第143話「Voltage:80%」
もし異世界というものがあったら、そこで人生をやり直したい。
その思いが神か、それとも別の何かに通じたのか、セロは異世界「サンクティーレ」の地を踏むことができた。
「ふぅん……で、お前は死に物狂いでこの世界に来たと」
宿屋の部屋で、ウノは酒が入ったグラスを右手で持ちセロに向けた。セロは呆けたように口を開けて窓の外を見ている。視線の先には夜空に浮かぶワイバーンたちの姿がある。異世界人にとって、ワイバーンは珍しい生き物らしい。
「なぁ、そんなの見ていて面白いか?」
「面白いよ」
視線を向けずにセロは答えた。
夜空を見つめている豚と会話している気分だった。ウノはため息をつきグラスを置くと銃を取り出した。
「それ、リボルバー?」
手入れの道具を丸テーブルの上に広げていたところで、セロの声がかかった。
「知ってんのか?」
油で薄黒く汚れたカーキ色の布を広げ、その上に道具を置いていく。
「使ったこともある」
「へぇ?」
「子供の頃に撃ったきりだったけど、的に当てるの、上手かったよ」
「本当か? じゃあ使ってみるか?」
「いいの?」
ウノは頷きを返した。
ウノとしては、セロをこの場に置いていきたかった。街に到着し食事を共にしたのだが、セロは見た目通りの大食いであった。料理の代金と現在の宿代を支払っているのはウノである。このままではすぐに財布がすっからかんになるのは明白だった。
だから適当に武器を渡して、モンスターにやられてしまえばいいと思った。武器を渡しているということは見殺しにはしていない。
ウノはリボルバーのグリップをセロに向けた。
「ああ。明日、さっそくモンスター相手に使ってみな」
「わ、わかった!!」
セロは頷いた。三重になった顎を見て、ウノは口元に笑みを浮かべた。
★★★
ウノはフォルリィアのガーディアンであった。駆け出しであった13歳の頃は、市民のために戦っていた。しかし便利屋のような扱いに飽きてしまい、ガーディアンという地位と力を利用して金儲けに走るようになった。報酬の横取りから、ちんけな盗人の真似事を行い、遂には殺しの依頼も受けるようになった。
悪行が白日の下に晒されたのは、ウノが19になった時だ。すぐに国外追放を言い渡され、放浪の旅を余儀なくされた。そして26になった現在は、怪しげな依頼を受けて金を儲けるアウトローに落ちぶれている。
ウノはそれなりに自由を謳歌していた。何度か同業者から誘いを受けたがすべて断っていた。単純に仲間という存在が鬱陶しかったからだ。
だからセロもすぐに切り捨てまたひとりに戻るつもりだった。
しかしその考えはすぐに改めることになる。
「よし!!」
セロはガッツポーズを取り、喜びの声を上げた。視線の先には横たわったコヨーテが3匹いた。
コヨーテのような素早い動きをする犬型のモンスターには、リボルバーの弾丸など当てられないとウノは予想していた。しかしセロは6発の弾丸でモンスターを倒し切ってしまった。
「いい腕だな」
引き攣った笑顔を浮かべ、額から血を流すコヨーテと、口呼吸しているセロを見比べる。
何もできないような見た目をしていながら、非常に優秀な”ガンナー”であることをウノは理解した。
「なぁ、俺と一緒に来ねぇか?」
「え?」
「せっかく異世界から来たんだ。いや、お前の場合だと異世界”に”来たのか。で、どうよ? 国にいるよりお前さんの特技を活かせる俺と一緒にいた方が楽しいぜ」
セロは頬を真っ赤にして頷きを返した。
「う、うん! 行くよ! 行く!」
「ようし、じゃあまずは……」
視線を上下に動かすとウノは鼻の下を擦った。
「服買いに行くぞ」
「え、うん」
「そんで体絞るぞ~。お前はデブすぎる」
「な……なんだよそれ」
「いい体にならないと女買っても抱けねぇぞ~」
ウノはケラケラと笑った。
それからはずっとウノと悪事を働いてきた。異世界のモンスターを倒し、住民に手をかけ金を盗みもした。
悪事である自覚はあった。しかし、一度死ぬ思いをした身であるセロは意に介していない。今までの憂さ晴らしの意味も込めて、暴れ続けた。
各地を転々とする中、頭脳派であるドスやムードメーカーであるトレスと出会い、4人で行動を共にすることが主になった。
初めて友人と呼べる存在ができたセロは、異世界に来てよかったと心の底から思った。友がいる世界。自分よりも弱い存在がいる世界。銃を使ってこの世界で有意義に暮らし、今後は魔法も学びたい。そう思っていた。
そして資金も貯まり、亜人を操る機械をドスが作ったところで、新しい銃を開発し売り捌こうとウノは考えた。
その銃の名は「魔法銃」。
魔力を変換して、魔法よりも、貴金属の弾丸よりも高威力な特殊な弾を発射させることができる、魔法の銃。材料に大量の魔力が必要であったため、亜人を何匹も殺してきた。
完成は間近に迫っていた。最後に銃を完成させるのは、他の国よりも法も管理も緩い自由の国、サフィリア宝城都市と決めていた。
楽に完成まで持って行けると考えていた。ガーディアンの数が多かろうがタンザナイトのガーディアンがいようが、亜人を大切に思うわけがない。
しかし、その考えは見事に外れてしまった。
★★★
「何してたんだよお前は!!」
セロは青い顔をしたドス目掛けて拳を振った。右頬に鉄拳を見舞われ、小柄で不健康そうな体が派手に吹っ飛び地面に突っ伏す。
北地区にある宿泊施設だった。一泊に何十万ガルという金が吹っ飛ぶ施設だ。これで北地区の中では一番安い宿ではある。
「ご、ごめん……」
ドスは震え声で言うと、涙で濡れた怯えた瞳をセロとウノに向けた。
「まぁまぁ。いいじゃねぇか。トレスは戻ってきたんだしよ」
椅子に跨り、背もたれに顎を乗せていたウノはベッドに視線を向ける。
「まずは仲間の無事を祝おうじゃないか」
「うるせぇよ。何が無事だ。くそ! ドス! お前がトレスを見てたんじゃないのか!? なんでひとりで行かせた!!」
「と、止めようとしたんだけど……すぐに帰ってくるって言ったから」
セロは呆れてしまい、ため息をついた。怒る気力が失せていくのを感じた。
「あのなぁ、今までトレスがそう言って帰ってきた試しがあったか? 何年一緒にいると思ってんだよ」
「う、うん、ごめん」
「時間にルーズなのわかってんだろ!!」
「ご、ご、ごめん」
舌打ちしてドスを睨む。昔の自分を見ているようだった。なるほど、これは確かに暴力を振るいたくなる気持ちもわかる。
セロは自分の額に拳を当てる。思考を巡らせ、次は何をすべきか考える。
「とりあえず、ガーディアン……ゾディアックか。野郎が一番厄介だ。というか、奴が敵だとすると今すぐに国から出た方がいいな」
「何言ってんだよ。もうすぐ完成だろうが」
顎先で壁を指す。
「隣にいるあの狐殺して魔力奪おうぜ」
「それをやったらマジで殺されるかもな。別に他の国にもわんさか亜人はいるんだ。ここにこだわる意味は」
「ある。この国を実験台にしてやる。そんでゾディアックごとまとめて吹き飛ばしてやる。最高の試し撃ちの相手じゃねぇか」
奥歯を噛み締める。許せなかった。異世界に来た自分が一番偉いはずなのに、最強だとかいう”設定”を貰っているゾディアックとやらが。こういう最強を名乗るキャラは、異世界人に倒されるのがセオリーなのだ。だから、銃が完成すれば必ず勝てるとセロは睨んでいた。
そんな思いを知らないウノは頭を振る。
「それでも駄目だ。あの狐の魔力があったら、確かに完成まで持っていける。けど連行されている間に魔力を垂れ流し続けていたせいで、溜める必要がある。明日の夜か、朝方までは待つしかねぇ」
「その間にガーディアンが来たりは」
「な、ないと、思う……。僕たちが北地区にいるって伝わっているから」
「下手に手出しはできねぇさ。少なくとも、今日明日で来はしねぇ」
ウノがニッと笑うと、セロは頷きを返した。
とりあえず完成までは持ちそうだった。魔法銃が完成したら、ゾディアックに向けて撃つことをセロは決めた。
姿も顔も見たことがない相手を頭の中に生み出し、銃でバラバラにする妄想を繰り広げて、セロは声を押し殺しながら笑った。
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