第144話「Voltage:83%」
ドアを押しセントラルの中に入ると、ガーディアンたちの視線がゾディアックを突き刺した。
「ゾディアック」
「ゾディアックさん!」
周囲から名が呼ばれ心配そうな視線が向けられるが、ゾディアックは反応を示さず奥へと進んでいく。
「おい、ゾディアック。逃げられたってシノミリアで言っていたが、これはどういう」
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ。な」
興奮していた巨漢のガーディアンの前にベルクートが立ち塞がり、両手を向け、気を静めるよう促す。せっかく捕らえた情報源をみすみす逃してしまったため、何人かはゾディアックに明確な怒りの感情をぶつけていた。
「……あれ、あの子」
人混みの隙間から見つめていたミカは、くっつくようにゾディアックの後ろを歩く狐顔の少年の姿を捉えた。なぜここにいるのだろうと思ったが、無事でよかったという気持ちがそれを上回り、安堵のため息をつく。
ほとんどの者が静かに見守る中ゾディアックは受付に向かう。カウンター内にいたレミィが立ち上がりカウンターから外に出る。
「ゾディアック。すまない、もう少し連絡を待つべきだったか?」
「……いや、いい。それよりエミーリォはいるか?」
その時ゾディアックは腰付近が引っ振られる感覚に陥った。視線を向けると、少年が怯えと怒りを混ぜたような複雑な表情を浮かぺながら、ゾディアックの腰鎧にあるベルトを掴んでいた。小さな手が微かに微えている。視線を少年の後方に向けると、明らかな敵意が向けられていた。亜人に対する侮蔑的な視線だ。
こんな状況だというのにまだ亜人を別け隔てるのか。呆れるような息を押し殺しながらレミィに向き直る。
「おじいちゃ、じゃなかった。エミーリォなら上にいる」
「会えるよな」
「いや、今は来客の相手をしていて」
「来客?」
首を傾げると、2階から扉を開く音がした。ゾディアックとレミィ、少年の視線が上に向けられる。足音が近づいてくる。そして錬鉄で作られた瀟洒な格子手摺付近に、エミーリォと来客者が姿を見せた。
オールバックの黒髪と凛々しい横顔がシャンデリアの明るい光に照らされる。男性だった。顔に皺があり初老の男性といった見た目をしている。
男性はエミーリォと2、3言葉を交わすと、格子手摺に近づき階下を見下ろす。
格子に手を置きながら、すぐにゾディアックを捉えた。
「ほう」
感心するように息を吐くと男性は階段を下りる。身なりが綺麗であり、鎧姿やローブ姿の者たちで埋め尽くされるセントラル内では異質な存在感を放っている。
「あの服、とんでもないブランド品よ。トムが者ていたスーツと似ているけど質は段違いね」
ラズィが隣に立ち、視線を男に向けたまま耳打ちする。服は光沢を放つほど上質な布で作られており、革靴など新品のそれだ。埃がひとつもない。歩き方も自信に溢れている男性は、この地区の人間ではないことを物語っているようであった。
「君がゾディアック君か」
男性はゾディアックの前に立つと手を差し出した。
「エイデン・ノア・ラルムバートだ。よろしく種む」
ゾディアックは兜の下で目を見開いた。「ラルムバート家」はいわゆる名家であり、サフィリア宝城都市の兵士軍隊を指揮監督する最高の権限を有している。いうなれば、この国の政府の長と同等の地位に位置している存在である。最強のガーディアンと言われているゾディアックであっても、その権力差は天と地ほどの開きがある。
この者が、あのアウトローを客人として迎えた人物なのか。ゾディアックは警戒しながら握手に応じる。力強く鋭い相手の目に圧倒されかける。だがどこかで見たような目元だ。
「……カルミン?」
ビオレが呟くと、エイデンと名乗った男は握手をやめ、柔らかい笑みをビオレに向ける。
「おや。娘を知っているのかい。そうか、君が以前話していた、亜人の友達か」
値踏みするような視線を一瞬向けると、エイデンは頭を下げた。
「これからも娘と仲良くしてやってくれ。あの子は少々お転婆だ。聡明なグレイス族の子と一緒なら、親としても安心だからね」
「は、はい」
ビオレは跳ねるような返事をした。
穏やかな口調だった。亜人を差別するわけでもなく、同等に接している。敵意や皮肉も感じない。本心からの言葉だった。
だからこそ解せない。この権威的な装いだが優しげな心を持つ男性がなぜアウトローを客人として迎えているのか。
「なぁ、おっさん」
ゾディアックが口を開く前に少年が歯をむき出しにしてエイデンを睨みつけた。
エイデンは再び値踏みするような視線を向けた。
「何かな?」
「あの黒ずくめの連中、あんたの客人って本当か」
「ああ、彼らか。確かにそうだが」
「あいつら銃使ってこの国の連中傷つけているんだぞ!」
「一般市民もかい?」
「は?」
まるで他人事のような熊度だった。エイデンは淡々とした口調を続ける。
「彼らは一般市民を傷つけたわけではない。何か大きな問題を起こしたわけでもないだろう」
「ふ、ふざけんな! 俺たち亜人や、ガーディアンの亜人が」
「それがどうしたのだね? 警備をさせない亜人街の住民。兵士をないがしろにし、己の強さと自由を謳うガーディアン。いざ危険な目にあったら助けてほしいというのは、都合がいいことだとは思わないかね?」
「思わない」
ゾディアックが少年を隠すようにエイデンの前に立つ。頭一つ分身長の低いエイデンは見上げる形になる。
「あなたの目的はなんだ。金じゃないだろう」
「最強のガーディアン、か。エミーリォが言っていたよ。実質、この国におけるガーディア
ンのリーダーは君だとね」
「俺は、そんな柄じゃない。エミーリォの冗談だよ。俺より立派なガーディアンなんていっぱいいる」
「誰遜しなくていい。だが殊勝な態度は気に入った。今回、私の客人に対して不当な扱いをしたことは大目に見よう。感謝するべきだぞ。エミーリォに」
「どういうことだ」
「君のために頭を下げたのだ。労いの言葉くらいかけておきたまえ」
エイデンは視線を切り、ゾディアックとすれ違う。
「では、ごきげんよう」
軽く頭を下げた。セントラル中に通るようなエイデンの声。将たるものの声質だった。エイデンの堂々とした歩き方か、それとも雰関気か。ガーディアンたちはエイデンに立ち塞がることもせず、ただ道を譲るしかなかった。
★★★
すっかり息を潜めたようなガーディアンたちに、少年は困惑した視線を向けるしかなかった。
「なぁ、ゾディアック。はやくジルガー助けに行こうぜ」
「……」
「なんだよ。あんな爺の言うことなんか無視してさ」
「行けねぇよ」
ベルクートが口を挟んだ。
「事情がどうあれ、北地区にいる大物の客人だ。こっちが下手なことしてみろ、よくて”国外迫放”だぞ。この国の、っていうしがらみがあるゾディアックは特にまずい。ガーディアンじゃなくなる」
「セントラルとしても、タンザナイトなんていう希少なガーディアンを失うわけにはいかない」
レミィが自身の片腕を掴み、強く握りしめながら言った。視線は少年のほうを見ていない。
察した少年は眉間に皺を寄せる。
「相手が、客人とやらが明確な破壊行為や犯罪行為を行えば動けるけど」
「なんだよそれ。じゃあ、ジルガーを見殺しにしろってか」
ゾディアックの言葉を遮り、少年は食ってかかる。
「いいのかよ。ジルガーのことは置いておいてさ、仲間であるガーディアンも死ぬかもしれ
ないんだぞ」
「下手に動いたら、ここにいる全員が死ぬより辛い目にあうかもしれない」
レミィはそう言ってようやく少年を見た。
少年の憎悪に近い眼を正面から見据える。やがて、沈黙を断ち切るように、少年が踵を返した。
「待て! どこに行くつもりだ」
レミィが声を張り上げた。少年は背を向けたまま口を開く。
「ジルガー取り戻しに行く」
「死にに行くだけだぞ、やめておけ。君の立場は」
「ああそうだよ、ガーディアンみたいな立派な地位にもいねぇ!! けど、こんな俺を今まで守ってきてくれた恩人を見殺しにするんだったら、喧嘩売って助け出して死んだほうがマシだ!!」
少年は駆け出した。
「おい待てって!!」
ベルクートが手を伸ばし少年の襟首を掴んだ。
「離せぇ!!」
服が伸びながらも少年は暴れ狂う。ビリビリと服が破ける音が鳴る。
「ちょ、取り押さえるの手伝ってくれ!!」
水を打ったように静まり返っていたセントラルが騒がしくなる。だが、一部では落胆したような顔で椅子に座る者がいた。亜人をパーティに入れていたガーディアンだ。目頭を押さえている者もいた。
レミィは下唇を噛みゾディアックを見る。漆黒の騎士は黙って少年を見つめていた。
「……そうか、なるほど。レミィ」
ゾディアックがレミィの方を向く。
「作戦があるんだ。聞いてくれ。できれば、エミーリォも一緒に」
ゾディアックは首を上に動かし、"楽しそうな笑みを口元に浮かべている”エミーリォを見つめた。
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