第139話「Voltage:74%」
「うっ……」
トレスは重い臉を開けた。
同時に、腹部から鈍痛を感じ始める。まるで腹の中に焼けた石を入れられたようであった。
痛みを堪えながら、半目で周囲を見渡す。
薄暗い部屋だった。家具も何もない。唯一の明かりは、おそらく、窓から差し込む月明かりだけ。
そこまで理解してようやく、トレスは自分が椅子に座っていることと、体が縛られていることに気づく。視線を下に向けると、胴体にロープが巻かれていた。
次いで手首に違和感。後ろ手に縛られている。足もロープで縛られていた。
「なんだ、くそ」
舌打ちして身をよじろうとするが、ロープはピクリとも動かない。腕や肩を動かしてみるが、手首が自由になることはなかった。よほどの力で縛られているせいか、無理やり動かそうとすると、皮が制がれていく痛みと感触が伝わってくる。
負けじと体全体を使うが、椅子が地面に接着しているのか、まったく浮かない。
「なんなんだよ、何で、こんなことに」
情けない声を漏らしながら、トレスは記憶を呼び覚ます。いったいなぜ、自分がここにいるのか。
昨日は仲間たちを見返そうと、西地区に足を踏み入れて餌を探していた。そしたらいい魔力を持っているガキを見つけて、声をかけて……。
瞬間、脳裏に黒い鎧姿の男と、緑髪の男の姿が浮かび上がった。
「お目覚めですか?」
「ひっ!!?」
突然の声にトレスは驚きの声を上げた。
「そんな驚かないでくださいよ。生娘じゃあるまいし」
声は後方から聞こえてくる。足音が響き、隣を通り、声の主が姿を見せる。
桃色のパーマを当てた、長身の女性だった。顔は見えないが、体型と声からそう判断した。
「こんにちは。ブラック・スミスから遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
丁寧な口調で頭を下げる女性から目を離せない。
「な、なんだよ、あんた。ここ、どこだよ」
「殺し屋です。そしてここは……どこか、ですよ」
「な、舐めてんのかてめ」
激高しようとしたトレスの鼻尖に、白い刃が突きつけられた。
女性が持つサバイバルナイフは、月光に照らされ光沢を放っている。
「これから質間するのは私だけになります。あなたは答えるだけ。おかしな返答や誤魔化しを行った場合、ペナルティを受けてもらいます」
機械音声のように、女性は言った。
「ま、待てよ」
トレスは背中に冷や汗を流しながら、必死に口を動かす。
「お、お前、この街のガーディアンか何かだろ!? それに、あれだ、ゾディアックの仲間じゃねぇのか!? いいのかよ、こんな他国の住民をひっ捕らえて暴行して監禁して!! 評価も信用もガタ落ちに」
「なったとしたら、それがなにか?」
何も感情を感じさせない声で、女性は言った。
「優しいガーディアンがいるように、私のような怖いガーディアンもいます。国がどうこうなんて関係ありません。泥を被ることなど慣れています。それでははじめましょうか」
まともな金話ができない。トレスは絶向した。相手の殺意に、圧倒される。
「ま、待てよ。な。落ち着いてくれ。悪かったよ。とりあえずさ」
「さて。では最初の質間です」
トレスの言葉など歯牙にもかけず、女性は唇を動かす。
「あなたを含むグループは、この国を侵略しに来たのですか?」
「え、えっと……」
「誰かの指示ですか? それとも独断?」
「……」
トレスは言葉に詰まった。
「あなたはブラック・スミスのガーディアン?」
「……」
「そもそも、あなた本当に、ブラック・スミスの住民なの?」
トレスが顔を伏せた。これ以上ないわかりやすい反応だった。嘘を吐けないタイプの人間なのだろう。
だが相手から答えを聞かない限り、確信が持てない。
「喋らないならこっちにも考えがあるわ」
口調と雰囲気を変えた女性はトレスの背後に行く。
「"ゆびきり"ゲームでもする?
「……は?」
「約束する時にする、おまじない的なアレよ」
クスッと笑って、女性はトレスの小指を握った。
「私はね、この"ゆびきり"のことを、最近まで拷間の手段のひとつだと思ってたの。仲間から教えられたんだけどね、捕らえた奴の生爪を剥がして、そこに刃を立てていく。それを両手両足の指で行う。それで口を割らなかったら、今度は第一関節から切り落としていく」
女性は楽しそうに話し、トレスの肩に手を置いた。
「それでね、仲間たちと賭けるの。何本目で泣き叫ぶのかをね。多分、あなたは……1本目」
女性は背後に回り込むと、トレスの人差し指に冷たいナイフの刃を当てる。
姿が見えないため、トレスは感覚が研ぎ澄まされていた。恐怖心から奥歯を揺らし、首を左右に振った。それでも女性の姿は見えない。
「や、やめて」
「やめて? なんであなたの言うことを聞かなきゃいけないの? そっちだって獣人を殺してきたのでしょう。ちょっとは味わったら? 虐げられる方の気持ちっていうのをさ」
爪の間に、何かが差し込まれた。
「わか、わかった! わかったよ!! 喋るから、だから殺さないでくれ!!」
まだ20にもなっていない若い男が、拷問の恐怖に耐えられるはずもなかった。
絶叫したトレスを、女性は冷ややかな目で見下ろす。
「言ったでしょ? 1本目って」
前に回り込むと、トレスの顔面を、ナイフの柄で殴った。
「口の軽い男は最低よ。さっさと喋りなさい。私は優しくないわよ」
★★★
西地区のとある倉庫に、ゾディアックのパーティは身を寄せていた。
中ではラズィが金髪の男を尋問しているだろう。ゾディアックは壁に寄りかかり倉庫に視線を向ける。
金髪を捕らえてから、1日が過ぎた。その間、仲間たちと交代でここを見張っている。
ゾディアックの家を使うと言っていたが、それは建前であり、本当は人目につかないこの場所で情報を聞き出す手筈だった。これはラズィの提案だ。
「ラズィちゃん、魔法で聞き出すつもりかな」
「そんな魔法あるの?」
「さぁ? けど、ラズィちゃん優秀だし、そんな魔法持ってそうだろ?」
「たしかに」
ベルクートとビオレの話し声を聞いて、ゾディアックは兜の下に、渋面を浮かべた。
ラズィが殺し屋であることを知っているのは、ゾディアックと少年だけ。だからわかる。魔法を使わず拷問をする気だろう。
「あのねぇちゃん、魔法なんか使わないだろうな」
少年も同じ気持ちだったのか、目を細めて言った。
どうか血塗れの相手を見ませんようにと願っていると、倉庫の錆びついたドアが開き、ラズィが咳込みながら出てきた。
「ここ埃っぽいですね~」
「お疲れ様。どうだ?」
聞くと、ラズィはニッと笑った。
「やっぱり〜、あの人はブラック・スミスの人じゃありませんでした〜。“アウトロー”です〜」
「なるほど」
「ねぇ、ベルさん。アウトローって、盗賊みたいな人たちのことだっけ?」
「ん? まぁだいたいそうなんだがな」
ベルクートは咥えていた煙草を指で掴み、煙を吐き出す。
「国から追い出された連中とか、元兵士、元備兵、元ガーディアンなんかが徒党を組んで、キャラバンやガーディアンを襲ったりする。あとは恨んでいる国とかに攻撃するとかだ。まぁ野盗だわなぁ。自分たちの国を持つっていう危険思考で動いている奴も大勢いるらしい」
「ふぅん」
「そんで連中は高確率で"銃"を持っている。だから銃器類は嫌われてんだよ。アウトローの武器ってことでな。けど連中にとって、ブラック・スミスが建国されたのは幸運だったろうよ。今回みたいに身分を偽りやすいだろうし」
ビオレが理解したように頷きを返した。
ゾディアックはとんがり帽子を被るラズィを見る。
「それで、連中は何が目的なんだ?」
「全部聞きだしました〜。目的は」
その時だった。
遠くから怒声が聞こえてきた。
「んだよ、酔っ払いの喧嘩か?」
ベルクートが呆れたように言った。仲間の誰もが警戒していない。
だが、ゾディアックだけは武器に手を伸ばした。
怒声は徐々に近づいてきている。おまけに、大量の足音も。
「あれ、この声……」
少年が立ち上がる。ただならぬ気配に、ベルクートは煙草を捨て、ラズィとビオレも警戒態勢に入る。
「な、なんだろう?」
「パーティのお誘いかもな。タダ酒飲めるぞ」
「あぁ〜、体に悪そうですね〜」
「……俺はオレンジジュースでいいや」
「言ってる場合かよ」
緊張感をほぐすように言葉を交わすと、足音の正体が姿を見せた。
それは。
「……なに?」
武器を持った、大量の亜人たちであった。
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