第129話「Voltage:53%」
朝になったが、夜のような暗さだった。外に出るとそれを顕著に、ゾディアックは感じた。雨雲と濃い霧のせいで視界が悪い。
「街中に馬車は走っていない。それに露店の数もまばらだと。マーケット・ストリートがすげぇ静からしいぜ。あとで見に行くわ」
アンバーシェルを見ながらベルが薄ら笑いを浮かべて言った。この霧では乗り物の操縦も商売もできないだろう。必然的に、人の数も減るというものだ。
家の前で、ゾディアックたちは二手に分かれた。
「とりあえず私とベルクートが、ラルの所へ行くということで~」
「そっちはお守り頑張れよ、ゾディアック」
「ああ」
ベルクートとラズィは南地区へ行き、ラルから話を聞く役割だ。
ゾディアック、ビオレ、そして少年は、亜人街へ行き、ブランドンと出会う予定である。
ゾディアックとラズィの方がいいのではないかと、昨日ベルクートは言ったが、ゾディアックは否定した。今の亜人街は殺気立っているらしく、荒くれ者も多く出現するだろう。
もしかしたら、あのブランドンというオーグ族とも、刃を交えることになるかもしれない。ベルクートの強さは理解しているが、ブランドンは格が違うとゾディアックは判断し、組み合わせを決定した。
奴と戦えるのは自分だけ。なぜか、そう思っていた。
「確認だが、嬢ちゃんたちはそっちでいいのか?」
「こっちで大丈夫だよ。俺も、こいつも、亜人だから。手荒なことはされないと思う」
「こいつって言わないでよ。私はビオレっていう」
「聞いてねぇよ」
「はぁ!?」
ビオレと少年が睨み合う。どうやらふたりは馬が合わないらしい。
「まぁそうだよな。亜人を差別する危ない男が率いるキャラバンより、重人街の方が数倍マシだ」
ベルクートは頷きながら言った。
「ロゼ」
「はい?」
ゾディアックは玄関に来ていた口ゼに近づき、前屈みになって耳打ちする。
ロゼは背伸びし、耳を兜に近づける。小声と兜のせいで聞き取り辛かったが、ロゼは指示を理解すると頷いた。
「かしこまりました」
「ごめん、大変かもしれないけど」
「いえいえ。謝るくらいなら「頼む」って一言ビシッと言ってください」
ニコニコとした笑顔を浮かべるロゼを抱きしめたくなった。だが仲間もいる手前、そんなことはできない。
「頼んだ」
そう言うと、ロゼは返事を返した。
★★★
亜人街のアーチが霧の隙間から見えた。それと同時に、大量の人影も見える。
首から上が長い。シルエットが明らかに人間ではない。
ぐねったような体をしている、蛇が二足歩行しているような見た目の亜人。
「ナロス・グノア族だ」
少年が言って、ゾディアックの手を掴んだ。
「止まってくれ。まず俺が行くよ」
「どうしてだ?」
「ナロス・グノア族があれだけいるってことは、”ナンバーズ”のルーがいる」
「ナンバーズ?」
聞いたことのない言葉だった。少年は頭を振った。
「あとで説明するよ。とりあえずやばいんだ。ルーは血の気の多い連中を手下にしている、亜人街の荒くれ者代表なんだよ。街から亜人が消えているって聞いて興奮していると思うし、ゾディアックが行ったら多分黙ってない。だからまず俺が話を……」
「誰と誰が話すって?」
前方から声が聞こえた。しゃがれた低い声だった。
少年が舌打ちし、ビオレは弓に手をかけかける。
霧の中から、長身のナロス・グノア族が姿を見せた。漆を塗ったような黒い蛇皮は、この薄暗い空気の中でも光沢を放つほど磨かれている。
体もがっちりしており、戦闘用の筋肉を身につけていることがわかる。
何よりも魔力量が多い。ゾディアックが目を凝らすまでもなく、相手からは魔力が漏れ出していた。
「……こいつが、ルーか?」
少年に問うとコクリと頷いた。どうやら目の前にいる蛇頭が"ナンバーズ”らしい。
ルーという亜人は舌打ちした。蛇特有の長い舌と特徴的な口のせいで唾を吐いたような音が鳴る。
「クソガキ。連中は見つけたのか?」
「わからない。痕跡もなかった。そっちはどうなんだよ」
「てめぇ、俺にタメ口叩いてんじゃねぇぞ」
少年の言葉を遮ると、ルーは目元を鋭くした。
「お前みたいなカスが俺に生意気な口利くたぁ、偉くなったもんだな。ええ?」
少年は口をきつく結ぶ。恐れていたのではなく、苛立ちを抑えるように唇を噛んだ。
ルーの視線はゾディアックに向けられる。
「こんなもんまで連れてきやがって。おまけに、なんだ? グレイスじゃねぇか」
弓を持っていたビオレを見て、ルーは良い舌を出した。
「ガーディアンか。獣人の誇りを失って人間の駒になれ下がったカスが」
「なっ……」
「おい、黒いデカブツ。お前の趣味か? 慰み者にしちゃちょっと小っちゃいんじゃねぇのか? それともお前の”アレ”も小っちゃいのか」
下品な長髪の直後、周囲からかすかに笑い声が聞こえた。囲まれていることにゾディアックとビオレは気づく。
ルーは呆れたような冷ややかな視線をふたりに向けた。
「何の用で来やがった。遊びたいなら別の街に行きな」
「……遊びに来た、わけじゃない」
「あぁ?」
「ブランドンに会いに来た」
ゾディアックが言うと、ルーが鼻で笑った。
「ガーディアンの亜人が失踪していることについて聞きたいのか?」
「知って、いるのか?」
「あたりめぇだろ。お前らガーディアンと違って、こっちは薄情じゃねぇんだ」
「……けど、風当たりは強いんだな」
少年とビオレに視線を向けながら言うと、ルーの瞳に殺意が宿った。
同時に、ビオレはゾディアックの手が、震えていることに気づいた。初対面の荒々しい相手だからだろう。人見知りも相まって、非常に緊張していることが伝わる。
それでも気丈に振る舞っていた。少し前までは考えられない変化だった。
「とりあえずヨォ、今日のところは帰ってくれネェか?」
言葉の一部が上手く発音できていない。少年はルーが怒っていることを察した。
それに気づかないゾディアックは一度息を吐き出す。
「いや、そうはいかない。こっちは、獣人たちに危害を加える気はない」
「無理やりデモ通り気か?」
「……ああ」
「なるほど? お前、俺たちに危害ヲ加えないッテ言ってたな。ナラ、"こっちに対して暴力は振るわない"ってことだな?」
「……ああ」
ゾディアックが返事をすると、ルーの口角が大きく吊り上がった。
「お前ら聞いタな! このガーディアンは、コッチに暴力は振るワない! "何をされても”ダ!!」
声高らかに宣言する。ビオレと少年が驚きの声を上げるが、ゾディアックは微動だにしなかった。
「殺されても文句ネェヨナァ?」
「⋯⋯ああ。もし、生きていても、仲間に泣きついたりしないさ」
「馬鹿だぜ、オマエ」
「いいや。馬鹿じゃ、ない」
拳を握る。震えを止め、相手を強く睨む。
「俺は、お前らより強いぞ」
ゾディアックが挑発した。
直後、ルーが動き出した。
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