第152話「Voltage:96%」
男は北地区の倉庫にある倉庫の扉を開けた。それほど広くない倉庫の中には、さまざまな種類の花が壁一面を覆いつくしていた。
今度南地区で開かれる「フラワーガーデン」用の花束だ。男は入口の正面にある花の壁に近づき跪くと、手で掻き分け始めた。
必死の形相を浮かべ、花をちぎり飛ばしながら手を動かし続ける。花の可憐さなど、焦りを浮かべる彼の眼には見えていない。
「見つけましたよ」
背中越しに声が聞こえた。
同時に男は手を止めた。声が聞こえたからではなく、ちょうど同じタイミングで、探していたものを見つけたからだ。
首から上を後方に向けると、そこには黒いドレスのような服を身に纏った小さな影が立っていた。
声からして女性だ。男はゆっくりと口を開く。
「後を……つけて?」
「ええ、まぁ。といっても、あなた方の存在には気づいていたんですよ。つい最近じゃなくて結構前……あなた方が亜人街で遊んでいる時から」
ロゼの、楽しそうな声が響き渡った。
「放っておこうと思ったんですけどね。色々と慌ただしくなってきてから、ゾディアック様にあなた方を監視するよう言われて。北地区に入ってから、ずぅっと監視しておりました」
「……」
男は何も言わない。しゃがみこんだまま沈黙を貫いている。
「そしたら熱心にこの倉庫に入り浸っているじゃないですか。北地区は裕福層が多く住む場所なので、倉庫に来るのは北地区に精通している業者さんくらいしかいません。なのに他国の余所者さんがいらっしゃるのは、不自然ですよねぇ?」
小首を傾げて挑発するように背中に声をかける。
男は何も言わない。
「武器を隠す場所として最適ですよね。ここ。だってフラワーガーデン用のお花を集めた業者は「ラビット・パイ」ですもの。そこに武器を入れておくことなんて容易いでしょう。そしてラルムバート家に守ってもらいながら悠々と回収。流れるように武器を使用するって感じですか」
「……」
「お仲間も全員捕まりそうだから、悪足掻きに大暴れする予定だったのですか? 失敗しましたね。ああ、でもご安心ください。あなたの自慢の武器の使い道は、まだあります」
腕を後ろ手に組んで、ロゼは口角を上げた。八重歯が微かに覗いた。
「出せよ。改造銃とかいうの。ぶっ壊してやるから」
声色と口調を変えると、男がとうとう振り向いた。
手に、巨大な銃を持って。
一見すると剣のようであった。持ち手と鍔があり、刀身が長く太い。見てくれはロングソードのようだ。
しかし、黄金色に発行し、電撃音が微かになる刀身から、それが刃物でないことをロゼは理解した。
男は鍔の部分に指をかけている。あそこに引き金があるのだろう。
「ゾディアックに試し打ちをしたかったな」
ずっと黙っていた男が、ようやく口を開いた。男の瞳がロゼを捉える。
「……綺麗な人だから、撃ちたくない」
本心からの言葉であることをロゼは理解した。クスリと笑う。それは照れたわけでも嬉しいわけでもなく、「何言ってんだコイツ」という侮蔑を含めた嘲笑だった。
「ありがとうございます。紳士的ですね。素敵なあなたのお名前は?」
「……ドス」
ロゼがくすくすと笑う。
「ドス? 足音が「ドスドス」鳴るからドスですか? カマキリみたいな見た目しているくせに、おデブさんなのですか?」
「くだらない問答はしたくない。時間の無駄だから」
ドスが切っ先を向けた。同時に、刀身が縦に真っ二つに割れる。V字型に割れた刀身の間には、緑色の電撃が波打つように発光していた。力を溜めているのは明白だった。
「そこをどいてくれ」
「それが改造銃、ですか。ふむ?」
ロゼが小首を傾げる。
「電撃とは違いますね。魔力を魔法ではなく本物の自然発生させた雷に変換させ、それを弾丸に纏わせて、超速で射出するって構造ですか。確かにこれなら鎧を貫けますし、魔法で作った防御壁も壊せますね」
淡々と答えるロゼに対し、ドスは目を開いた。
「すごいな、一目で見抜くなんて」
「ありがとうございます。でも……」
ロゼは白い歯を見せた。
「正直言って……クソダサいです」
ドスは鼻で笑った。
同時に、鍔の後ろにあった引き金を引いた。
刀身が一瞬大きく発光、電気が弾ける音と共に光線が射出された。
その速度は音すら置き去りにしている。
例えるなら、光。
それと同等かそれ以上の速度。
ドスは勝利を確信していた。10メートルも離れていないこの距離からの直線射出。普通だったら避けられるものではないからだ。
ドスが放った光線は倉庫の壁を突き破り夜空へと飛び立っていった。膨大な熱によって壁は溶かされ、周囲の花には火が付いた。
攻撃だけを見れば魔法銃は完成しているといっても過言ではなかった。
なのに、弾は空を貫いた。
正面にいた女性の姿が、忽然と消えていたのだ。
「まったく。射撃のセンスもないのですね」
その時、女性の声が後方から聞こえた。
――ありえない。ドスは思案する。
普通の相手なら、ありえない移動速度だ。
普通の、相手なら。
その言葉を思い浮かべた時、ドスはクツクツと笑った。
「化け物退治も……視野に入れていたんだけどなぁ」
「あら、それは残念」
ロゼがクスリと微笑む。
「化け物"以上"も、視野に入れて作るべきでしたね」
言い終えると同時だった。
ロゼの真っ赤な眼光が光り、爪を立てた右手がドスに延びた。
★★★
「く……くそっ」
男は歯を噛み締め、拳を地面に叩きつけた。何か取り出そうとしていたのは確かだが、忘れたのか、それとも失くしたのか、目的の物がなかったのだろう。酷く悔しげな雰囲気を醸し出している。
少年はナイフを下ろし、顔を伏せる男を見下ろす。
「もういいだろ。何する気かわからなかったけど、何もできない、っていうことだけはわかった。だから負けを認めろ」
「負け、だと?」
男が顔をバッと上げた。目が真っ赤に充血しており、額に青筋が立っている。
「ふざけんな! 俺を見下すんじゃねぇ!!俺はまだやれる……! こんな、てめぇみたいなクソに」
男の手が懐に伸びる。少年がナイフを振り上げようとするが遅かった。
懐からリボルバーを抜き撃鉄を起こすと銃口を少年に突き付ける。少年は顔を引きつらせ、勢いよく身を反らした。
「犬っころに、負けてたまるかぁ!!」
引き金にかかった指に力が込められた。
直後、仰向けに倒れこんだ少年と入れ替わるように、一筋の赤い線が空を駆けた。
それが弓矢だと少年が理解した時には。
「ぎゃああぁぁ!!?」
男の腕に、矢が刺さっていた。男は悲鳴を上げ、持っていたリボルバーを地面に落としてしまう。撃鉄は落ちていない。引き金を引けなかったのは明白だった。
「大丈夫!?」
廊下の奥から、弓を構えたビオレが現れた。その後ろにはカルミンの姿もある。少年は安堵のため息を吐くが、キッとビオレを睨んだ。
「おせえよ! 何してたんだよ!」
「はぁ!? そっちが勝手に窓から突入したんでしょ! 目立つ行動は控えるようにってマスターに言われてたじゃん!」
「だからって呑気に階段から来てんじゃねぇよ! 俺すげぇ頑張ったぞ!」
「知らないわよそんなこと! こっちだって5階まで全力ダッシュで」
「ああ、もうやめなさいよ。敵の前でくだらない喧嘩しないの」
カルミンが手を叩いてふたりを落ち着かせる。
「敵? 敵ってこれの事かよ」
少年は未だに痛みに悶えている相手にナイフを向ける。戦う意思はもうないらしい。
「もう敵じゃない。俺たちの勝ちだろ」
「……そうね」
カルミンは冷ややかな目線を男に向けながら小さな声で言った。
★★★
少年たちが宿屋を出ると、外は静まり返っていた。やかましい警報音も兵士たちの移動音も掛け声も聞こえない。
ただ目の前に、武装した兵士の集団が隊列を組んでいた。
先頭を歩いていた少年とビオレの足が竦む。ガーディアンとは違い、全員が白銀の鎧に身を包んだ統一感のある兵士たち。そこから発せられるプレッシャーで、足が動かなくなっていた。
そして少年の隣にいる、縄で拘束された男は血眼を正面に向けた。
「おい、お前ら! 俺を助けろ!! このクソ亜人共皆殺しにしろぉ!!」
男は腕を後ろ手に縛られており、腰に縄が巻き付いている。そこから手綱のように伸びる縄は、少年の右手によって握られていた。
まるで猿回しの猿のようであった。
「……もう諦めろって」
それでもなお必死に叫ぶ姿を見て、何とも無様な姿だと思いながら、少年は言った。
「お前を助けるんだったらもうすでに兵士たちは動いているよ。けど、動かないのはそういうことだ。お前を助けるつもりはないってこと」
男の目線が少年に向けられる。困惑と怒りが渦巻いていた。
そして少年たちの後を追うように、ジルガーに肩を貸したカルミンが出てきた。
カルミンは兵士たちを一望すると、正面に立つ男を見つめた。
「お父様……」
「ご苦労だったな、カルミン、そして友人の方々」
エイデンは口元だけに笑みを浮かべて、右手を差し出した。
「その男はこちらで捕らえる。身柄を渡してもらおうか」
「……へ?」
男は口をあんぐりと開け、エイデンを見た。何を言っているか、理解できなかったようだ。
「すまないね、セロくん。君たちは……最初から私が捕らえるつもりだったのだよ」
少年の目がセロと呼ばれた男と、エイデン、交互に移る。
「……どういうことだ?」
少年はエイデンを見つめる。相手は、ゆっくりと喋り始めた。
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