを」
「夢、だぁ?」
「そう。ガーディアンになるって夢だ。かっこいい装備なんてなくていいし、派手な魔法もいらない。強い武器もだ。ただ、大切な人を、仲間を傷つけるアホを"合法的に"叩きのめせればいい」
少年はククリナイフを腰から抜き、切先を向ける。
「夢が叶いそうだぜ」
青白い毛が逆立つ。
「あんたを倒す。あんたを倒して、俺は本物のガーディアンになる。夢を叶えて、この世界で、俺は醜く幸せに生きてやるよ」
眩いまでの、少年の瞳がセロを買いた。
セロの唇がわなわなと震え始める。そして突然一歩踏み出し。
「ふざけるなぁぁぁああ!!!」
怒号を解き放った。
それが合図だったように窓ガラスが一斉に割れ、黒い暗雲が一瞬で空を覆いつくした。立ち込めた雲の中には紫色の雷が煌めている。
「魔法!?」
少年は空模様に驚きの眼を向けた。自然現象ではなく人為的に発達した雨雲はどす黒かった。
呆けていた少年を叱咤するように、轟音と共に世界が白に染まった。
「うわぁ!?」
目の前に雷が落ちた。
両腕を前に出して少年は踏ん張る。吹き飛びそうになりながらもなんとか堪え、薄っすらと目を開ける。
セロが立っていた。その右手には何かを握っている。
柄と鍔が見えた。次いで刀身。
光の束を編み込んで作られたような歪んだ刃。
禍々しいまでに、白銀に光輝く両刃の大剣。
それを見て、少年の表情に動揺が浮かぶ。
あの武器は危険だと、直感がそう告げていた。
「幸せダト? そんナモの、お前ラには必ヨウないダロウ」
セ口は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。顔と体中から血管が浮き出ており、目や鼻、耳から出血しながら、笑っていた。
「ク、く、クズを殺ス。亜人は俺以下ナンダ。だから、幸セにナンテさせナい。ハイジョして、やる。オレを笑ウな。俺は、オレハ、幸セニナリたいんダ」
言第が、震えていた。
少年は唾を吐きナイフを構える。
「どうやら、一発ぶん殴らねぇとダメみたいだな」
雷が落ちる。何度も、何回も。
相対するふたりの戦いを祝福するかのように、空が興奮しているようであった。
お読みいただきありがとうございます~。
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