第150話「Voltage:94%」
「確保した。ふたりだ。おう。なに? あとの人数?」
ベルクートはアンバーシェルを耳に当てながら、後ろ手に縛られて座っている男を見た。
「おい、あと何人いるんだ?」
筋肉質な巨漢に問う。ベルクートが肩を撃ち抜いた相手だ。
撃ち抜かれた肩はラズィが魔法で治療を施した。そのせいか、さきほどよりも顔色が良くなっている。
巨漢は鼻で笑うと頭を振った。答える気はないらしい。
「しょうがないですねぇ~」
とんがり帽子を被り直したラズィが、巨漢の隣に座る金髪に近づく。
「こっちの金髪さんの目玉ひとつ、潰しましょうか」
正面に立ち、ナイフの切っ先を向ける。金髪から情けない声が上がった。
「おっかねぇ女だな。美人が台無しだぜ」
「ベル。私口説かれちゃいました」
「おお、はいはい。ラズィちゃんは美人だからねぇ、しゃあない、しゃあない」
「ムカつくぅ~。腹いせに、この子の目玉両方とも取っていいですか~?」
金髪は泣きそうな顔で首をブンブンと横に振る。
巨漢がため息をついた。
その時、全員が路地の入口から気配を感じた。ベルクートが視線を向けると、そこには悪魔のような見た目をした鎧姿の男が立っていた。
「よう、大将。こっちは捕まえたぜ」
片手を上げると、ゾディアックも手を挙げて答える。ゾディアックは縛られているふたりを見下ろした。
「こいつらが全員じゃない。もう何人か仲間がいるらしい」
「どうしますか、ゾディアックさん。脅すか拷問すればすぐに喋りますよ」
殺しのスペシャリストであるラズィに頼めば、拷問をして答えを聞き出せるだろう。だが、なるべく人間相手に非道な行いはしたくなかった。
思い悩んでいると、巨漢が困惑した目を向けているのに、ゾディアックは気づく。
「あんたが、ゾディアック・ヴォルクスか」
「……そうだ」
「ランク・タンザナイトね。すげぇ。初めて見るわ。こう見えて俺も元、ガーディアンだからさ、生きる伝説目の当たりにして感動してる」
「……そうか。よかったな」
「はっ。変な奴だな、あんた」
巨漢が乾いた笑い声をあげる。
「失礼な奴だ。大将は”超”、変なんだぞ」
「ちょっと、ベル」
「そうですよ~。”めっちゃ”、変な人なんですよ~」
「……ねぇ、俺をいじるのやめて」
「大将に対して失礼な事言うなよ」
「そうだそうだ~!」
「……失礼なのベルとラズィ」
和やかな雰囲気を醸し出すガーディアンに向かって、巨漢は唾を吐いた。ゾディアックの足元に付着したが、3人は見下ろしているだけだった。
「これで勝ったつもりかい? 緑髪が言う通り俺にはまだ仲間がいる。そいつがこの街で大暴れしてくれるだろうさ」
「随分と強気だな、あんた」
ベルクートが笑い声交じりに言うと、巨漢はゾディアックを見上げた。
「多分あんたの仲間は北地区にいるんだろ」
「……」
「どっちだ? ガーディアンかどうかはおいといて……人間か。それとも、亜人かい?」
後者はわざとらしく強調した言い方だった。ゾディアックは何も答えない。だが、真実を知るには充分な間であった。
巨漢はクツクツと笑う。
「おめでたいなぁ、あんた。亜人じゃなくて、あんたやそこにいる緑髪のオッサンが北地区にいれば、あいつには負けなかっただろうに」
「どういう意味だ」
「俺たちは魔力が多い種族を肥やしにしているんだ。けどガーディアンなんか狙わねぇし、一般市民だって普通は狙わない。狙うのはじゃあなんだ? そりゃあ亜人だ」
巨漢が挑発するような笑みを浮かべる。
「獲物を捉えるために、俺らが何も備えていないと思ったか?」
その瞬間、ラズィはハッとして巨漢の手元を見た。
いつの間にかアンバーシェルが握られていた。
「チッ」
舌打ちしてそれをぶんどる。画面は通話中であった。
「筒抜けだ。残念だったなぁゾディアック。あんたが送った斥候は……”操り人形”にされるぜ。あいつがあの機械を使えばなぁ」
巨漢の笑い声が、サフィリア宝城都市の夜空に響いた。
★★★
アンバーシェルを奪われた。しかし重要なことはすべて聞けた。
宿の入口前に立ったセロは、ドスに人差し指を向ける。
「ドス、魔法銃持ってこい」
「え、ど、どうして」
「完成させる」
「む、無茶だよ。パーツの組み込みは終わっているけど、ちゃんと制御できるかは4人で確認しながら」
「うるせぇよ!!」
セロは罵声を浴びせた。
「グダグダ言ってんじゃねぇ! 俺が持って来いって言ったら持って来いよ! この世界でも俺に対して意見とか言ってんじゃねぇ! 異世界なんだから俺の都合を優先しろよ!!」
「な……何言ってるの、セロ」
「いいか!! 持ってきたらあの狐女ぶっ殺して魔力吸収して、この街全部破壊して逃げてやる! ゾディアックの首も吹っ飛ばしたら俺らは一躍有名人だ。わかったか? わかったならさっさと銃を持ってこい!!」
フーフーと荒い呼吸をしているセロは、手の甲で口元を拭う。口の端から零れていた涎を拭き取ると、口元に怪しげな笑みを浮かべた。
唾を飛ばしながら、激昂する相手に、ドスは恐怖していた。しかし首だけは縦に振られていた。
「わ、わかったよ」
ドスは短く返事をすると踵を返した。遠ざかっていく背中を見送ると、セロも宿の中に入る。
宿は5階建ての建物だ。観光客用の宿だが近くには巨大な高級宿……ホテルがいくつも立ち並んでいるため、観光時期でもない今はこの建物にセロたち以外宿泊していない。
セロの部屋は5階にある。フロントから鍵をふんだくると階段で5階に上り、自室に入る。
ウノとトレスはもう戻ってこないだろう。
セロはコートを着てウノが予備として持っていた大型のリボルバーを手に取り、トレスが好んで使っていたサブマシンガンを腰にしまう。UZIのような短機関銃であるためコートが隠してくれるサイズだ。
そして、コートのポケットに”アレ”があることを確認すると隣の部屋に入った。
中には、地面に固定されたベッドの支柱から伸びる鎖に繋がれた、狐の亜人がいた。狐の亜人は窓近くの壁に背をつけて項垂れていた。金色の尾は電気をつけなくとも、窓から差し込む月光によって光り輝いている。
音に反応した狐顔が頭を上げる。
何度かストレス解消のために、殴る蹴るの暴行を加えたため、顔の一部に青痣ができており、鼻や口元に血が滲んでいる。
「……どないした?」
狐顔の女性は口角を上げる。口の隙間から覗く歯から、血が滴り落ちる。
「顔色悪いで?あんた」
挑発するような言葉と表情だった。
セロはカッと目を見開き、銃床で狐顔の右目を殴りつけた。短い悲鳴を上げた相手に、再び銃を振り下ろす。
ともすれば暴発の危険性もあったが、頭に血が上っていたセロは自制ができていない。
「うぜぇんだよ! お前みたいな、人間以下が喋るんじゃねぇ! 調子に乗りやがって!」
セロの右足が亜人の体に叩き込まれる。月だけがその棒鋼の様子を覗いていた。
「死ね!! 死ね!! 死んじまえ!! お前みたいな、クズ――」
生まれてこなければよかった。
かつて自分が言われて、一番傷ついた言葉を投げようとした。
「おい」
突然、声が聞こえた。
セロは踏むのをやめ、正面に目を向ける。
月光が黒い影に遮られていた。カーテンではない、小さな人影が窓の外にいる。
「なに――」
それを認識した次の瞬間、窓ガラスが割れた。人影はセロに向かって突進する。突然の出来事に反応が遅れたセロは、避けもせず受けもせず、突進をまともに受けてしまう。
「がっ!!?」
腹部に衝撃が走った。セロは短い叫び声を上げながら後ろに吹っ飛ぶ。
次いで狐顔の少年が部屋に入ってきた。その表情は怒りに染まっている。
「俺の家族に何しやがる。このクズ野郎」
ガラスの破片を踏みつけ、セロを見下ろしながら、少年は歯を剥き出しにした。
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