第126話「Voltage:50%」
相手の言葉を聞いた瞬間、腹の中が、かっ、と熱くなった。
「なにぃっ……!?」
自分でもおかしいと思ってしまうような、怒りと疑間が混じる声だった。本当は立ち上がり、怒りのまま「何言ってんだてめぇ! 舐めてんのか!」と言ってやりたかった。
だが相手は取引相手であり重要人物。波を立てて事を荒くするのは何の意味もない。
その思いが寸でのところで喉元に来てくれた。おかげで暴れるような罵声を止め、座ったままで済んでいる。
「そう怒らないでよぉ〜。契約と違うのは謝るからさぁ〜」
軽い口調で目の前に立つ男は言った。
ホテルの一室かと思える部屋には、俺と相手のふたりしかいない。
世界で3番目に大きな移動商人団体、「ラビット・パイ」の団長であるラルは、棒つき飴を口に咥えて目の前に座っていた。間にあるのは小さな丸テーブルだけである。
「そうだ。お酒とか飲む?」
「いらねぇ」
酒は好きじゃない。元の世界で飲んだ時から苦手だった。こっちの世界の酒も、さほど美味さは変わらない。少し気分を変えたいときにはうってつけかもしれないが、自分から進んで飲みたくはない。
「あっ、そ〜」
ラルは興味が失せた声を出し、椅子の背もたれに体重を預けた。その姿はだらしなく、一番嫌いな「不良」によく似ていた。
なんでこんな奴が団長なのだろう。親の七光りか何かか。その可能性は高い。
トップは礼儀正しい方がいい。真面目な方がいいに決まっている。なのに、不真面目でチャラついた輩の方がなぜか立場は上に行く。真面目な方が、いつも損をするのだ。
それは自分の世界だけだと思っていた。異世界にいったら、きっと違う光景が待っていると思っていた。
なのに、こんな簡単な契約すらまともに行えないのはどういうことだ。俺が悪いのか。いや。相手が悪い。
奥歯を噛んで怒りをアピールすると、ラルは鼻で笑った。
「とりあえず、頼まれていた商品は外の馬車に入れているからさ。「大人」が1匹、「オスの子供」2匹、「メスの子供」1匹。あ、要望に応じて、メスはシャーレロス族だよー」
「内容がちげぇだろうが」
「まぁそう言わないで」
舌打ちしてしまう。数が少なすぎるだろ。予定では10匹だったはずなのに。なんのために、ここまで来たと思っている。
「なんでそんなに数が少ないんだ。”アレ“を渡したはずだろ」
「"アレ"を使って集めようとしたんだよー。たださぁ、なぁんかねぇ。うまくいかなくて」
「どういうことだよ」
「はじめは亜人街の住民を対象にして動いていたんだけどさぁ。変な話聞いちゃって。ガーディアンとして働いている獣人もいなくなり始めちゃったんだ〜」
それはそっちの使い方が悪いんだろ。
「最初はこっちのせいかなと思ったんだけど違ろみたい。どうやら魔法を使ってるっぽい。つまりさ、俺らとは別の誰かが、獣人を集めているみたいなんだよ。それも、強い獣人をね」
俺らと同じことをしようとしている?
この世界だったらおかしくない話、か。ブラックスミスの機械ではなく魔法の力の方を利用しているのか。
「……わかった。しょうがない」
文句のひとつでも言いたかったが、ここで怒声を飛ばせばラルが反発するのは目に見えていた。
「わかってくれて嬉しいよ」
人を煽るようなな笑みを浮かべた。
「本当はオスが3匹だったんだけど」
「え?」
ラルが口から飴を取り出した。低い唸り声を上げている。
「途中で邪魔が入っちゃってさ〜」
「邪魔?」
「ゾディアック・ヴォルクスって名前、聞いたことある?」
「誰だよ、それ」
響きが一瞬カッコイイと思ってしまったが、不機嫌な声で聞き返す。
「このサフィリア宝城都市で一番強い、凄腕のガーディアンだよ。ランクはねぇ、タンザナイト。世界中探しても〜……10人いるかいないかって感じの実力者だ」
「なんでそんなチート野郎がこんな国にいるんだよ……」
「ちーと?」
「あ、いやなんでもない。で、そいつが邪魔したってわけか」
「そいうことぉ。大金払って獣人の子助けちゃって〜。うちに盗み働いた子だからそっちに渡そうと思ったんだけど、いい取引だったからつい、ね。ごめーんね」
まったく悪びれない声でラルは言った。
「なんでガーディアンが獣人助けるんだよ。この世界の連中は、獣人を嫌っているんだろ?」
「獣人、というより、亜人と友好を築くことに抵抗がないんだろうねぇ。最強ゆえの余裕? それともそういう性格なのかな?」
差別されている相手に救いの手を差し伸べる、凄腕のガーディアンか。
まるで主人公みたいじゃないか。
「いい人面しているだけだな。そいつ」
金持ちや有名人の道楽で助けたのだろう。美談で自分の評判を上げようとしているだけだ。
言い訳じゃない、そう思ったから、口に出した。
ラルは一瞬目を開くと、飴を咥えて笑った。
「俺もそう思う」
★★★
建物を出ると、大柄なウノが噴水近くに立っているのが見えた。可愛らしい女性に話しかけている。
またナンパか。なんであんな下らないことができるのか。
いや、ああいう風に行動している方がモテるんだろう。
女性がウノに別れを告げて去っていった。ウノは笑ってそれを見送った。
その視線が俺に方に向いて、手を振ってきた。
「お〜い!」
「なにしてんだよ……」
ウノは髭面をニヤつかせながら近づいてきた。
「どうした、不服そうな顔して」
「ナンパか?」
「ナンパだ。いいねぇこの国の女は。前の国と比べて露出が多いし、変な宗教も少ねぇし」
「宗教団体がいないのはありがたいよ。本当に」
「で、そっちはどうだった。顔からだいたいは伝わるけど」
ため息交じりに説明をすると、ウノは口を開けて楽しそうに笑った。
「契約と全然違うな!」
「笑い事じゃねぇよ。支払金は少なかったけど、どうにも納得いかねぇ」
「そう邪険にすんなって。貴重な情報が手に入ったじゃねぇか。俺らと似たようなことしている魔法使いとやら、仕事しながら探してみようぜ」
「そうだな。このままだと仕事に支障が生じる。トレスとドスは?」
「ドスの奴がまた頭痛で寝込んでいるから、トレスが看病中」
「……逆の方がよかっただろ」
トレスのやかましさは筋金入りだ。片頭痛持ちが奴の相手をしたら、一瞬で頭痛が発生するだろう。お喋りで声が高く、うるさい。腕前がクソだったら国に置いてきているところだ。
「俺も同意見。とりあえず南地区の宿に戻そうぜ」
頷きを返し馬車に近づく。荷台に繋げられた黒毛の馬が、首を下げて立っていた。
荷台に近づき、中を見ると、薬で眠らされている多数の獣人がいた。
"実験体"となる者たちの姿だ。俺が笑みを浮かべてウノを見ると、相手も笑っていた。
「シャーレロスのメスは俺な」
「ああ」
「あ、そうだ。荷台で"やっても"いいか?」
「駄目だ。臭いで目が覚めるかもしれない。あと、前に一匹、それで殺しただろ」
「わぁったよ」
ウノは不服そうな顔をしかめながらそう言って荷台に入って行った。
で、馬車の操作は俺と。別に俺でもいいけど、交渉やってきたんだ。「馬車は俺が操る」くらい言ってくれてもいいだろう。
体よく雑用係を押し付けられたような感じがする。
いや、言及するのはやめよう。
世界を超えたのに、また仲間外れにされ、嫌われるのは、ごめんだ。
俺はため息を吐いて、馬の手綱を握った。
お読みいただきありがとうございます!
次回もよろしくお願いいたします。