第138話「Voltage:70%」
裕福層が多く住む、北地区の宿泊施設は本当に最高の居心地だ。南地区の安宿とは違う。
元の世界にいた頃は、家族と一緒に、安っぽいピジネスホテルにしか泊まったことがなかったから、こういうのは新鮮だな。
磨かれた家具にふかふかのベッド。隣で専用のメイドまで待機している。ルームサービスの応答は素早いし、料理も美味いし各サービスも文句の付け所がない。
ベッドに寝転がって天井を見てみる。シミひとつ見当たらない。
金だ。やっぱりどの世界に行っても、金がすべてなんだ。金がなければ、こんないい思いをすることはできない。
人の気持ちや気遣いなんて何の意味もない。弱い奴らを淘汰して、金を稼げる世界。最高
だ。
だからこそ、ムカつく。弱き者を助けて自己満足する連中が。
ゾディアックだったか。スマートフォン……違う。この世界用のスマホである、アンバーシェルで評判と姿形は見たことがある。まるで悪魔みたいな鎧を着ていた。ゲームのキャラ顔負けの巨大な剣を背負った、大男。
偽善者野郎め。
こいつのせいで上手く行かないことが多くなっていた。特に、相手に銃を向けるのはもう賭けだった。けど、あの時は一時的に上手くいっただけかもしれない。
くそ。不安になってんじゃねぇよ、クソ。
枕を握りしめて、不安を押し殺す。
ふと、最強のガーディアンの性格が気になった。実際に会ってみたら、どんな話し方をするのだろう。評判からすれば、優しいが無口なタイプらしい。
やっぱり、周りに仲間とか友達が、いっぱいいるんだろうな。
『なんでこんなに呼んだんだよ。仲のいい連中だけでパーティしようって言っただろ』
突如、声が脳味噌を駆けた。
『あれ? だってこいつ、カレンの彼氏だろ?』
『ちょっとやめてよ! ”コレ“と付き合うなんてことになったら私どうすればいいの? 死ぬしかないじゃん!』
『あははは! ひっでぇ! お前最低の女だわ』
『私、こんなのと付き合うほど頭軽くないから!』
クソ!!
うつ伏せになって、怒りのまま枕を叩いた。こうゃってひとりの時間が多くなると、昔の嫌な思い出が蘇ってきてしまう。もう一度枕を叩いて気持ちを落ち着かせる。
大丈大だ。もうここには俺を傷つける連中はいない。
ここは異世界だ。異世界は、俺みたいな弱い者にも優しい。俺みたいな奴こそ輝ける。そういう世界のはずだ。
その時だった。扉が開く音が聞こえた。
「誰だ」
起き上がって視線を向けると、青い顔をしたドスが立っていた。相変わらずインキ臭いメガネ野郎だ。
「どうした?」
ドスは冷や汗を流しながら唇を震わせた。
「ト、トレスが帰ってきてないんだ」
「なに?」
アンバーシェルを見てみる。画面上には新しいメッセージが来ていない。
舌打ちし、シノミリアを開き、トレスに直接メッセージを送る。
「確かなんだろうな」
画面を見ながら聞くと、ドスが小さな声で肯定した。
「もっとよく探したか? どうせそこらへんの」
「周囲にはいなかったぜ」
言葉を遮って、ウノが部屋の中に入ってきた。走ってきたのかジャケットを腰に巻いて、息を切らしている。
「あの野郎、どっかで飲んでんのか?」
「いいや、あいつは飲みに行く時、俺かお前を良く誘うだろ」
「……ドス、何か聞いてないか?」
「そ、その、結構悩んでた」
「悩み? あの能天気が?」
吐き捨てるように言った。ドスは真面目な表情で頷いた。
「気にしているみたいだった。みんなの役に立っていないこと」
少しだけ沈黙が流れ。
「馬鹿じゃねぇのか」
そう言うしかなかった。まさか、ラルムバート家でかけた言葉のせいか。あれでショックを受けているなんて。あんなのただの冗談だろうが。
「それか、誘拐されたか?k
ウノの顔を慌てて見る。冗談を言っているわけではないらしい。
「ゆ、誘拐ってなんで」
「そりゃあ普通は亜人がどうなろうが、大半は知ったこっちゃねえよな。けど、亜人を大切に思っているガーディアン、ゾディアックが動いたとしたら? 街を歩いているだけで奴の評判は聞こえてくる。困った奴は放っておけないタイプの人間で、亜人の頼みでドラゴン討伐までやっちまう男だ。絵に描いたような正義漢だな」
軽く笑って、壁に寄りかかると、ドスと俺を睨むように見つめた。
「そんでもってただ優しいだけじゃない。やる時はやる、ってやつだ。この街の住民すべてを大切に思っているガーディアンだとしたら……手荒な真似だって厭わない可能性が高い」
「で、でも何でトレスを誘拐する必要が」
「どっかから洩れたのかもな。俺らが亜人を集めてあの民器を作っているっていう情報が」
馬鹿な。どっから洩れると言うのだ。だいたい、亜人を集めていることがバレたとしても、兵器のことまでバレるわけがない。
いや、本当にそうだろうか。そうだ、俺はこの街で兵器について喋ったことがある。
ラルだ。ラビット・パイのボス。あいつが情報を流した。そうとしか考えられない。
いい加減そうな見た目通り、ゾディアックから金を貰ってベラベラ喋ったのだろう。こっちだって色々と金を落としてきたのに。恩を仇で返された気分だ。
「つうかよ、ドス。俺だけじゃなくて、何でこいつに連絡入れなかったんだよ」
「そ、それは、その……」
ドスがしどろもどろになって俺を見た。知ってるよ。お前は俺が苦手なんだろ。
「そんなことはどうでもいい。さっさとトレスを取り戻すぞ」
「ど、どうやって?」
ドスが怯えた目を向けた。
「決まってんだろ。探し出して場合によっては力尽くだ」
「ゾディアックが相手だとしても? それは、駄目だよ。ゾディアックが来たら勝てない」
「んだよ!! ビビってんじゃねぇって!!」
大声を出してしまった。ドスが肩を上げて、視線を逸らした。
クソ、怯えてんじゃねぇよ、ふざけんじゃねぇよ。異世界から来た俺なら、ゾディアック
だって倒せるはずだ。
そうだ、むしろ俺の強さを証明するために、ゾディアックはいるんだ。
言うなれば舞台装置だ。
強い強いって言われている相手を倒して俺が認められる。そんで可愛い女の子たちと出会っていく。この世界での、お約束の展開だ。
「大丈夫だ、ウノ、ドス。俺らには、“アレ”もあるだろ」
「秘密兵器か。また使うのか?」
「ああ。今回は集めるためじゃないけど」
立ち上がって、クローゼットに向かい、中を漁る。目的の物はすぐに見つかった。
短銃。だが、空き缶を銃口に括りつけたような歪なデザイン。肥大化したバレル部分はサプレッサーの役割を担うのではない。
これは、スピーカーなのだ。
「特殊な怪音波を発生させ、亜人たちを意のままに操る。これを使ってトレスの痕跡を探す。邪魔する奴がいたらちょっと手荒な真似をしても構わない」
「ぞ、ゾディアックがいたら?」
「あぁ!? じゃあ殺せばいいだろうが!!」
俺は銃を力強く握り絞めながら、テーブルを蹴り飛ばした。やかましいんだよさっきから、ゾディアックゾディアックって。
何がいようが構わない。この世界は、そう、俺を目立たせる舞台なんだ。今いる仲間もだ。
俺は笑った。何が来ようと俺が勝つに決まってる。さっさと可愛い子といちゃつきたい。何も心配することはない。
俺は、異世界人なのだから。
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