第145話「Voltage:85%」
「お待ちください!!」
セントラルを出てしばらく歩き、風が冷たくなってきたなどと思っていると、この世で一番聞きなれた少女の声が聞こえた。
エイデンは立ち止まり振り返る。走ってきたのか、肩で呼吸をする黒髪の剣士がそこにはいた。
「カルミン。元気にやっているみたいじゃないか」
愛娘であるカルミンは顔にかかった前髪を指先でどける。不機嫌な表情を浮かべていた。
「お父様、なぜアウトローを屋敷に招いているのですか」
「気になるから帰ってくるといい。いつまでも家出娘では肩身が狭いだろう」
「誰がっ」
声を荒げようとしたカルミンは奥歯を噛んで喉を鳴らす、話が脱線しかけたのをなんとか修正する。
「アウトローと手を組むのはおやめください。お父様が何をお考えなのかわかりませんが、こちらも仲間を拉致されている可能性が高いのです」
「亜人なのに仲間か」
「亜人は私たちと何ら変わりません。見た目が少しだけ魅力的なだけです。私の友人が、それを教えてくれました」
「あのグレイス族の子か」
「ビオレ、です。彼女には、いえ。亜人たちには立派な名前があります。彼らは物ではありません」
エイデンの口角が上がる。ただの反抗期から家出していた少女が、いつのまにか強い女性になっていた。
「あいつらの好きにはさせんよ」
「え?」
「私はある狙いであのアウトローを屋敷に招いている。だがな、ガーディアンにその目的を話したら邪魔されるのは必至なのだ。だから詮索はここで終わりにしてほしい」
「そんな勝手な」
「安心しろ。最後は……私が持っていく」
意味ありげな発言に対し、カルミンは困惑の表情を浮かべるしかなかった。
「いつでも帰ってきていいぞ、カルミン。お前の部屋は毎日、メイドが掃除してくれているからな」
★★★
椅子に座らされた少年は敵意と歯を剥き出しにしたまま、隣に座るベルクートを睨んでいた。
「そんな顔すんなって。絶対暴れるなよ。次暴れたら縄で縛らなきゃならなくなる」
「じゃあそうしろよ。縄なんかで俺が止められるか」
「ご自慢の爪が通らねぇ縄にするに決まってんだろ」
だったら魔法を使ってやる。そう言いかけて口を噤んだ。魔法が使える、という情報を出したら、縄では済まなくなるかもしれないからだ。
「まぁ、そうしょげんなよ少年。見てみろ」
ベルクートは咥えた煙草を上下に動かした。煙草の指す方へ顔を向けると、ゾディアックと複数のガーディアンが話し合いをしていた。何を話しているかは聞き取れない。周囲の雑音が多すぎるせいだ。
「俺とか、多分、ラズィちゃんもさ。叩けば埃が出る身なのよ」
「なんだよ突然」
「聞けって。変なトラブル起こさず普通のガーディアンとして生きたいなぁとか、好きなことして生きたいなぁって俺らは思っているわけ」
なのにさ、と言って、ベルクートはクツクツと笑う。
「うちらの大将ときたら、ありゃ北地区行くつもりだぜ。また何かろくでもねぇこと考えてんだろうなぁ」
「あんたは、行かないんだろ」
「なんで?」
「だって、叩けば埃の出る身だって」
「そうだよ。だけどさ。あいつについていったら、絶対楽しくなる。普通の生き方するよりよっぽど楽しくて刺激的な時間が過ごせる。はやい話、退屈しねぇのよ」
ベルクートは少年の頭に手を乗せた。
「安心しろ。うちの大将が見捨てるわけねぇ。俺らも喜んでお前の"家族"。助けてやっからな」
「……子供扱いすんなよ」
「そういうこと言ってるうちは子供だよ」
わざとらしく手を動かす。少年はその手を振り払おうとはしなかった。
「お前バカか!!?」
その時だった。突然、高い声が響いた。
ふたりが視線を向けると、呆れたようなため息をついて、額に手の平を当て頭を振るレミィの姿があった。
★★★
「うまくいかなかったら全員ただじゃすまないぞ」
「だからこそのエミーリォだ」
ゾディアックが横に顔を向ける。椅子に座ったエミーリォは楽しそうな表情を崩していない。
「頭下げた手前、そういうことをやるのはちょっとなぁ。面白そうだからやってもいいんじゃが」
「おじいちゃん!!」
レミィの怒号が響く。エミーリォはわざとらしく悲鳴を上げ、両腕で顔の前を隠した。
「冷静に考えろ。本気でやるつもりか」
「ここでやらないと、亜人のガーディアンも少年の恩人もみんな死んでしまう」
「その情報とやら確かなのか?」
「可能性があるだけ危険だろう」
レミィはぐっと押し黙る。昔と違い、まったく物怖じしないゾディアックを扱い辛いと感じた。
「けどさ、肝心のその、作戦が……"乱闘騒ぎ”って」
「乱闘騒ぎじゃなくて喧嘩」
「どっちでもいいわ!! そんなの!!」
レミィは吐き捨てるように言うと椅子にドカッと腰を下ろした。天井を見上げる。
「ガーディアンと亜人を北地区付近で意図的に鉢合わせて、乱闘騒ぎを起こす。その隙に一部のガーディアンとあの少年が協力してラルムバート邸にてアウトローを……」
額に腕を置きブツブツと喋っていたレミィは口をへの字に曲げた。
「無理だろ。まず、ガーディアンと亜人で乱闘騒ぎなんて、”フリ”じゃすまなくなる。マジで殺し合うやつも出てくるぞ」
「本当に武器を重ねなくてもいい。武器を見せびらかして互いに騒げばいいだけだ。利害が一致していれば、向こうから仕掛けてくることもない。ガーディアン側は俺が抑えるから」
「楽観的すぎる」
「獣人側も大丈夫なんだ。彼らを統率してくれそうな奴がいる。レミィなら、わかるだろ」
レミィの脳裏に、巨木のような体をしたオーグ族が思い浮かぶ。ゾディアックの言葉に渋々納得するように舌打ちを返す。
「大目に見て、前半はいいとしようか。兵士は騒ぎが起きたら、それを鎮めるために行動を起こさなきゃならない。北地区付近ならなおさらだ。兵士が来た時点で亜人たちは逃げればいいよ。けど後半は無理だ」
「なぜだ。ガーディアンは、エミーリォと一緒に堂々とラルムバートに行けばいい」
「お詫びしたいとかいって粗品とか持っていけば、あいつはすんなり入れてくれるぞい」
なぜかノリノリなエミーリォを、レミィはギロリと睨む。
「そっちはいいけど、少年は? あの子だけ潜入になるじゃないか。見つかったら殺されるぞ」
「別に死ぬ覚悟はできてんだよ」
少年がレミィに近づきながら言った。
「ずっと命失うかもって環境で育ってきたんだ。今更」
「黙ってろ」
レミィの刺すような声、少年の言葉を遮った。体内に氷柱が入れられたような感覚に陥った少年は、その場に立ちすくんでしまう。
額から腕をどかし、座りなおしたレミィは、ゾディアックを見つめる。
「その子はここに置いていけ。危険に晒す必要がない」
ゾディアックは少年を見た。少し顔色が悪い。寝不足と心身の疲労によるものだ。
彼の気持ちは汲みたいが、レミィの言うことはもっともだった。ゾディアックは少年に言
葉を投げようとした。
「少し、よろしいでしょうか」
全員の視線が動く。視界に捉えたのは、ビオレの友人でもある剣術士、カルミンだった。
「カルミン、どうしたの?」
「その作戦。私を使ったら、危険に晒されることなくその子もラルムバートに入れます」
カルミンが少年を見ながら言った。
「ほ、本当か?」
「はい。だって……私、ラルムバートが実家なので」
「え」
レミィが目を見開いた。どうやら初めて知ったらしい。鋭い視線がエミーリォに向けられる。
「わ、ワシは知らんよ」
両手を上げ、無抵抗をアピールする。明らかな嘘だが言及するよりも先にカルミンが言葉を続けた。
「私だったら家に帰っても怪しまれません」
「身分を偽っていたのなら、事情があるだろ。いいのか?」
ゾディアックが聞くと、頷きを返した。
「恥ずかしいですが、ただの家出ですので」
「居場所はあるのか?」
クスリと笑う。
「毎日掃除してくれているみたいです、私の部屋」
「そうか……ありがとう」
ゾディアックは短く礼を言うと、少年を見る。
少年は強く頷きを返した。
レミィは何も言うまいと思いながら、諦めるようにため息をついた。
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