第140話「Voltage:76%」
押し寄せてくる亜人の数は、20を超えていた。手には剣や斧、棍棒の類いだ。種族はバラバラだが、ナロス・グノア族が多い。
「あいつら……」
ビオレが警戒心を露わにし、背中の弓を手に取る。
「なんだ? 捕らえた男に復讐か?」
「それにしては~、敵意が私たちに向けられているような~?」
怪し気な雰囲気を察知したベルクートとラズィは武器を手に取る。
「ちょっと待ってくれよ!」
ゾディアックの脇をすり抜け、少年が集団に向けて声を投げる。
集団は止まらない。少年は立ち止まって両手を広げた。
「今、相手から情報を聞き出したんだ! 恨む気持ちはわかるけど、ここで殺したりしたら新しい情報は手に入らない! つうかそんな物騒なもん亜人街から出てきたら、お前らが殺されちまうぞ!!」
国が指定したわけではないが、亜人たちは基本的に、亜人街から出てはいけないという暗黙のルールが存在している。そのため、別の地区に行くと、何をされても文句を言えない。ガーディアンでもないのに、武器を持っていたとしたらなおさらだ。それは武装している亜人たちもわかっているはずだ。
だが、一匹のナロス・グノア族が突如吠えた。
「お、おいなんだよ、どうしたんだよ! 落ち着けって!」
明らかな怒りの声を聞き、少年は説得を試みた。
その時、正面にいたガネグ族のオスが、手に持っていた片手斧を振り上げた。
「え」
少年は動けない。同族から攻撃されるなんて、夢にも思わなかったからだ。
ゾディアックが動いた。右手を伸ばし少年の襟首を掴むと素早く引く。直後、少年がいた場所に斧が通っていった。
突然のことに、少年は開いた口が塞がらない。
「下がってろ!」
ゾディアックは少年を離し、突き飛ばすようにそう言うと、亜人たちに詰め寄った。
数匹の武器が迫りくる。ゾディアックは剣を抜かず、鎧でその攻撃を受ける。
ドラゴンの鱗や発獣の素材で作られた鎧は鋼の数百倍固く、さながら城壁。亜人たちの武器は食い止められる。
武器を振り下ろした直後の隙を見逃さず、ゾディアックは拳で、正面にいた亜人の頬を殴った。叫び声を上げながら壁に激突した亜人は、武器を手放し、そのまま動かなくなった。殺してはいないが、もう戦闘はできないだろう。
その隙に、数匹の亜人がゾディアックを通りすぎる。ベルクートとラズィが、ビオレと少年の前に立つ。
「ベル! ラズィ!」
「わぁってる!」
ベルクートは両手でハンドガンを構え、銃口を亜人に向けた。
50口径という彼壊力が高い銃だ。放たれた弾丸に掠っただけで致命傷になる。
ベルクートの人差し指が引き金にかかる。
「駄目だ、ベル!! 殺すな!!」
ゾディアックの声が木霊し、ベルクートは動きを止めてしまう。
「はぁ!!?」
突然の指示に、疑問の声しか返せない。直後、こん棒を振り上げて迫りくるシャーレロス族のオスが迫りくる。
ベルクートは舌打ちすると銃身を手で持ち、踏み込むと同時にグリップ部分で相手のこめかみを強打した。
「無茶言うぜ、うちの大将は」
意識が飛ばされ、崩れ落ちる相手をどかしながら言った。
ラズィは杖で亜人の腹を突き、後ろに飛ばす。魔法を使っていない素の攻撃だが、亜人を吹き飛ばすくらいの威力はある。
ラズィは殺さない程度に魔法を使おうと、指先に魔力を溜めようとした。だが、敵の数が多いため、魔法で攻撃すると隙が生まれると分析する。
「しかたない」
呟くと同時に、後方から襲い掛かってきた亜人の攻撃を半歩ずれることで避け、カウンターの要領で、その顔面に肘を叩きこむ。グレイス族の男性だった。顔面が犬面でもないため、鼻を押さえて蹲る。
ラズィは腰を捻り、悶絶する相手の顔面に回し蹴りを叩き込んだ。相手は首から上が仰け反り、仰向けになって倒れる。
「うっお、すげぇな、ラズィちゃん」
「ただの護身術ですよ~」
頬を引き攣らせるベルクートに、ラズィは微笑んだ。
その時、遠くから亜人たちの叫び声が聞こえた。
視線を向けると、ゾディアックが亜人たちを押しのけるのが見えた。
雪崩のように崩れる亜人たちから、苦悶の声が上がる。立っている者は誰ひとりいない。
「な、なんだよ。どうなってんだよ」
少年は混乱した頭でその情景を見ていた。普通ではありえない光景。恐怖をまるで感じさせない亜人たちの強襲だった。なぜこんなことが起きているのか。
「おおう、すげぇな。流石ガーディアン」
少年はハッとして倉庫の方に目を向けた。仲間たちが一瞬遅れて、視線を同じ方向に向ける。
男が立っていた。黒いロングコートを着ている。短く刈り込んだ黒愛と、分厚い体をした巨漢だ。
男は丸太のような腕で、捕らえていた金疑の男を抱えていた。金疑はぐったりとしており、力を感じさせない。
「ったく。うちのもんを、あまり虐めないでやってほしいね」
呆れた口調で言いながら、ゾディアックを睨みつける。
「あんたがゾディアックか。真っ黒だな」
「……ブラック・スミス、いや……アウトローか」
「んだよ。こいつそこまで喋ったのか? 口が軽いな」
相手は飄々とした態度を崩さない。ラズィは隙があったら、すぐに魔法を撃ち込むつもりでいた。
「悪いがこれ以上やる気はないんでね。帰らせてもらうわ」
「なっ、おい待てよ!!」
少年が声を張り上げた刹那、男は”何か”を下投げで放り投げた。”何か”は地面にぶつかり、ゾディアックの前で止まる。
鉄の球体がコロコロと転がっていく。見たこともない道具だ。
それの正体に気づいたベルクートの顔から、血の気が引いていく。
「大将!! それから離れろ!!」
嫌な予感がした。ゾディアックは鉄の球体を掴むと、上空に思いっきり放り投げた。
天高く昇っていくそれは、周辺の建物を超え、空中で一瞬停滞し。
直後、周囲に爆音が鳴り響いた。
★★★
後方で手榴弾が爆発したのを尻目に、ウノは西地区を駆けていた。
チラと後ろを振り向くと、黒い煙が空に漂っていた。どうやら上に投げ飛ばして回避したらしい。
「しくったなぁ。10個くらい投げておけばよかった」
火薬を増やし、目くらましの意味も込めて、1個しか投げなかったのが裏目にでた。
とりあえず逃げるのが先決だなと思った時、抱えていたトレスから呻き声が聞こえた。
「ったく。しょうがねぇ奴だな」
ウノは苦笑いを浮かべ、足を動かす。
道中、さきほどの出来事を考えていた。
亜人街にいる住民たちに催眠をかけ、何匹かでゾディアックを強襲。そしてトレスを持ち帰る。それが作戦だった。そして、途中までは作戦通りに事は進んでいた。
だが誤算があった。本当はゾディアックの仲間である亜人にも催眠をかけ、ゾディアックを襲わせようとウノは考えていた。
ゾディアックに最近仲間ができたことを、ウノは知っている。アンバーシェルを使えば、ゾディアックが孤高の剣士として、セントラル内のガーディアンたちから疎まれていることも読み取れた。現状がどうだろうが知らんが、受け入れられたのはここ最近だと予測した。
そのため、いくら最強のガーディアンといえど、仲間からの不意打ちは避けられないだろうと考えて、策を決行した。
しかし、グレイス族の少女とガネグ族の少年。両者共に、催眠にはかからなかった。
いったいなぜか、ウノには理解できなかった。
「しょうがねぇ。ドスに聞いてみっか」
ウノは走る速度を上げた。
空に浮かぶ月以外、ウノの顔に浮かぶ、楽し気な笑みを見る者はいなかった。
お読みいただきありがとうございます
次回もよろしくお願いします。