第141話「Voltage:77%」
亜人街のストリップクラブから出て、ジルガーは夜風に身を震わせていた。
「寒……」
黄金の毛並みが揺れる。体毛があるとはいえ、寒いものは寒い。
ジルガーは指先に紫炎を灯すと、口に咥えている煙草にそれを近づける。クラブ内は禁煙なのだ。
視線を後方にある看板に向ける。ピンクのいやらしい色をしたネオンと共に店名が照らされている。
読む気にもならなかった。いくつかの店を掛け持ちしているジルガーは、この店を大層嫌っていたからだ。ストリップクラブなんていう場所で禁煙など。何をいい子ちゃんぶっているのだ。バーに行って酒が出ないようなものではないか。
心中で愚痴を言ったジルガーは視線を通りに向ける。
閑散としていた。今日は珍しくガーディアンがほとんどいない。キャラバンの者たちはチラホラいるが、それでも先日に比べたら天と地の差である。
ゴミが散乱する通りから、次に入口であるアーチに目を向ける。入口からでも見えるこの看板は、さぞかし神経を逆撫でするだろうとジルガーは思っていた。
「……ん?」
ジルガーはアーチを見つめながら首を傾げた。おかしな光景が、目に飛び込んできたからだ。
入口付近に数十人の亜人が群れを成していた。そして、フラフラとした足取りでアーチを潜り抜けていく。
その手には、何かを持っていた。
「なにしてはるんや……」
煙草を地面に投げ捨てた。持っている物が何かは問題ではない。亜人街から出ることが問題なのだ。亜人など、街中では野良犬に劣る存在だというのに。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか」
駆け出そうとしたジルガーに声がかけられる。
ジルガーは一瞬顔を不機嫌そうに歪めたが、すぐに笑顔になり、相手に向き直った。
「は、はい、どうされましたか?」
黒い服を着た、まだ若い男だった。その顔と体型は……。
「いえ、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
ハッとして、ジルガーは瞬きをした。相手は客かもしれない。失礼な態度を取ったら店に、ひいては街全体に迷惑がかかる。
ジルガーは相手の言葉を待ち、小首を傾げる。
「いい魔力……ああ、ヴェーナでしたか。お持ちなんですね」
「え、ええ。そうですか?」
「はい。この量はとてもすごいですよ」
なんだろう。ジルガーの目が細まる。新手のナンパだろうか。まさか魔力を口実に使われるとは。
適当にあしらうか、店に引きずり込もう。
「そうなんですか!? 中にいる女の子はもっといい魔力を持ってますよ」
ニコッと微笑みながら手を握った。
次の瞬間。
ジルガーの腹部に、何かが減り込んだ。
ジルガーは視線を下に向ける。黒い、筒のような、鉄製の棒かなにかが、腹に当てられているのが見えた。
「気安く触るな、俺以下の分際で」
ジルガーがその武器の正体に気づいたと同時に、冷ややかな男の声が毛並みを揺らした。
★★★
「おい、大丈夫かよ。しっかりしてくれ」
少年は倒れていた亜人のひとりを揺さぶる。ゾディアックたちの目の前に現れた男が失せたと同時に、糸が切れた人形のように亜人たちは崩れ落ち、意識を手放していた。
白い体毛を生やすガネグ族の男性が、苦しそうに息を吐き出しながら瞼を開けた。
「大丈夫か?」
「……あれ? ここは……」
男は重そうに首を動かし、周囲の景色を見る。
「亜人街じゃない……? 何で、俺、こんなところに」
「覚えてないのか?」
「え……そういえば、君は……ジルガーさんとこの?」
微睡んでいるような眼で、男は少年の顔をまじまじと見つめる。少年は頷きを返し、さきほど起こったことをかいつまんで説明した。
だが、到底理解できるものではなかったのだろう。男は疑問符を顔に浮かべるだけだった。
「お嬢さんたち、起きな。路上で寝ている場合じゃねぇぞ」
ベルクートが倒れていたシャーレロス族の女性たちに声をかける。恐怖を与えぬよう、武器は隠していた。
至る所で目を覚まし始め、やがて困惑したような声が広がっていった。
周囲に住居は無いため、いくら騒いでも一般市民や、亜人を嫌うガーディアンが来ることはないだろう。ゾディアックは少年の近くに腰を下ろした。
「少年。この人たちと一緒に亜人街へ戻ろう」
「え、いいのかよ、あいつらは」
「……ああ。気になったことがあるしな」
ゾディアックはポケットからアンバーシェルを取り出した。画面上には、ゾディアックの身を案ずる者の声と、情報を欲しがる声で錯綜していた。
『逃げられた』
この言葉をシノミリアに投稿すれば、落胆の声一色に染まるだろう。
ゾディアックは心で詫び、兜の下で瞼を強く閉じた。
★★★
「あ、ちょっと!!」
亜人たちとと共に亜人街へ戻ったゾディアック一行に声がかかった。声は少年に向けられていた。
少年は狐耳をピンと立たせ、声の方を向く。肌の一部分が透けて見える、踊り子用の衣装を着た、グレイス族の女性が駆け寄ってくる。
「ああ、戻ってきたんだね! よかった……」
「な、なに? どうしたの?」
「お、落ち着いて聞いてね! ジルガーさんが、ジルガーさんが……」
「な、なんだよ! 落ち着けって!!」
少年が怒りの声を上げると、青白い顔をした女性が小さな肩を掴んだ。
「連れていかれた」
「……は?」
意味が理解できなかった少年は、首を傾げる。
「何言ってんだよ」
「店から見てたの! 休憩中に煙草吸いに外に行ったジルガーさんが、誰かに話しかけられて連れていかれるの!」
「な、ナンパとかじゃ」
「あの雰囲気はナンパなんかじゃないわ。そもそも、ジルガーさんがそんなナンパに引っ掛かると思う? 相手なんて人間よ! 黒ずくめの恰好をした、以下にも怪しい奴で、顔が……」
黒ずくめ。
その言葉を聞いた瞬間、少年は女性の胸倉を掴んだ。小さな悲鳴が上がる。
「確かなのか……!!? どこに連れていかれた」
「わ、わからないわ……た、ただ、アーチから出ていって……つ、連れてきた集団の中にはいないの?」
「いねぇよ!! クソッ!!!」
少年の胸中に、焦りと怒りの感情が渦巻いた。拳を握り、思案する。連れて行ったのは十中八九、さきほど襲ってきたアウトローの連中だろう。連中の口ぶりでは、亜人を大切に扱う気はさらさらないらしい。
その様子を後ろで見ていたゾディアックは、亜人を預け、ジルガーを助けに行こうと提案しようとした。
だが、口を開こうとしたところで、アンバーシェルが鳴り響いた。
ゾディアックは自分のではないことを確認すると、周囲を見渡した。
「んんだよ、このクソ忙しい時に……もしもし? なんだよレミィちゃん」
亜人たちを誘導していた手をいったん止め、ベルクートはアンバーシェルを取り出した。
しばらく相手の言葉に耳を傾け、適当な相槌を打つ。だが、すぐにその目を見開き、ゾディアックの方を見た。
ふたりの視線が合う。ベルクートは渋面を浮かべていた。
「……わかった。切るぞ」
手短に言ってアンバーシェルの画面を叩くと、ゾディアックに近づく。
「どうした?」
「問題が発生した、大将。簡潔に言うぞ。これ以上、俺たちは相手に手を出せなくなった」
「……なんだと? 理由は」
「……連中は北地区の客人なんだよ。ラルムバートだ。知っているだろ。サフィリア宝城都市の兵士を束ねる、最高指揮官様が、連中を客人として扱っているんだよ」
ゾディアックは、耳を疑うしかなかった。なぜ北地区の、そんな大物の名前が出てくるのか理解できなかった。
ゾディアックは少年に目を向ける。少年は、目を見開いていた。
「大将。一度セントラルに戻るぞ。エミーリォから話があるらしい」
トップからの呼び出しを断るわけにはいかない。しかし。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ゾディアック。ジルガーが……」
「……見捨てはしない」
短くそう言うと、ゾディアックはベルクートに視線を戻す。
「彼も連れていくぞ」
ベルクートは、渋々頷きを返した。
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