第130話「Voltage:55%」
ルーは後ろに飛び退いた。
前に来ると思っていたゾディアックは、一瞬体が強張る。
次の瞬間、入れ替わるように周囲にいた蛇頭たちが、霧を裂いて姿を見せた。ほとんどが武装しており、武器を持っていない何匹かはゾディアックに飛びかかろうとしていた。
ゾディアックは膝を折り、小さな二人を抱ると後ろに飛んだ。
シンプルなバックステップ。だがゾディアックの筋肉をもってすれば、まるで低空飛行するかの如き速度で一気に距離を取ることが可能である。
放たれた矢の如き速度で囲まれていた状況から一気に脱出。直後、飛びかかっていたナロス・グノア族たちは、互いにぶつかり合い地面に落ちた。
「イッテェナ!! なにしてんだヨ!!」
「そっちコソ!! 邪魔ダッツゥの!!」
気性が荒いだけで統率はいまいちらしい。ゾディアックは敵から目を離さず、ふたりを下ろした。
「こいつら……!!」
ビオレが眉間に皺を寄せながら弓を構え、矢を放とうとする。
「待ってくれ、ビオレ」
ゾディアックがビオレの前に立つ。
「ここは俺がなんとかする」
「え!?」
「攻撃したら、あいつらはビオレにも襲いかかってくる。俺だけが狙われている状況の方がいい」
「か、かもしれないけど、無茶だよ、マスター! マスターは相手に攻撃することができないんだよ!?」
ゾディアックは攻撃しないということを承諾してしまっている。ここで約束を違えるようなことをしたら、今後一切亜人街に近づけなくなるかもしれない。
「大丈夫だから」
ゾディアックは肩越しに言って駆け出した。
間合いを詰めると、焦った表情を浮かべた蛇頭のひとりが、湾曲した巨大な片刃の剣を掲げた。
「マスター!!」
ビオレの悲痛な声が聞こえた。
雄叫びを放ちながら、敵は剣を振り下ろす。
隙だらけで、懐に飛び込み腹を殴ることも容易であったが、ゾディアックは腕に魔力を流す。
漆黒の小手が呼応するように、腕を絞めつけた。
ゾディアックは腕を上げ、剣を防御する。小手と剣がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。
「アァッ!?」
蛇頭から驚きの声が上がった。振り下ろした自身の剣が、綺麗にへし折れたからだ。
剣を防いだゾディアックの小手には、傷ひとつ付いていない。
折れた刀身が地面に突き刺さると、蛇頭は悲鳴を上げてゾディアックから離れていった。
ナロス・グノア族は非力ではない。むしろ、サンクティーレ(世界)の中では怪力を持っている種族として伝わっている節もある。
その力を持ってしても傷ひとつ付かない相手を見て、全具がたじろぐ。
「ひ、怯むナ! 全員で一斉にカカレ!!」
誰かが発破をかけた。直後、武器を持った者たちが、一斉にゾディアックに襲い掛かった。剣、斧、こん棒、槍。人を殺すだけなら充分な武器の類だ。
甲高い音が、辺りに木霊し続ける。
ゾディアックに攻撃が当たるたびに、音が響いた。
しかし、圧倒的優位に立っているはずの、蛇頭たちの表情は、焦りの色に染まっていた。
攻撃すればするほど、武器が折れ、刃こぼれし、武器としての機能を失って行ったからだ。
ゾディアックはただ立っているだけ。それだけで敵の猛攻をしのいでいた。
「ナ、ナンダヨこいつ……!」
誰かが悲痛な声を漏らした。それと時を同じくして攻撃が止んだ。武器が全て壊れたためである。
亜人たちは荒い呼吸を繰り返しながら、困惑した様子で目配せしあう。傷ひとつなく、悠々と立つ漆黒の騎士に対し、打つ手がなくなったのは明白だった。
「すまない……その程度じゃ、この防具は壊れない」
ドラゴンの攻撃でさえ壊れない、最強の防具を身に纏っている。亜人たちでは歯が立たないのは最初からわかっていた。
もしゾディアックの防具を貫けるとしたら。
「なるほど。自信があるわけだ」
ルーが霧の中から出てきた。
右手には、見たこともない武器を持っていた。巨大な筒状の鉄。細長いそれは、発射口のような穴が頂点部に空いている。
銃か、大砲か。いずれにしろ、何かを射出することだけはわかる。
「仲間じゃ太刀打ちできないみたいダカラナ。特別に俺が相手シテやる」
「そうか」
「ブっ殺しテヤるヨ。お前」
全身から殺意を放つルーに対し、ゾディアックは体全体に魔力を流した。
その時だった。
「おい、そのへんでやめておけ」
誰かの声が聞こえた。全員が声のする方に目を向ける。
霧の中から現れたのは。
「……なんでお前ガ、ここにインダよ」
姿を見たルーが、憎々し気に呟いた。
「私もね、情報探してくるように言われちゃってさ。亜人の情報が一番来るのは、この街しかないだろ?」
レミィ・カトレットは、挑発するような笑みを浮かべてそう言った。
「久しぶりだな、ルー。相変わらずクロエと喧嘩しているのか?」
旧友と会ったかのような、穏やかな声でレミィが聞いた。ルーが持つ武器を見て肩を竦める。
ルーは視線を下に向けると、さきほどでの殺意をそのままレミィに向けた。
「レミィ」
「ん?」
「気安く話しかケルなよ。裏切り者」
冷ややかな声だった。さきほどまでの荒々しい口調ではない。冷静な怒り。
「亜人街に入るなら、容赦しねぇぞ。そこのガーディアンと一緒に、殺してやる」
「ああ。構わないさ。いつでもかかってきなよ。ただ、あんたにやられる気は微塵もないけどね」
レミィも負けじと言い放った。ルーは唾を吐くと踵を返し、霧に飲み込まれながら亜人街へと向かって行った。
「待ってくだサイよ! ルーさん!!」
「アニキィ! 置いてかないでぇ!!」
仲間たちも慌ててルーの後を迫って行った。
静かになると、レミィが後頭部を掻いてゾディアックに近づく。
「よう」
「……よう」
「助けなんていらないと思ったけど、念のためね」
レミィがそう言って微笑むと、視線をビオレと少年に向ける。
「面白いパーティでここに来ているんだな」
「ああ。これからブランドンに会いに行く。レミィはなんでここに?」
「お前らと同じ目的だよ。おじいちゃん……エミーリォが私も動くように指示を出したんだ。亜人街でも顔が利く、私をね」
そう言ってポケットから煙草を取り出すと、一本口に咥える。
「ブランドンには会ったんだろ?」
「ああ。昨日会った」
「あいつに聞きたいことが私にもある。一緒に行っていいよな?」
「ああ」
「ふふん。亜人パーティだな。この世界じゃめったに見られないぞ」
「俺は亜人じゃないが」
「固いこと言うなって」
楽し気に言うとレミィは前を歩き始めた。
「レミィさん、だよね」
「なんで楽しそうなんだよ……」
「わからない……」
ゾディアックは頭を振った。恐れも何もない自由に進んでいく背中を見つめる。
ゾディアックたちは、それについていくしかなかった。
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