第134話「Voltage:63%」
機械大帝国「ブラック・スミス」。
2年前突如として建国された小国であり、"機械"を使用し、"機械"を祟拝している国でもある。
ブラック・スミスは、オーディファル大陸と海峡を挟んだ南の大陸、アストロス大陸との境目に旗を立てている。
国の情勢と立地関係もあり、ブラック・スミスは両大陸の国々から狙われていた。普通に考えれば自殺行為である建国。すぐにギルバニア王国か、アストロス大陸を平定しようと動いているフォルリィアに飲み込まれるだろうと、世界中が思っていた。
しかしあろうことかブラック・スミスは、両大陸の国々を挑発するという暴挙に出た。
当然それを許せなかったギルバニア王国はブラック・スミスを攻めた。
が、結果は痛み分け。むしろギルバニア王国の方が被害は大きかったという話も流れていた。オーディファル大陸で最も強い国が手痛いしっぺ返しを食らった。それを聞いたフォルリィアは、二の足を踏んでしまった。
かくしてブラック・スミスは、両大陸の各国と、今も睨み合いの状態が続いている。
ゾディアックは腕を組み眉間に皺を寄せた。 そんな国から、仕事とはいえ、オーディファル大陸の端の方に位置する、サフィリア宝城都市を訪れるとは思えなかった。地図上で見れば、大陸を横断するようなものなのだ。
疑間に思っていると、自分とビオレのアンバーシェルが振動した。シノミリアが反応しているらしい。
画面にはベルクートからの連絡が表示されていた。
ガーディアン全体のとは別に作った、パーティ専用のグルーブ。憧れであった仲のいい者たちだけで作ったグループを、ゾディアックは密かに誇りにしていた。
『今どこにいる? こっちはラルから話を聞いた』
『こっちもブランドンから話を聞いた(*'ω'*)』
『大将、お前顔文字とか使うの?』
『いいんじゃないでしょうか〜。ゾディアックさん、可受いですよ』
『若干キモいけど』
隣にいたビオレを見る。含み笑いでゾディアックを見つめた。
『ひどい』
『とりあえずセントラルで合流しようぜ』
『了解。ビオレと一緒に行くよ』
返信を終えて、席を立とうとした時だった。
入口の扉が開き、金色の尾を揺らしながらジルガーが姿を見せた。
「よかった、まだおった」
走ってきたのか。息を切らしながらジルガーは少年に近づく。
「なんだよ。まさか、また誰かがいなくなったとか」
「ちゃうわ。あんたに渡すものがあってや」
そう言ってジルガーは、服のポケットから何かを取り出すと、少年に手渡した。
それを見て、少年は目を丸くする。
「お前これ……アンバーシェルじゃねぇか!」
「そや、あんたにあげる」
「はぁ!!?」
驚きの声を上げた。獣人の、特に亜人街に住む者たちにとってアンバーシェルは超高級品である。店で”何度か買われて“ようやく手に入る金額だ。おいそれと手に入れられるものではない。
状況が飲み込めず、少年の目線はアンバーシェルとジルガーを行き来する。
「な、なんで俺に?」
ジルガーは質問に答えず、ゾディアックを見る。
「あんたにこの子を預けたい」
2回目となる驚きの声が、少年から上がった。
「ちょっと待てよ! 訳がわからねぇって!」
「今、亜人が狙われているだとか謎の失踪だとか、話が広まってるやろ? やとしたら、一番安全なんはガーディアンに預けることや。最強のガーディアンなんやろ、あんた。この子を守っとくれ。亜人街におるより、何倍も安全や思うさかい。頼む。金は必ず払う」
そう言ってジルガーは深々と頭を下げた。その言葉から、彼女が少年を大事に思っていることをゾディアックは感じた。
少年は頭を下げるジルガーを見て言葉を失っていた。
「……わかった」
ゾディアックは、そう答えるしかなかった。
「ほんま!? おおきに!! あんたやっぱええ人やね!」
顔をパッと明るくしてゾディアックに近づくと、両手でゾディアックの手を掴んでもう一度頭を下げた。
少年は何も言わず、渋面でアンバーシェルを見るだけだった。
「……」
レミィは横目で、ふたりのやり取り、というより、ジルガーを見つめていた。
「そんなに睨むな」
ブランドンがため息交じりに言った。
「お前も戻るのか?」
「ん。仕事が多そうだしね。休憩終わりだ」
「またこい。今度はしっかりと美味い酒を入れてやる」
レミィは鼻で笑った。
「気が向いたら来てやるよ。じゃあな、ブランドン、クロエ」
そう言って、レミィは席を立った。
★★★
セントラルにゾディアックたちが戻ると、中にいた大量のガーディアンたちの顔が向けられた。何人かは焦りのせいか、突き刺さすような視線を注いでいる。
一緒に来ていた少年は、反射的にゾディアックの陰に隠れた。
以前の侮蔑と嘲笑が入り混じった視線ではない。信頼の視線である。
ゾディアックは非常に緊張してしまったが、それは感じられていた。
「ゾディアックさん! さっきの連絡はどういうことですか!」
「詳しく教えてくれ!」
ガーディアンたちが詰め寄り、質問責めをしようとした。
レミィは近づこうとしていたガーディアンたちの前に立ちふさがる。
「落も着け、順を迫って説明するから。ゾディアック」
「え、あ、あぁ」
「緊張するな。誰もお前を、もう笑わないから」
レミィの一言に勇気づけられたゾディアックは、一度頷くと、口を開いた。
それから数分間、情報を口頭で伝え続けた。ゾディアックの説明はたどたどしく、ところどころ声が小さかったが、レミィやビオレにフォローされながらなんとか伝えることができた。
★★★
セントラル内はざわついている。レミィはガーディアンの対応を行っており、ゾディアックたちも一度パーティで集まろうと、いつもの席に向かう。
「お、来た。演説お疲れさん」
そこにはベルクートとラズィが座っていた。ベルクートは水が入ったグラスをゾディアックに対して掲げた。
「何度か噛んでましたましたが〜、いい声してますよねぇ、ゾディアックさんって。通る声っていうのでしょうか?」
ラズィが口元を手で隠しながら言うと、細目で少年を見た。
「あら? ゾディアックさん、連れてきちゃったんですか〜、その子」
「ああ、いや、その」
「……」
少年はぶすっとした表情でアンバーシェルを握り絞め、視線を逸らした。ラズィは首を傾げ、ゾディアックは困ったように兜に手を置いた。
「まぁいいや。とりあえず座ってくれよ」
「ああ」
ゾディアックとビオレが座る。少年は立ったままだった。ガーディアンの何人かが少年を好奇の目で見たが、彼は気にも留めない。
ベルクートが口を開いた。
「情報としては、ラルは「ブラック・スミス」の連中と取引していた。連中は罪を犯した亜人の排除を行いながら、何かの実験を行っているらしい」
「罪を犯した亜人?」
「窃盗、強奪、あまりねぇけど殺しとか」
「実験っていうのは」
「ブラック・スミスのことだ。機械社掛けの兵器実験とか、そんなところしゃねぇか?」
「それ、他の国でやりますかねぇ~? 問題になりますよー」
ラズィの言うことはもっともだった。サフィリアはギルバニア王国に上納金を払っている同盟国である。なにかあれば、王国が動く。相手はそこまで危険を冒して、実験とやらを行う必要があるのか。
それより、と、ベルクートが切り出した。
「問題なのは回復職の方だ。まったくと言っていいほど情報がねぇ」
ベルクートは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私とマスターの方は特に何も言ってなかったなぁ」
「亜人に関する情報はありますけど、回復職の失踪原因とかは掴めていませんねぇ〜」
「……まずはブラック・スミスの連中を捕まえることが先決か」
ゾディアックは静かに言った。
連中が回復職を匿って、何かを企てている可能性は高い。一刻も早く見つけ出さなければならない。だが、どうやって見つけるか。
「闇雲に探すのはもう無理だぞ。霧のせいでこっちの移動方法は制限されてきてんだ」
仲間全員が吃り声を上げていた時だった。
「お困りの様ですね」
突然、テーブルの近くに近づいてきた人物がゾディアックに言葉を投げた。
聞き覚えのある声だった。視線を向けるとそこには。
「よろしければ、情報を買っていただけませんか? きっと役に立ちますよ」
眼鏡の位置を正しながら、槍術士のロバートが、口元に笑みを蓄えて言った。
お読みいただきありがとうございます!
次回もよろしくお願いいたします。