第128話「Voltage:52%」
黒を特徴したレンガ造りの建物が多く、屋根に雪が積もっている。黒と白で描かれている世界は、まるで絵画のようだ。
そんな雪が降り続ける街中に、映像が切り替えられ、ある人物が映し出された。
『は~い! 全国のみなさん、こんばんはー!!』
いつもデザートを試食し紹介しているレポーターだった。確か名前はモナ、だ。
『私は今、白銀の国、「ネーヴェスオーノ」に来ております!! もうね、寒い!! この前やった合コンの時の空気みたい! さっむ!』
『モナさん、余計なこと言わないで!』
周囲にいた厚着の通行人たちはモナたちに視線を向けていた。
オーディファル大陸の北の端、大陸境界線近くに存在する雪国、ネーヴェスオーノ。常に雪が降り続けているこの国に、季節の概念はない。それなりに大きい国であり、国境付近には時折、猛吹雪が自然発生することもある。
夜景がオーディファル大陸一美しいという特徴があり、観光客も大勢訪れている。
画面が切り替わりネーヴェスオーノの軽い紹介が行われ、再びモナを映し出した時、彼女はどこかの店のテーブル席に座っていた。
『雪国ということもあり温かい食べ物が多いこの国では、あるデザートが流行り始めております! それがこちらの「エクレア」でーす!!』
初めて聞く名前だった。カメラがデザートを映す。
「……細長いパンに、チョコレートをかけているのか」
しかし、パンにしては生地が柔らかすぎる見た目をしている。それにチョコレートも固まってコーティングされている。
疑問符を浮かべるゾディアックに答えるように、モナが口を開いた。
『こちらは"シュー生地”と呼ばれる特味な皮に、力スタードクリームを挟んでおります。ホイップクリームを挟む場合もあるみたいですね! そして挟んだ上から、チョコレートやキャラメル風味の"フォンダン”をかけたデザートです』
ゾディアックは素早くアンバーシェルの画面を叩き、"フォンダン"を調べる。
糖衣。砂糖で作った、固い被膜の事を指すらしい。どうやって作るのかは不明だ。
『エクレアというのは異世界の言葉であり、正式には”エクレール"という名前らしいです。意味は、"稲妻”。なぜそう名付けられているのかは諸説ありますが、まぁそれは置いておいて~、さっそく食べてみましょう~!!」
ワクワクしているような声を出して、モナはエクレアにかぶりついた。
『ん!! んん、んんぅ~~~!!』
両眼を閉じ、嬉しそうな笑みを浮かべながら咀嚼し続ける。
柔らかなシュー生地とチョコのコーティングが合わさる中に、甘い甘いカスタードクリームが混ざりこんでくる。口内に幸せな楽園ができあがっていた。
フォルダンで固められているとはいえ、舌先が触れれば溶けるほどのチョコレートの脆さ。シュー生地はほろほろと崩れるほど柔らかい。カスタードクリームは当然液体状。
固い物など一切存在しない、柔らかく優しく、そして甘ったるいデザートであった。甘い物好きなら、頬も自然と緩んでしまうだろう。
モナは感嘆の声を上げながら、それを一気に口に運んだ。さながら稲妻の如き速さを見せつけ、一瞬で食べ終えた。
『うふふー、これは美味しいですねぇ! 音を超える速さで食べ終えてしまうほどの美味しさです。これいくらでも食べられそう』
『駄目ですよ。モナさん。一個だけっていう話になって』
『あ、店員さんすいません! 次はこの5本入りパックを……』
『だからやめろってあんたぁ!!』
ギャアギャアと騒ぎ始めたところでゾディアックは視線をロゼに向けた。
「食べてみたい?」
「食べたいです!!」
「マスター! 私も!」
同居人のふたりの声を聞いて、ゾディアックは作ってみる決意を固めた。
しかし、わからないことが多い。以前買った料理本にはエクレアについては書いてなかった。
「そういえばゾディアック。以前の話覚えてるか?」
どうしたものかと、作り方を調べようとした時、ベルクートが聞いた。ゾディアックは首を傾げる。
「何が?」
「ほら。お前の菓子。俺の露店で売ろうぜって話」
「……まだその話題終わってなかったのか」
危ない橋すぎて、以前断った話だった。ベルクートの露店の客足を伸ばすための、案のひとつだったはずだが。
ベルクートは唸り声を出して腕を組む。
「いい案だと思うんだけどなぁ、俺は。ゾディアックのお菓子屋さん」
「なんですかそれ!! 最高に面白そうじゃないですか!!」
非常にいい笑顔を浮かべた口ゼが、興奮したようにベルクートに詰め寄った。
「お、ロゼちゃんもそう思う? 俺の露店の名前も、ゾディアックの名前も有名になるぞ」
「素晴らしい、名案ですね!! 私貢ぎますよ! 1日100万ガルをノルマで!」
「うわぁ~、ロゼちゃんだけで店切り盛りできそう~」
ロゼは可愛らしく拍手をした。面倒臭いことになってきたと、ゾディアックは頭を抱える。
「でもベルさん、今露店出せないでしょ?」
ソファの背もたれに顎を乗せてビオレは言った。
「だからだよ、嬢ちゃん。信用回復ってことで、各国で有名なデザートを売ればいい。個人経営だから間題なし」
「いや~ありでしょう~」
それより根本的な話があるだろう。ゾディアックは口を開く。
「だから安全面と完成度の問題が大きすぎるんだって。趣味程度で作った物を出したところで売れるわけないだろ」
「じゃあ、お菓子作りのプロに教われば?」
「……それはもう、そのプロが出せばいいだろ」
「ゾディアックが作ったってのが重要だろ!?」
「裏で作って、表看板に「あのゾディアックさんが作った!」って宣伝門を書いた看板を掲げておけば、バレませんね」
あくどいことしか考えていない仲間に呆れ、ゾディアックはため息を吐いた。趣味レベルの物で金を取れるほど、世の中は甘くない。
記憶がないゾディアックにだって、それはわかっていた。
「……なんで? すりゃいいじゃん」
ずっと黙っていた少年がポッリと言った。
「別に罪でもないし、死ぬわけじゃないんだし、やってみればいいじゃん。お菓子屋さん」
「いや、そうは言っても」
「挑戦できるだけ、マシだろ」
少年のぶっきらぼうな言葉は、どこか棘があった。亜人という自由がない種族として、今まで生きてきた彼にとって、今後の道を選べる自由があるゾディアックたちは、非常に眩しく見えていた。
早い話が嫉妬だ。少年は嫉妬心から言葉を吐き出していた。彼自身、それをわかっていた。
「ご、ごめん。なんでもない」
慌てて少年は謝って首を垂れた。
仲間たちは顔を見合わせる。そして、ビオレが少年に話しかけた。
「ねぇ。さっきのエクレアとか、他のお菓子とか、食べてみたいと思う?」
「そりゃ、食べてみたいよ。美味そうだったっし……」
「そっか」
ビオレはゾディアックに視線を向ける。
「マスター作ってよ。エクレア」
「ああ」
「その時さ、私、お金払うから」
ゾディアックは目を開いた。
「お客様第一号って感じで」
ベルクートがクツクツと笑い、ラズィが口元に笑みを浮かべた。
ゾディアックはロゼと視線を合わせる。相手は、頷きを返した。
「……わかったよ」
自由か。
やってみればいいじゃんという言葉が、ゾディアックの頭に残った。
「この事件が解決したら、まずはデザートを作ろう」
ゾディアックは類を緩めて領く。
エクレアの作り方と一緒に、他にも調べることが多くなってしまったようだ。
事件の解決という第一目標が輝いている、ゾディアックの脳内の隅に、"お菓子屋さん経営"という、なんとも緩い文字が浮かび上がり始めていた。
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