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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert4.エクレア
135/264

第131話「Voltage:56%」

 アーチをくぐり亜人街の通りを進む。通りには気配がひとつもなかった。道端に捨てられたゴミに群がる(はえ)の音がよく聞こえた。


「そういやゾディアック。お前、ブランドンの店知ってるのか?」


 レミィが歩きながら聞いてきた。


「いや。ただ、この子に道案内してもらう予定だったんだ」

「ふーん」


 この子、が狐顔の少年であることを察したレミィは生返事した。


「まぁ私も知っているからさ。まだ店は「アイエス」だろ?」

「そう言っていたような」

「そうだよ」


 少年がハッキリと言った。レミィは返事をしてまた歩く。

 その背中を見つめながら少年は唸り声を上げた。




★★★




 風俗通りこと「ブロセル・シュトラーセ」を通りすぎ、隣の区画へ移動する。

 酒場しかない区画である「バッカス・シュトラーセ」だ。ゾディアックもここを訪れたことはない。

 レミィだけ堂々とした足取りで前へ前へ進んでいく。まるで馴染みがあるようだ。


 周囲の建物や店の窓から視線を感じる。ゾディアックは集中して耳を澄ませる。


『あの赤毛見ろよ。レミィじゃねぇか?』

『帰ってきたのか、姉御(あねご)

『クロエに報告してあげてちょうだい』


 ざっと聞こえただけでも、レミィがこの街では顔と名が知れ渡っていることがわかった。

 視線を感じながら進んでいると、レミィの足が止まった。


「ここ」


 店を指さした。

 木造の2階建て、かなり横幅が広い酒場だ。店の看板には「アイエス」と書かれている。ドラ・グノア族の言葉だ。

 外装は焦げ茶。ところどころ薄汚れており、黒い焦げ跡がへばりついているようであった。が、それが本当に焦げ跡なのか、わざと黒いペイントを塗っているのかはわからない。


「入るぞ」


 レミィはそう言って木の扉を押して中に入った。ゾディアックたちもそれに続く。


 中は広々としていた。天井が随分と高く、吊るされたシャンデリアは淡い光を放っている。来客者を出迎える気はあまりないらしい。四角のテーブル席がいくつか設定されており、奥にはバーカウンターが見える。


 少し洒落たような喫茶店のような内装だった。

 ゾディアックの脳裏に、セントラルの光景が一瞬よぎった。


「ブランドン、いるんだろ」


 レミィが声を上げると、バーカウンターの下からぬっと巨大な影が姿を見せた。ブランドンだ。掃除をしていたのだろうが、手にはその体躯に見合わない小さな雑巾を持っていた。


 ブランドンはレミィを見て目を丸くした。


「……レミィ?」

「よぉ。久しぶり」


 レミィは軽く手を振って挨拶をするとカウンターに近づいていく。

 ブランドンは鼻からわざとらしく大きく息を吐き出し、雑巾をカウンターの上に置いた。


「ばっちぃな。床に置けよ馬鹿」

「何の用で来た」

「わかってるくせに。失踪した獣人の件だよ」

「お前は呼んでいないぞ。俺が呼んだのは後ろのゾディアックたちだけだ」


 ブランドンは未だに入口付近に立っているゾディアックたちを顎でさした。


「なら追い出す?」


 レミィは気にせずブランドンの正面に位置するよう椅子に座った。足を組んで見上げてくる彼女に、ブランドンは呆れ顔を向ける。


「まさか。会えて嬉しいぞ、レミィ」

「なら、もっと嬉しそうな顔しろっつうの」

「……してないか」

「あんたそういう奴だったわ。あれとそっくり」


 レミィは肩越しに親指でゾディアックを指した。

 ブランドンは鼻で笑うとゾディアックたちを手招きする。3人は釣られるようにカウンターに近づき、それぞれ椅子に座る。


「武器は背負ったままでいいのか」

「……ああ。いつ襲われても、いいように」

「警戒心が高いことはいいことだ」


 ブランドンはゾディアックの背中から見えている、剣の柄を見て言った。

 レミィは店の中を見回し、クツクツと笑う。


「しっかし相変わらず閑古鳥だな。いや違うか、営業すらしなくなったのか? あんなに大盛況だったのに」

「世間話をしに来たのなら帰ってもらぞ、レミィ」

「私に会えて嬉しいくせに」

「見くびるなよ」


 ブランドンの言葉は短かったが、どこか柔らかかった。ふたりの関係に察しがつかない3人は気まずそうに視線を巡らせるだけだった。


「わぁったよ。流れ変えよう。早速本題だ、ブランドン。何か情報はない? ガーディアンの亜人が亜人街に来ているとか」

「残念だが、一昨日から昨日まで、亜人街に住もうとしガーディアンは、ひとりも来ていない。亜人も人間も関係なくだ」

「で、住民だけは大量にいなくなったと?」

「謎の失踪だ。大量というが、数字にすれば30人前後だったがな。ルーは人間に連れて行かれたに決まっていると決めつけ、戦いの準備中だ」

「さっきゾディアックが襲われていたんだけど」


 レミィが言った。ブランドンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 本来、亜人が一般市民やガーディアンに対し武器を持って襲い掛かったりした場合、良くて牢獄行き、悪くて即死刑になる。ルーの行動はまさに命知らずの行動だった。もし相手がゾディアック出なかった場合、あの者たちは殺されていても文句は言えなかった。


「連中は?」

「ルーはどっか行った。今頃この店の周りを固めようとしてんじゃねぇか? ここが戦場になるかもな」

「……そこまで命知らずじゃないさ」


 ブランドンはため息をつくと、テーブルの上に置いてあった雑巾でテーブルを拭き始める。


「何でもいいのか? 情報なら」

「ああ」

「亜人街の飲み屋に怪しげな連中がいた」

「怪しげな連中なんていつもいるじゃねぇか」

「違う。あいつらは異質だった。接客したガネグ族の女性が言うには、ここら辺ではない、特殊な匂いと空気を感じたらしい」

「特殊?」

「酒に酔っていた連中のひとりが、こう喋った」


 ブランドンは雑巾を動かしながら告げる。


「「仕事で”ブラック・スミス”から来た」……と」


 レミィが片頬を吊り上げた。


「ブラック・スミス?」


 ビオレが首を傾げた。ゾディアックがブラック・スミスについて喋ろうとした時だった。

 後方から大きな音が鳴った。

 ゾディアックは立ち上がり入口を睨みながら武器に手を伸ばす。ビオレも同様の動きをした。


 レミィだけは見なかった。誰が来たか、わかっていたからだ。


「レミィ……」


 扉を開けて入ってきた黒いワンピースを着たシャーレロス族の女性は、嬉しそうな、それでいて寂しそうな声を出して中に入ってきた。


「誰だ?」


 ゾディアックが聞くと、女性は足を止めゾディアックを見つめる。


「そっちこそ誰よ」

「……ゾディアック・ヴォルクス。ガーディアンだ。」

「あらそう。初めまして、紳士的な黒騎士さん。私はクロエ・ナイトレイ。”ナンバーズ”よ」


 ルーと同じふたつ名を持っているらしい。敵意がないため、敵ではないと判断し、武器を持とうとした腕を下ろした。

 それを見ると、クロエはレミィに近づいた。


「レミィ!」


 今度こそ歓喜の声だった。レミィはため息をついて席を立つと、クロエの方を見た。

 小走りで近づいたクロエはレミィに抱きつく。


「うわぁ! レミィだ!! どうしてここにいるの?」

「情報収集だよ、クロエ。元気そうでなにより」

「そっちこそ! あれ? おじいちゃんは? 死んだ」

「死んでねぇよ。勝手に殺すな」


 レミィは視線をゾディアックに向ける。


「こいつ、私の弟子兼子分」

「でし……?」

「子分じゃないよ! 友達!!」


 クロエが全力で否定した。


「って、そうじゃなかった。本当になんでここにいるの?」

「わかれよ。亜人たち探している。心当たりは?」

「ん~……キャラバンの連中か、やっぱあのブラック・スミスじゃないの? ねぇ、ブランドン」


 クロエはたいして悩まずそう言うとブランドンを見た。


「多分、あいつらが持ちだしたか」

機械(きかい)の国の連中だからね。何を考えているのやら」


 呆れ声でクロエは言った。

 どうやらここに亜人は来ていないらしい。だがひとつハッキリとわかることがあった。


 ふたつの大陸に名を馳せる大国をすべて相手している、境界線上の”強すぎる”小国。

 機械大帝国「ブラック・スミス」が、一枚噛んでいるらしい。


 ゾディアックはその情報を、アンバーシェルに流した。

 返ってくる反応は、


『冗談だろ』

『嘘だろ』

『ジョークはやめてくれ』


 ばかりであった。誰も信じたくないのだ。

 オーディファル大陸に住む誰もが、ブラック・スミスという厄介な相手と関りを持つことを、極端に恐れている。


 それは最強のガーディアンである、ゾディアックとて同じであった。


 ゾディアックはさらに詳しい話を聞くため、クロエに近づいた。

 


お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いいたします。

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