第14話「訴」
ブル・ボアを倒した後、ビオレは村に戻り、修練場で修行に励んでいた。
今日の教官は父親でもあるシャイアスだ。
ビオレは弓を使用した的当てで好成績を収め、魔法の試験では、他の訓練生ができない魔法を使った。
シャイアスですら、それを目にした時、目を丸くした。
矢に風の魔法を纏わせ、威力と飛距離を大幅に上げる。
俗に「エンチャント」と呼ばれる技能だ。細かい魔力の操作を要求されるため、決して誰でもできる芸当ではない。
ましてや。エンチャント用でよく使われる”ミスリル・ウェポン”ではなく、木製の矢でエンチャントを成功させた。
ビオレの実力は、認めざるを得なかった。
「どう? お父……じゃなかった。教官」
得意げな表情で見ると、シャイアスは腕を組んだ。
「それがラミエルとの成果か」
「そう! すごいでしょ!?」
ああ、凄いな。
その言葉が来ると思った。来ないにしてもちょっとは褒めてくれるだろうとビオレは思った。
だが、シャイアスは何も言わず他の訓練生の指導に向かった。
ビオレは唇を尖らせた。
「ねぇねぇ、ビオレ! 今のどうやってやったの!?」
「私に教えてよー」
仲のいい訓練生が声をかけてきた。ひとりは緑髪のロングヘアが特徴的で、もうひとりはビオレより5つ年上の痩せた女性だった。
「うん、いいよ。こんなの誰でもすぐできるから」
ビオレがそう言うと、緑髪の方がため息をついた。
「いいなぁ、ビオレは優秀で。私、戦いになると怖くて……」
「大丈夫! もしモンスターが来たら、私がみんなを守るよ!」
元気いっぱいにビオレは言った。自信満々の声は、訓練場に響き渡る。
視界の隅にシャイアスが映る。
何も言わず、反応もせず、黙々と自分の仕事を続けていた。
★★★
夕方になり、ビオレは再びラミエルが眠る広場へとやってきた。
「ラミエル!!」
広場では、ラミエルが地に伏して目を閉じていた。
巨大な体に近づき、ビオレはラミエルの赤い鱗に触れる。
「ねぇ聞いてよ、ラミエル。今日お父さんにエンチャント見せたの! そしたら無視だよ、酷くない!? ちょっとくらい褒めてもいいじゃん! きっと自分が子供の頃より私が優秀だから、嫉妬してんだね。うん、きっとそうだ」
ビオレは一気に喋る。だが、ラミエルは何も言わなかった。
首を傾げて鱗を叩くと、ラミエルの巨大な瞼がゆっくりと開いた。
【……ああ、ビオレか。朝ぶりだな】
「おはよう! 寝てたの?」
【……ああ。なぜかな。すごく、眠いんだ】
朝に比べて、声に力がなかった。
「具合悪いの?」
【……】
「おじいちゃんだもんねぇ。じゃあ今日は帰ろっかなぁ」
【ビオレ】
ラミエルの黄金に輝く瞳が、ビオレを捉える。
【もうすぐ、君は、立派なガーディアンになれるだろうな】
「えー? そうかな? だってお父さん、全然褒めてくれないし、この調子じゃガーディアンになれるのなんか、20年後かも」
【なれるさ。いや……なってほしい】
ラミエルは穏やかな声で言った。
【ビオレ。ガーディアンになったら、楽しいことばかりじゃない。時に残酷で、非情な選択を迫られることもある。だが、その時……勇気を持って、自分で決めて欲しい。選択を、道を……運命を】
「……どうしたの、ラミエル。なんか、本当に調子悪いの?」
朝とは明らかに雰囲気が違う友の言葉に、ビオレは不安になった。
ラミエルは体を起こす。巨大なドラゴンが、4つ足で大地を踏みしめる。
【さて。もう暗くなる。早く帰った方がいい。シャイアスが、心配する……】
様子は、明らかにおかしかった。
だがビオレはそれ以上問い詰めはしなかった。
「ねぇ、ラミエル。来週さ、また近くの山頂に連れて行ってよ」
【……いいぞ。デルタ山脈を見下ろそう】
「本当!? 約束だよ」
【ああ】
ラミエルの目が、小さな存在を真っ直ぐ見つめる。
【約束だ】
★★★
「また、ラミエルに会ってきたのか」
夜、食事をしていると、シャイアスの低い声がビオレにのしかかった。眉間に皺を寄せていた。
バツが悪そうに、ビオレは視線をそらす。
「そうだけど」
「……夜まで魔法と弓の修行だと、前もって言っていただろう。他の子達は全員日が落ちるまで行ったぞ」
「……だって、私もうマスターしてるもん」
「あれでか? 相変わらず威力が制御できず、酷い突風を発動している。エンチャントもだ。一見綺麗にできているが、あれでは普通に矢を放つのと相違ない。現に、的を壊せなかっただろう」
シャイアスは小馬鹿にするように言った。
声が癪に障り、ビオレはシャイアスを睨み上げる。
「何? 嫌味なんて聞きたくないんだけど」
「ラミエルとはもう会うな」
「え……」
突然の言葉に、ビオレは困惑した。
「どうして」
「自然が言っているのだ」
シャイアスは冷ややかな目で、ビオレを見た。
「もう、あのドラゴンに近づくな」
「な、なんで!?」
「最近森の声が騒がしい。原因はラミエルにある。あいつは、災いを呼ぶ存在らしい」
「わっ……災いを呼ぶって? 私、今日話して来たばかりだよ! 今日だって元気に――」
そこまで言って、止まった。夕方のラミエルの様子は、どことなくおかしかったのを思い出したからだ。
でも、だからといって、それが災厄に繋がるわけではない。
シャイアスは頭を振った。
「近々あいつを山から追い出す。わかったな」
「……ちょっと待ってよ、意味がわからないんだけど!」
「これはもう決定事項だ」
「ちゃんと説明してよ!!」
ビオレはテーブルを叩いた。
「どうして!? ラミエルはずっと私達と一緒に暮らして、この村を、山を、森を守り続けてきた守護竜だよ!? なのに酷いよ、追い出すなんて! ラミエルが何したの!? ラミエルは、確かに火を吐くドラゴンかもしれないよ」
目尻に涙が浮かんだ。
「けど、花と自然が大好きな、心優しいドラゴンだよ。それはお父さんも知っているでしょ?」
「……自然の声には逆らえない。私たちは自然の民だ。わかるな?」
ビオレは涙をこぼしながら父親を睨んだ。
「お父さんはいつもそうだよ。自分の意見を押し通して、みんなを振り回して。いざとなったら自然の民がどうこう言ってさ」
「ビオレ」
「なにが元”ダイヤモンド”の優秀なガーディアンよ」
「ビオレ。聞くんだ」
「やだ!!! お母さんとラミエルの方が、ずっと私を見てくれているもん!!」
そう言って席を立ち上がる。
「お父さんなんて、大っきらい!! 」
ビオレは叫ぶように言った。食事も終わらせないまま、駆け足で部屋を出て自室へ向かう。
騒々しい足音が遠ざかっていき、シャイアスはため息をついて項垂れる。
「……駄目な父親だな。私は」
ため息交じりの声でシャイアスは呟き、天井を見上げた。
「やっぱり、お前がいないと駄目みたいだ」
シャイアスは棚に飾られている家族3人で撮った写真を見つめる。
今はもういない妻がそこにはいる。
シャイアスは切なげな目で、ビオレが出ていった方を見つめた。
自室に入ると、ドアを勢いよく閉め、泣き顔をベッドに押し付ける。
ラミエルを追い出すという言葉にも対して、そして父に対して嫌いと言ってしまったことに対する涙が、シーツを濡らす。
まだ理解できない。父はどうしてあんなことを言ったのか。
明日になったら、その答えが聞けるだろうか。
だがどんな言葉が来ても、ビオレは反対することを誓った。
ラミエルは、私の友達だ。
ビオレはシーツを力強く握りしめた。
★★★
「――!! ――――――!!!」
謎の音が聞こえた。
ビオレは薄目を開ける。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。
カーテン越しに見える外は、少し明るい。もう朝だろうか。
「――げろ!! ――――! 荷物は――!!」
「――供は――へ! ――は弓で――――」
外が、異常に騒がしかった。
ベッドから起き上がりカーテンに手をかけると、耳に泣き声が飛び込んできた。
同族の声ではない。
これは、森の泣き声だ。次いで村の付近で生きる物たちの、断末魔の叫びが聞こえた。
ビオレは寝ぼけまなこを擦り、時計を確認する。まだ夜だ。だが外が明るい。
橙色に近い、色。
月明かりの光出ないことだけは確かだ。
ビオレは困惑しながら、カーテンを開け、窓から外を見る。
火の海と化した村の光景が、眼前に広がった。