第133話「Volage:60%」
一仕事終えた後のビールは最高だった。隣のトレスが、わざとらしく喉の音を鳴らして飲んでいる。普段ならイラつくところだが、今回は大目に見よう。
「ぷはぁ!! うめぇ!!」
グラスを叩きつけながら言った。わざとらしい表現しやがる。
横目でそれを見ていると、トレスの隣にいるウノが腕を振り上げた。
「うるせぇっつうの」
「いったぁ!?」
パコン、という小気味いい音が室内に響いた。トレスは頭頂部を押さえながらウノを睨む。
「何すんだよ!!」
「馬ここは酒場じゃなくて人様の家なんだぞ。だいたい依頼人兼家の主が目の前にいるのにお前は」
「構わんよ」
目の前に座る男の声を聞いて、ウノとトレスは押し黙った。
黒髪をオールバックにした、力強い目元が特徴的な初老の男性は、ワイングラスを手に取る。鼻が高く鼻筋も通っている。ハンサムな顔であるため、ワインを片手に持つ姿がよく似合っていた。
「元気なのはいいことだ。それに、若い子は酒を豪快に飲むに限る」
男は胸元に手を置いた。グレーのクラカルジャケットが少しだけ揺れた。
「私もそうしたいのだが、体がついていかなくてね」
こっちに向かって、小さな笑みを向けてきた。紳士的に見えるが、どことなく胡散臭さもある。いや、そう見えるのは、俺の心が汚れているだけか。
そんなことはどうでもいい。重要なのは報酬の件だ。仕事内容に差異があったとはいえ、報酬だけ貰えれば文句はない。
「とりあえず仕事はこなしてきましたよ」
「それはご苦労。大変だったかね?」
「いえいえ。ちょっとばかり手違いがあったとはいえ、順調に行うことができました」
欲しかったデータも手に入れることができた。内心腹が立ってはいたがそれに関しては文句がない。
慣れていない作り笑いを浮かべていると、相手は「そうか」と言ってワインを口に運んだ。
「それで、報酬の件なんだが」
ウノが言う前に、男が手の平を突き出した。
「わかっている。邪魔な亜人たちを排除してくれたれだ。直接渡した方がいいか?」
「できれば」
「家を出る時に払おう」
よし。とりあえずこれでまた金が手に入る。装備もパーツも新調できるだろう。
獣人を銃で殺すだけで大金が手元に来るなんて、まったく最高の世界だ。
「ところでひとつ疑問なんだが」
男が俺たちを見ながら言った。
「君たちはブラック・スミスから来たのだろう?」
「ええ、その通りです」
「試作段階である機械銃のテストを行うという話はわかる。だが、なぜわざわざサフィリアまで来た? 獣人相手ならフォルリィアや他の国、野良の獣人でもいいのではないか?」
「ブラック・スミス近隣は亜人が少ねぇし、国内は基本的に"殺し"を禁止されている。銃の実験っていう名目があっても同じだ。で、他の国にいるだろう亜人に対して撃ったら、俺らは一瞬で牢獄行きよ。ブラック・スミスの銃を使っているだけで罪だからな、普通は。かと言ってフォルリィアに行っても満足な実験対象はいない」
ウノがそう言うと相手は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「実験に必要なのは「健康的な獣人」なんだよ。フォルリィアの獣人は魔法で管理されて弱らせている。おまけに健康状態も悪い。ゴミクズばかりだ」
ウノの言葉に口を挟むまでもない。こういう時発言力があるウノは本当頼りになる。ただやかましいだけのトレスとは大違いだ。初対面だろうと依頼人相手だろうと敬語を使わず口は悪いが。
向かいに座る男は渋い顔をしている。だが、なんとなくはわかっているのだろう。
「それで悩んでいたところに、誘いが来たと」
「正解。ラビット・パイからな」
ウノが指を鳴らした。
「自由の国であるサフィリア宝城都市を拠点に活動するラビット・パイから嬉しい依頼があってね。「亜人たちにキャラバンの商品が盗まれて困っている。他の住民も亜人に不満があるから"懲らしめてほしい"」って内容だ。ガーディアンには頼めねぇ依頼、それを俺らは請け負った」
「他の住民……私のような、北地区に住む者か。金持ちは格好の獲物だからな」
ウノは頷いた。
「ラビット・パイとは何度か仕事を交わした仲だ。だから懲らしめてやる、って言ったらあっさり承諾。実験体も手に入ったって話。確かにサフィリアだろうと銃を扱うのは危険だが、それはむやみやたらに使った場合だ。時と場合によっては寛容になる。いい国だな」
「疑問がある。ラビット・パイ自身が亜人を始末すればいいのでは?」
「たまぁに、秘密裏に行っているらしい。往来で殺すわけにもいかないんだとよ。亜人とはいえ大手の人間が血で手を染めると印象が悪くなるかもしれない。……ラビット・パイのボスは「かも」を嫌っている。少しでも不安要素があるなら、極力自分たちは関わりたくねぇのさ」
「自分の手を汚さない、か」
思うところがあったのか、男は鼻で笑うと両手で拳をひとつ作る。
「もうひとつ質間していいかな? 君たちは、ブラック・スミスのガーディアンなのか?」
ウノが言業に詰まりやがった。馬鹿野郎、とロ元を動かす。俺がやるしかないらしい。
「いいえ、私たもはガーディアンではなく、傭兵集団です」
「傭兵」
「はい。ブラック・スミスに雇われております」
ウノが眉間に皺を答せて俺を見たが無視した。とにかくなんでもいいからこの場を切り抜けるのが先決だ。
「ということは、形式上だが、君たちはブラック・スミスの兵士であると」
「あくまで一時的ではありますが」
「それを証明でさるものはあるのか?」
っち、面例くさい。
素早く腰から銃を抜いて、銃口を向けた。
「ちょっと!?」
トレスが引きつった大声を出した。男はすました表情で銃口を見つめている。
「これが証明だ。ブラック・スミスの刻印もされている。銃が証明害の代わりになるのはブラック・スミスの特徴でね」
「ほう」
「書類の方がいいなら後日改めてになるけど、どうする?」
背中に冷や汗が流れる。頼むから「充分だ」と言って欲しい。
書頼なんてものは存在しない。ラルを頼るしかなくなる。だが、こんな「銃証明だ」なんて与太話を、相手が信じるだろうか。
「すまない、私は他の国に関してあまりにも無知だったな。無礼を詫びる。それをしまってくれ」
国には詳しくないくせに、銃の凄さを知っていのか。まぁ、それはいいか。とりあえず誤魔化せた。
「失礼しました」
俺は統を下ろして、軽く頭を下げた。
「では、私たちはこれにて。今後ともよろしくお願いいたします。“ラルムバート”さん」
長居する意味はない。手短にそう言って男に背を向けた。
★★★
「名演技だったな」
家を出て北地区の通りを歩く。霧のせいでよく見えないが、晴れている時は本当に清潔で綺麗な景色が広がる。
「まぁなんとか誤廃化せたけど、怪しまれたのは事実だよなぁ」
ため息を吐く。
「くっそ。頭脳派のドスがいればなぁ」
「悪かったよ。ガーディアンって単語にはどうしてもなぁ」
「ドンマイ、ウノ」
「お前本当何かしろよ。酒飲んで駄いでただけじゃねぇか」
ウノが言うと、トレスは誤魔化すように笑った。
まだデータが必要だ。ラルから貰った獣人だけでは足りない。もう少し、威力を上げるためには魔力が多い亜人が必要だ。
ガーディアンでも襲うか……。
一瞬マズい考えが浮かんだ。それはやりすぎだ。命知らずすぎる。
その時ふと、最強のガーディアンの話を思い出した。
ゾディアックだったか。奴がいなければもっと獣人は手に入ったのかもしれない。余計なことしやがって。
「お前ら、魔力が多い獣人を手に入れよう。明日か明後日までにだ」
「えぇ〜? せっかく異国まで来たんだから、もっとゆっくりしようよー」
「そんな状況じゃねぇんだよ。トレス。お前は特に働けよ。ドス以下になるぞ」
「うげっ、マジかよ。それはやだ」
「やだろ? だから頑張れ」
「役立たずに食わす飯はないんだ」
マズいと思ったが、もう遅い。トレスは地面に視線を向けて生返事した。
すっかりしょげてしまったようだ。ちょっと言い過ぎたか。
「……まぁ頼んだぜ」
俺は悪くない。役立たずに役立たずと言って悪いことはないだろ。
俺だって、さんざん言われてきたんだ。せめてこの世界でくらい威張ってもいいだろ。
「はぁ、鬱陶しいなぁ、この霧」
虫を払うように腕を動かして空を見た。
今日も、今にも雨が降りそうな曇天であった。
こっちの世界に来た時と、同じ天気だった。
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