第135話「Voltage:66%」
特徴的な青い短髪に眼鏡の男性。槍術士兼情報屋として働くロバートだ。
彼は以前、ビオレに対して非情な態度を取っていたウェイグの仲間でもある。そのせいか、ビオレは警戒心を強めた。
敵意の溢れるビオレの目に、ロバートは鼻で笑って肩をすくめる。
「酷いな。以前も会って、情報を提供したでしょう?」
ベルクートを見ながら、ウェイグは言った。
ベルクートの一件でも、彼はゾディアックとビオレの前に姿を見せ情報を提供していた。
「大将、こいつって」
「⋯⋯ああ。ウェイグの仲間だったロバートだ。今は、敵じゃないと思う」
「その節はどうも。しかし酷いですね。敵だなんて。同業者同士仲良くしましょうよ」
ロバートは口元に笑みを浮かべた。
「ただ、私の情報は役に立たなかったようですね、ゾディアックさん」
「いいや。役に立ったよ」
「お、なんだよ。俺の情報か? 男に熱心に調べられても嬉しくねぇわ」
虫を払うような手の動作でロバートを追い払おうとする。だが、相手は気にせず視線をラズィに向けた。
「魔術師の格好は、あなたにとって窮屈ではありませんか?」
「……何が言いたのでしょうか~?」
「いえいえ。"ナイフ使い”の知り合いが、あなたによく似ておりまして」
ラズィの表情が一瞬無になる
「そうですか~」
笑みを浮かべて、ラズィは言った。ゾディアックは眉間に皺を寄せた。相手はラズィの正体に気づいているかどうか定かではないが、少なくとも当てずっぽうにものを言ってないのは確かだった。
「私の情報収集能力を甘く見ないでいただきたいですね。ゾディアックさん」
まるで心情を読んだかのようにロバートは言った。
「それで、なんの用だ」
話を逸らすと「まぁいいでしょう」と言って、ロバートは自分の胸元に手を置き軽き頭を下げた。
「是非とも私の情報を買っていただきたく。ゾディアックさんのパーティも、それなりに情報を集めていらっしゃるようですが、決め手に欠けている模様。私のと合わせれば、いい案が生まれるかもしれませんよ?」
「……いくらだ?」
問いかけに対し、ロバートは苦笑いし、頭を振った。
「まさか。お金なんて取りませんよ。亜人だけでなく多くのガーディアンも失踪している由々しき事態ですからね。国で一番強い、ゾディアックさんのお力になりたい。それだけです」
「殊勝な心掛けだな。見直したぜ。とてもじゃないが手柄横取りしようとしていた奴とは思えねぇ」
ベルクートが挑発するような口ぶりで言った。ビオレの脳裏にラミエルの姿が浮かぶ。
「それについては返す言葉もございません。黙して受けるのみです」
薄く笑いながらロバートは肩をすくめた。
ベルクートは怪訝そうな目を向ける。
「そういや、あの嬢ちゃんはどうした? ほら、ウェイグと一緒にいた」
「……彼女も失踪しているのです」
「なに?」
ゾディアックから疑問の声が上がる。彼女は魔術師だったはずだ。
「あれでも優秀な子でしてね。私たちのパーティ内では回復も兼ねていたのですよ。ゾディアックさんと一緒にいた時は、あまりにも敵のレベルが高すぎて、実力を見せることは叶いませんでしたが」
疑問に答えるように説明すると喉を鳴らし、真剣な眼差してゾディアックたちを見る。
「情報を提供するのはそれだけが理由ではなく、今回の相手……ブラック・スミスから来た者たちが、私程度のガーディアンでは太刀打ちできないことが判明しまして。だからこそ、ゾディアックさん達にお願いしたい」
「そんなに強いのですか〜? あなたは登録上、ランク・サファイアですよね~?」
「はい。ですが、恐らくランク・ルビーでも返り討ちに遭うのが関の山かと」
「なぜでしょうか~?」
「銃を装備しております。それも改造銃です」
ロバートと少年を除く全員の視線が、ベルクートに向けられる。
「お、俺じゃねぇぞ? 今回は。だいたい店だって開いてねぇんだから」
慌ててベルクートは言った。
「とりあえず、その改造銃がやばいのか?」
「はい。威力と効果が、非常に脅威的かと」
「どういうことだ」
「まず単純に、威力が高いのです。生半可な防具や防御魔法は打ち砕かれると考えていただければ」
「なるほど〜。低ランクのガーディアンは仕留められやすいと」
「お前は、それを実際に見たのか?」
「人伝がほとんどですが、一度だけ見ました。言葉に偽りはありません」
「避けることができればいけるか?」
「避けることさえできれば。ですが避けられないかと」
ゾディアックの言葉に対し、ロバートは首を横に振った。
「相手が使っているのは弾丸を連射する銃です。弓の連射速度と比べたらその差は天地ほどあります」
「軽機関銃か突撃銃だな」
「あとは、遠い距離から撃たれる、とか。たしか名前は、狙撃銃でしたか」
「種類にもよるが、射程距離は600から2000メートル近くだと思ってくれて構わない」
ベルクートが補足説明する。
ゾディアックは顎に手を当てた。2000メートル先から撃たれたなんて経験は今までないが、殺気を感じ取れば回避は可能だ。
だがそれは、あくまでゾディアックの話である。
「言っておくが、俺は2000メートル近く離れた奴の気配を探知なんてできねぇぞ」
「私もですね~」
「……近づく必要性すらない驚異的な武器を扱う相手か」
「そんな相手ですが」
ロバートが手を挙げる。まだ話は終わっていないらしい。
「炙り出す方法はあります。まず、相手は”仕事"と称してこの国に来ております」
「仕事? 獣人の確保か?」
「いえ。それはあくまで過程、ですね。目的は"ある兵器を完成させること"。名称や形はわかりませんが、”魔力を食らうことで成長する"という特徴を持っているらしいです」
「成長だぁ?」
頬杖をついていたベルクートが顔を引き攣らせた。
「兵器が成長ってなんだよ。鉄の塊だぞ」
「魔力を食らえば……そうか、だから獣人や回復職が狙われていたのか」
合点が行ったゾディアックは再び思案する。兵器というだけあり、穏やかなものではないだろう。
もしそれが完成したら、相手はそれをどうする。試し撃ちをこのサフィリア宝城都市で行う可能性もゼロではない。まずは小国で威力を試そうという腹積もりだろうか。
いや、そんなことをすれば、上納金を受け取っているギルバニア王国が出てくる。わざわざそんな危険を侵すだろうか。いくらブラック・スミスが好戦的な国だとしても、そんな方法を取るだろうか。下手したら国際問題になる。
「しかし今の話から炙り出す方法は見つかるかと」
ロバートは他人事のように言うと、ビオレと少年を一瞥した。
「では、私はこれにて」
「待てよ、ロバートって言ったか。いつから知ってた? 何でお前はそこまで情報を知ってやがる」
ベルクートの質問に対し、相手はため息を吐いた。
「私も、昨日聞かされたばかりでしてね。にわかに信じられません。それと、情報源を喋ることは流儀に反するので言いません。ご容赦ください」
「信用していいんだろうな」
「それは、そちら次第です」
ロバートはゾディアックに対し頭を下げる。
「どうか、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げながら呟いた言集に、嘘は見当たらなかった。
★★★
ロバートの情報が真実だとして、どのように敵を見つけ出すか。ゾディアックの頭の中には、ある方法が浮かんでいた。だがそれは、あまりにも危険すぎる。
「どうすんだよ、大将。先に言っておくが、考えている方法はやめておいた方がいいと思うぜ」
「私もそう思います」
ベルクートとラズィも同じ考えだったらしい。当然別の方法を考えようとした。
「私は、いいよ?」
ずっと黙っていたビオレがポツリと言った。
「何をすればいいのか、わかるから」
「駄目だ。危険すぎる」
「嬢ちゃんやめとけ。それはもう勇気じゃない。つうかな、俺らがやりたくねぇんだよ」
「でも、これはせっかくのチャンスだよ!? だったら」
「そうだな。チャンスだと思う」
ビオレの言葉を遮って少年が言った。
「馬鹿な俺にだって、あんたらが何を考えているわかる。その方法を取ろうぜ。絶対に相手は出てくる」
それと、と口に出し、ビオレを見る。
「俺の方が絶対にいい」
「それどういう意味?」
「怒んなって。バカにしているわけじゃないんだ。ただ、絶対に俺の方がいい。この施設にいる全員の中からでも、俺が適任なんだよ」
少年の視線がゾディアックを見る。
「自分でもわかるんだ。俺の中には、すごい魔力が眠っているって。あんたらと一緒に動いているだけで、それが燃えるんだ。水みたいに、増えて、燃えるんだよ」
口を閉じるゾディアックに対し、少年は口角を上げた。
夢にまで、ガーディアンとの行動だ。
「やるよ。囮役。任せてくれよ」
少年は自信をもって、自分の役割を口に出した。
お読みいただきありがとうございます!
次回もよろしくお願いいたします。